2
「いいよ。食べる」
「ほんとに!?」
ぱあっと明るい表情になった彼女は今にも飛び付いてきそうな勢いでオレの手を握る。理性がぐらついた。今日の講義を思い浮かべて平静を取り戻す。
ったく、そのまま引っ張ってその口塞いでやろうか、とは言えないから胸の内に秘める。
急いで準備し出して、わざわざレースを敷いた皿の上にマドレーヌを乗せて目の前に差し出される。
「マドレーヌ、トーマの方が上手だから絶対美味しく出来るまで食べてもらいたくなくて……」
「ふうん。やっぱり」
「へ?」
「何でもない。いただきます」
ちゃんと綺麗に焼けてるし普通に美味いと思う。だけど、ここで美味いって言ったらこれもトーマの元に出ると思えば、なかなか正直な感想を口にする事が出来なかった。
ガキっぽくても構わない。一つくらいオレだけって特別枠が欲しい。
「……別に。普通に美味いと思うけど、やっぱりそんなに美味しくない」
「そっか」
朝から二回目だ。がくりと項垂れて、まだ終わってないのに皿を下げようとするからその腕を掴む。
「美味しくないって、言い続けたらこれはオレのとこにしか出てこないの?」
「シン?」
「なあ、オレを特別にしてよ。一つでいいから」
腕を滑って肩を掴めばコイツはびくりと震えた。何故か顔が赤くなっていく。
「シン何でそんな風に言えるの? ずるいよ……」
「何もずるくないだろ。おまえの事独占したいって言ってるだけ」
そう言えばさっきまでの比じゃない程に赤くなって逃げられた。
と言っても数歩後退してじっとオレの事見てるんだけど。
立ち上がれば本格的に逃げ出す。逃げられると追いたくなる。そもそもこんな狭い家の中で逃げられるはずないだろ。
「!」
「捕まえた」
コイツはあほな事に自ら行き止まりでおろおろしていた。
両肩にそっと手を置くと大袈裟なくらいに跳ねる。そういう仕草が可愛くて、もっともっと近付きたくなる。
「おまえのマドレーヌ、オレのじゃダメ?」
「……ダメじゃない……」
「じゃあ、もうちょっと甘い方がオレは好き」
顔を近付けると恥ずかしいのか震えるからやめた。
勢いで捕まえたけど、コイツにキスしていい立場じゃないし。その内その役、トーマから勝ち取るけど。
「あ、あの……」
「何?」
真っ赤な顔で少し目を潤ませて、その顔でこっちは色々崩れ落ちそうになってるけど頑張る。
「今度はもっと甘く作るね?」
「っ、うん」
オレの為だけに作られるコイツの手作り。
後から帰ってきたトーマがオレとコイツの様子が変な事にすぐ気付いた。
恨みっこ無しだからって昔約束しただろ? コイツを奪う覚悟と、トーマと殴り合う覚悟を完全に決めるまで後少し。
2013/05/31
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