ある昼下がりの事
2013/05/13
ある休日の午後、ケントはパソコンに向かいながらも少々の苛立ちを感じていた。
何故貴重な休みに彼女とゆっくりしている暇すら作る事が出来ないのか。
「ケントさん、コーヒー淹れましたので、ここに置いておきますね」
「ああ、ありがとう」
コトン、とマグカップを置くその音すら愛らしい響きに感じるのは何かの病気では無いだろうか。
そう思っては含み笑いをする。
彼女は退屈では無いのだろうか。近くのソファーにちょこんと腰を下ろして参考書を読み耽る姿はひどく聡明な女性に映る。
ちらりと眺めていたのに気付いた彼女はケントと目を合わせるとふわりと微笑む。それだけで苛立ちが和らぐのだから自分も中々単純な生き物だと笑いが出た。
「今は何をしてらっしゃるんですか?」
そっと立ち上がって近付いてきた彼女はケントの手元を覗き込む。
髪から香ってくる薔薇の香りに思わず手を伸ばしかけて意識を戻した。
「あ、ああ、これか。来週末に開かれる学会で発表する論文を作成している。なかなか難しい研究だ。私も手こずっているところだ」
こんな時は息抜きにイッキュウ向けの数学パズルを考えると捗るのだが……
そう考えてから彼女の横顔を見やるとその気が無くなっていくのを感じる。
「やっぱり私には難しいですね……」
「君は理数があまり得意ではないからな。専攻していなければ当然とも言えるだろう」
「うー……」
今の言葉はきつかっただろうか。気を悪くさせただろうかと気持ちが焦る。
暫くすると彼女はキリッとした表情でケントを見つめるのだった。
「何かお手伝い出来ればと思ったんですが、邪魔にしかならなさそうなので大人しくしておきます!」
「そうか。退屈させてすまない」
そんな不器用な謝罪でも彼女は相対して可愛い笑顔を見せる。
「大丈夫ですよ。ちゃんと待てます。でも、論文が終わったら沢山構ってくださいね」
「! 了解した。論文は早急に片付けるとしよう」
やはり単純なものだな。と自嘲した笑みが出る。
それでもそんな言葉で彼女が笑ってくれるなら。これが恋愛というものなのだろう。ケントは倍速でキーボードを打ち始めた。