押し切り愛
2013/03/26
「シン……息、熱いよ……」
「仕方ないだろ。興奮してるんだから」
「っ」
添い寝しろっつったのはおまえだろ。
何もせずに寝るだけ。それがコイツのしたい事、そんなの、普通に考えて無理だ。
ぴったり密着して逃げられないようにしっかり抱き締めてから数分。
それ以外は何もしてないのにもうコイツは不満そうに身を捩って抜け出そうとする。
「はー……おまえほんと良い匂いする」
「ひゃ!」
柔らかい髪にキスすると大袈裟な程に反応してじたばた暴れる。
「悪いけど逃がさないから」
「うー……ひどい……」
「ひどいのはおまえだろ。オレじゃなかったらおまえなんか今頃――」
そこまで言って妙に情けない気分になってきた。
他の男ならもうとっくにコイツを抱いてる? ただの仮定なのに、架空の何かに嫉妬している。
「シン」
「何?」
「ごめんね。いつもワガママ聞いてもらって。本当はシンがどれだけ優しいか知ってるから、私はそこに付け込んでるんだよね」
なんか突然深呼吸し出したコイツは肩を大きく上下させてから、オレの腕の中でくるりと向きを変えた。ちょっと吃驚して息が詰まる。
下から見上げてくる大きな瞳に自分が写る。この真っ直ぐな視線はなんだ。
オレが何を考えてるか、コイツはあほだから分からないはずなのに、そんなに強く見つめられると見透かされそうで怖くなる。
どれだけオレの心が脆いか。綱渡り状態で理性を繋ぎ止めて冷静ぶってるか。コイツは何一つ知らない。
「シン」
「!」
オレの顔に手を添えたかと思えば、腕の中で背伸びして触れるだけのキスをする。
目を閉じて感触を確かめてる間なんて無いくらいに一瞬。
それでもコイツの閉じられた長い睫毛とか、直後の照れた顔を見れば理性を崩壊させるのにそれは充分な時間だった。
「ああもう……! おまえのせいだから」
「え、シ、ふっ」
頭を押さえて乱暴に口付ければ怖じ気付いたのか反射的にオレの胸を押す。
舌をねじ込んで逃げる舌を追い詰めて吸い上げれば甘い息を漏らした。そういうのもう、全部全部ダメで。何もかも暴走の原因になる。
「シンっ、あ、やあっ」
必死で制止を求めてくる割に表情は扇状的で、もっとって言われてるようにしか見えない。
それでもオレは頑張って理性を取り戻した。
「はあ……悪い。頭冷やすから離れて」
情けな過ぎて自分に呆れてくるな。
待つって決めたのに、添い寝しろって言ったのはコイツでも、それを承諾したのはオレだ。コイツの言うただ一緒に寝るという事に頷いたんだ、オレは。
「……やだ」
「離れてくれないと冷えないから」
彼女のちょっとしたワガママくらい聞けなくてどうするんだよ。
そう思ってても本能的なものはどうしようもない。
肩を掴んで離そうとすれば、頑なにその場を動こうとしない。
「冷やさなくてもいいよ」
「は? おまえ意味わかってる? 今のオレはおまえに何してもおかしくないの。おまえを傷付けてからオレが冷静に戻っても遅いんだよ」
苛立ってる自分の器の小ささもまた苛立つ原因。オレの荒げる声を聞いてビビったのかコイツは渋々オレから離れた。
「オレは、もっと大事にしてやりたいんだよ。おまえの事」
考えや思いに伴わないくらいの理性しかなくて何言ってんだ。
「ごめんなさい。私が軽率だった。あの夏の事はシンの心に大きな傷を作ってるよね。そんな事も分からないで、私……」
気付いたら固めていた拳を小さな両手が包み込んでいた。
何か決意の籠もった瞳が綺麗だ。もっと見つめて欲しくなる。もっと、もっと欲しくなる。
「シンがいつも我慢してくれてる事も知ってるの。私には覚悟が決まらないから。いっそシンに押し切ってもらおうと思ったの。卑怯だよねこんなの、それでも――」
「何それ……どういう意味?」
「だからね……その……私、怖いけどシンならやっぱり大丈夫だと思うから。だから私、今日一緒に寝て欲しいって言ったの」
「えっと、それってつまり」
とてもコイツからは絶対聞けないと思ってた台詞の連発で戸惑いが隠せない。
そんな、まさかな、まさか、コイツが自分から……
「だから! ……シン、抱いて欲しいの」
「っ……!」
顔を耳まで真っ赤にして、最後蚊の鳴くような声でそう言ったのを聞き逃す事は出来なかった。
急に脈拍が上がって心臓が苦しくなる。今、死ぬ程コイツを愛しいと思ってる。
「シン……」
抱き潰す勢いで腕の中に閉じ込めてやれば、切なげな声で名前を読んで背中に腕を回してくる。
もうどうしろって言うくらいに好きだ。どうやったらこの思い全部伝えられるのか、全然分からない。