願いが叶った日
2013/10/11
「ねえウキョウ、また何で今日髪を切ったの?」
俺の腕に小さな頭を乗せて、彼女がゆるゆると言葉を紡ぐ。
「願いが叶ったからかな」
「ふふ、変なウキョウ」
「えー、ていうかそれ、いつもの事だとか思ってない?」
「そんなウキョウが好きだよ。でも、あんなに綺麗な髪、少し勿体無い気が、したな……」
うつらうつらと夢の中へと船を漕ぎ始める彼女の頬を一撫で、嬉しそうに微笑んだ顔になって、そのまま半分意識がない彼女にゆっくりと話し始める。
「どうしても、君に会えるまでは伸ばしたままでいたかったんだよ」
「そう、なんだ……」
「そう。初めて君に会った時――」
海外での仕事の終わり、あまりの忙しさに髪を切ることすら忘れて、かなり髪を伸ばしてそのまま帰国した時
のこと。
偶然にも俺に話し掛けてくれた君に出会って、切らないでいたらもしかしたらまた会えたりして、なんて思っていたら本当にまた君に会えた。
ゆっくりと話していくと彼女は夢に浸かりながらも確か最初からウキョウは綺麗な髪をしてた、なんて思い出すように笑う。
そしてお揃いだと気付いた三つ編みをやめたくなくてそのままで、今日も変わらず愛しい君に会えると思った矢先、君を失った。
「ウキョウ……大丈夫だからね。私、ちゃんとここにいるから、もう、置いていったりしないから」
「うん。俺だってもう君を失いたくない。君のいる幸せな日常を当たり前だなんて思ったりしない……」
神様と悪魔の契約を交わして、その時俺は同時に願掛けをした。
眠そうにしながらも彼女はちゃんと話を聞いてくれる。こんな時にしか話せないけど、こんな寝る前に話すことでもなかったかなと申し訳なく思う。
「髪を切らないから、また彼女に会わせてください」
「また、会えたね」
「そうだね」
心が壊れてしまっていてもずっと君を愛し続けてる俺のままでいたかった。
髪を切ったら、俺を好きだなんて言ってくれた君が俺を見つけられなくなるから。
出来るだけ君の知ってる俺でいたかったんだ。
君が俺を見つけてくれますように。
そして今日、彼女に捧げる誓いの言葉を口にすると決めたから。やっと君を俺のものにできる日がきたから。長く連れ添った髪を切った。
「美容師のおじさん驚いてたな。下手したら足まであるって」
彼女からは返事ではなく寝息が返ってきた。
「……遅くまで長話に付き合わせてごめん」
神様、明日も彼女と一緒にいさせてください。
「愛してるよ。どこまでも深く、どこまでも高く、君を探し続けてきて、本当に良かった……」
地の果てまで堕ちて、頭から永遠に潜り続けて、それでもやめなかった先に君のいる場所へたどり着けると思わなかった。
「君は髪が長い俺が好きだったかな。勿体無いことをしたかな」
「どっちも好きだよ。どっちのウキョウも愛してる」
ほんのり瞼を持ち上げて彼女が呟く。
心臓がどくんと大きく跳ねた。これは俺じゃなくて、オレの鼓動。
髪の話なのに、オレが反応するなんてちょっと面白いな。また日記でからかってやろう。
短くなった髪に触れて少し嬉しくて笑って、眠る君の隣でゆっくりと瞼を下ろす。
明日君へと捧げる。
俺もオレも、この先ずっと君と一緒に生きていけますように。