裏ウキョウが生まれた日
2013/10/01


 もうあんな惨い死にかたをするのは嫌だ……
 八月を永遠に始めてもう何十巡ったのか分からなくなった頃のことだった。
 また死んで別の世界へ渡って、ああ、また同じことが始まったんだとうんざりしてきた。

 彼女がいる世界はどこもかも問題が多くて、シンやケントの世界なら経験で少しの助言をすれば彼女は確実に生き残れる。
 ただ、イッキとトーマのところは難癖ばかりだった。トーマのところでは、ほとんど彼女が幸せに生き残れることがない。
 彼女が死んだら俺は痛みを伴うことなく、また別の生きている彼女に合う為に違う世界へ旅立つことができた。

『なあ、おまえはもう気付いてるんだろ?』

 何を。頭の中で響く声に無意識に返事をする。
 俺は何を気付いてると言いたいのだろう。俺は、何も気付いてない。そう、何も。

『惨い死にかたばかりだもんなあ……そろそろ嫌になってきてんじゃねぇの?』

 頭の中でもう一つの自分がまだ囁く。おまえは何を言ってるんだ。彼女が生きてる、生きてる彼女を見ることができるんだ。嫌に、なったりなんか……

『そうか。でもな、あの女、おまえのこと知らねえだろ? つまりはおまえの女じゃないってことだ』

 それでもいいんだ。彼女が、彼女さえ幸せに生きていけたら……っ。

『おまえがいくら願ってもあの女は他の男のものになる。憎いよな。こんなに愛してるのに、こっちを見もしないなんてな』

「やめろ!!」

 思わず口にして振り払おうとして、頭の中に笑い声が響くのを聞いた。

『なあ、おまえは痛くなく終われる方法を本当は見つけてるよな……?』

 握り締めた拳から、爪が食い込んで血が流れていく。もう、こんなの痛みにすら感じない……

「俺は、彼女を殺せば、もう惨い死にかたをしなくて済む……」

 俺は何を言ってるんだろう。彼女を殺して、彼女のいない世界で生きていくなんて、この契約を始めた最初の終わりよりも酷いじゃないか。

『でも、もうつらい思いしたくないっておまえ自身は思ってるぜ。オレはよーく、知ってるからなあ』

 頭の中のやつと会話している最中にタイミングよく彼女が通りかかる。

『ほら、殺せよ。楽になれるぜ』

 無意識に身体が動いて、当たり障りなく彼女に話し掛ける。この世界では何度か会話を重ねて、少し俺にも笑顔を向けてくれるようになった彼女を、自分の意思とは反対に滅多刺しにした。

「うきょ、う、さ……」

 どうして? と向けられた瞳を見てふるふると首を振る。
 目を閉じる彼女、彼女の血でめちゃくちゃになった自分。

「うわあああああああああああああああああああああああああ」

 声がでなくなるまで叫んで、聞こえてくる自分の笑い声を消し去ろうと近くの壁に頭を打ち付けて、俺は唱えるように続ける。

 彼女を殺したのは俺じゃない。俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない……!!

「そうさ、都合良く作ってくれたよなあ」

 この尼を殺したのはオレ。それで俺は心安らげるらしいから。仕方なくその役を買ってやる。

「愛してるよ。殺すくらいな」

 ぐちゃぐちゃになった女に囁いて、これからどうするかを血の付いたナイフを壁に擦り付けながら考えた。

「このまま別のとこに行けば、この世界のくそ野郎はこいつが死んでるの見て嘆き、叫んで、やっとオレと同じ目に遭わせることができるってわけだ」

 似たような世界だってのに、オレだけが悲しい運命だなんて割に合わないよな。

「オレは、おまえだけじゃなくて、毎回幸せにおまえと生きる男が羨ましくて仕方ないぜ?」

 ……妙な気分になってきやがった。羨ましいってのは、恨みにつながるってことで間違いないとオレは思うけど、俺はそうじゃないとか綺麗事言い出しそうで寒気がしてきた。

「ほらよ、変わってやる」

 一瞬記憶が飛んだのは一体、足元を見て、彼女が死んだのが夢ではなく事実だと確認する。血だらけで、俺はナイフを持って……
 俺じゃないわけがない。俺が殺したんだ。

 彼女の血溜まりに雫が落ちていく。
 俺はごく自然に涙を流し始めた。あの日、ニールと契約した日にはもう枯れたと思ったものだ。
 そうだ。俺は年下の君に笑われてしまうほど泣き虫だったね。

「ニール、世界を巻き戻したい」

 こんな世界で、やっぱり彼女がいない世界で生きていけるはずがない。
 もう絶対に君を死なせたりしない。この手に掛けてしまって、もう俺には隣にいる資格が無くなってしまったとしても。

 俺はまだ知らなかった。俺がいくらそんなことを思っていても、形になったオレのせいでこの先何百も罪を重ねていくことを。
 オレのせいにした。俺が一瞬でも思った醜い考えをオレに押し付けたせいで、俺はもう、純粋に彼女を愛してるなんて口にすることが出来ない。

 俺の君はどこにいるんだろうな。もう死んでしまっていないなんて、きっと悪い夢だ。
 夢だったら、君を抱き締めて他愛もない会話とすることができたのにね。





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