「天城さーん。」

 201号室の自室を出て、202号室のチャイムを鳴らす。手にはタッパーに詰められた茄子と鯖のおろし揚げびたし。
 202号室の扉の奥からどたばたと部屋を片す音が聞こえ、思わず頬が緩む。音が一段落すると廊下を走る足音がし、扉が勢いよく開いた。

 「唐木さん!本当いつもありがとうございます!!本当いつも美味しいです!!」
 「いやいや、一人用作るの大変だから、もらってもらえて嬉しいくらいだよ。はい。」

 90度になりそうなほどお辞儀され、声を張った感謝を述べられる。元気だなぁと微笑ましく思いながら、まだ少し熱を持つタッパーを渡した。

 「わぁ…っ」

 タッパー越しに、鯖がおろしに絡められて鎮座しているのを、感嘆の声と共に見つめる彼。つり目がちで、坊主頭の取っつきにくい風貌の彼が、目をうっとりと細める。
 これが大好きで。僕はわざと一人用に作りにくいものばかり作っていた。

 「あ!上がってください!大したものないんすけど!米と味噌汁はあるんで!!食べてってください!」
 「ふふ、うん。おじゃまします。」

 突貫で掃除された跡が隅に見える彼の部屋。僕と間取りは同じなのに、別の空間みたいだ。

 「座っててください。今よそうんで!」
 「ありがとう、これチンして。」
 「はい!あ、コップそこにあるんで水飲みたかったら!」

 彼はキッチンで大きな自分の茶碗と来客用の茶碗にご飯をよそっている。冷蔵庫を勝手に開くと、中には
・牛乳
・焼きそば麺
・いつからあるのか分からない、めんつゆ
………以上。
 ちなみにお茶すらないから飲み物は水道水か牛乳の二択。相変わらず簡素だなぁ…。

 「あ!そこにこないだもらった肉味噌のタッパーあります!ごちそうさまでした!」
 「ああ、いえいえ。」
 「あれ、ご飯にかけてたらすぐなくなっちゃって…。」

 もっとパスタとか、野菜炒めとかに使用されるかと思いきや、まさかのそのまま。味噌汁をよそいながら、彼が唇を残念そうに尖らせる。そんな反応、作り甲斐があるってもんだ。
 またタッパーに詰めてもってきてやろうと蓋を開くと、こじゃれた包装されたクッキーが入っていた。

 「ふふ。」

 彼はタッパーを預けると、必ず何かを詰めて返してくれる。どんな顔して買いにいくんだろうと思うと、ついつい嬉しくなってしまう。

 「ありがと。」
 「なんかいいました?」
 「ううん。」

 お盆にご飯と味噌汁、温めなおしたさっきのおかずを載せ、彼がテーブルにやってくる。来客用の茶碗だが、実際僕の茶碗のようなもので、他に使われている形跡はない。

 「いただきます」

 彼はきちんと手を合わせて、目をつむる。僕はそれを見て同じように手を合わせた。

 「…はむ…っ。ん、ん〜〜〜…」

 細かく切った鯖が、一口に見えなくなる。彼は自然とにんまり笑って目を線にして、口内を堪能していた。もし僕がオーラとか見れる人物だったなら、彼の周りに花や星を見たことだろう。

 「………」

 もくもくと、ご飯に集中している。白米の上におかずを載せ、そのおかずと白い部分のご飯を食べた後、汁のついたご飯を食べる。それからほぅっと幸せそうに一息をつく。それ、二度美味しいしね。

 「ん、…」

 彼は見た目からがさつかと思いきや、箸を持つときは両手を使ってもちあげるし、がっついているようで、器と箸を同時には持たない。音もなくするするとご飯が食べられていく。気持ちいい食べっぷりだ。

 「おいしい?」
 「はい!めちゃくちゃうまいっす!」

 そう幸せそうに笑われる。ちぎれんばかりに尻尾が振れているのがイメージに浮かぶ。それにじんわり頬が熱くなり、胸がせっつくように緩く動きだす。
ああ、これだからやめられないなぁ。




おわり



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