「無理にきまってんじゃん!!!」

 テーブルを叩いて抗議する、それに対してマネージャーは呆れたように息を吐いた。何だよ、この仕事。俺はレモンイエローの髪をかきむしった。

 「のの…だから言ってるだろ?適当に《ちょっとそう見える》程度のイラストでいいから。」
 「はぁーっ!?ちょっとそう見える!?このサイズで!!?」

 マネージャーが持ってきた依頼は、春の到来を思わせるイラスト。そんくらいならよくあるんだけど、そのサイズが異常すぎる。
まさかの15×15
縦15横15の全部でたったの225マスで春の到来なんていう複雑なイラストを表現出来るはずがない。ちょっとそう見えるなんてどころか、イラストを作るのさえ厳しい。

 「ほら、いざとなったら漢字とかローマ字でも…」
 「ざっけんな!イラストを言葉で表現したらイラストじゃねーよっっ!!」

マネージャーが言ってるのは、マスの中で、「春」「HARU」あたりの『言葉』を描けってこと。
そういうのもあるのは確か。やったことある。でもさ、それってイラストなワケ!?曲がりなりにもイラスト名乗ってるのに!!
俺は、俺は、漢字も、言葉も知らなくっても、みんな正解がわかって、楽しくなれる、そんなパズルなのに…。





 「使えるマスが狭いだぁ?そんなんパズルなんだから当然だろ」

 愚痴を聞いてもらおうと思ったのに、難波さんは冷たく言い捨てた。テーブルに足を乗っけて、めんどくさそうに煙草の煙を吐いた。

 「あ、あはは。そ、そりゃ難波さんは9×9固定だから、わかんないんすよ…!でも俺はサイズで出来ることが…」

いらっときて、テーブルに身を乗り出す。難波さんの目は俺を映していなかった。
そんな俺らを遠くから見ていた交さんが、ばかにしたように笑った。

 「与えられたサイズを埋める…当然ですよね。というか…そんなに毎度毎度大きく誌面とりたいんですか?」
 「なっっ!?」
 「あーあ、なるほど。そういう…」

頭にかっと血が上る。
俺は掲載量のことなんか、一度も気にしたことなんかない!俺は大きいサイズが得られれば、もっと楽しい出来上がりに出来るだけで!
思わず交さんの胸ぐらを掴む。

 「俺は、俺は……っっ!」
 「やめてください。だから貴方は嫌なんですよ、
…子供騙しで。」



*



 「………」

 切れた口の端が痛い。絶対口内炎になる。ていうか、アイドルの顔ぼこぼこにするって、ほんとあの人ら凶悪。…あはは、ちょー惨めー。
変装用に帽子とサングラスを被り、町の通りをぶらぶら歩く。サングラス越しの視界は灰色にくすんでいた。

 「あ、あのぅ、推理パズル、興味ありません、か…?」
 「あ?」
 「ひん!」

だから突然声をかけられるまで、その人の気配に気付かなかった。
だっさい眼鏡にもっさり髪型。このくそ寒い中、道端で自分のパズルを配る底辺アイドル。

 「路地さんじゃん。」
 「え、あ、あ、ののくんっ!?気付かなかった、ていうか、え!?顔、どうしたの…っ!!?」

サングラスを外すと、驚いたように慌てだした。何かこの人小動物みたいだな、ハムスターとかプレーリードックとか。

 「て、手当てするよ!近くに僕の事務所あるから…っっ」
 「いいですよー、別に。何か、もーどーでも…」
 「そんな、ののくん、…ぼ、僕には、どうでもよくないよ…お願いだから、付いてきて、ね?」

お人好し。一人になりたいっつってんのに、空気も読めねーのかよ。なんだろ、しんどいなぁ…。
路地さんが俺の手を引く、路地さんの手は長いこと道端で立ってたからか冷えきっていて、俺は自分の熱を移すように指を添わせた。





 路地さんの事務所は、雑居ビルの3階という悪徳不動産事務所以下の立地とボロさの中にあった。
事務所に唯一あったソファーに座らされ、向かいに救急箱もった路地さんが座る。

 「…」

まず口の端を消毒される。ぽんぽんと脱脂綿を当てられると、少し染みる。思ったより歯で切っていたみたいで、血の塊が脱脂綿に付いていた。
脱脂綿から視線をずらすと、真剣な顔の路地さんが見える。この斜め上の角度だと、瓶ぞこ眼鏡の中が見える。想像以上に睫毛が長かった。

 「…理由とか、聞かないんですか」
 「え、あ…」

無言に耐えかね、口火を切る。路地さんは湿布をカットしつつ、言うのを躊躇っているようだ。

 「…聞いて…傷、つかない…?」
 「…」
 「…なんか、あの、悲しいこと、口にさせたら、もっと、悲しくなるかなって。」
 「…」
 「でも、もし、僕が、その悲しいこと、ちょっと肩代わりできるなら、聞き、たい…よ…」

変な人。
こないだあんだけ馬鹿にしたのに、懲りずにどうして俺と関わろうなんてすんだろ。

 「どうして俺のことなんか気にするの」
 「え、」
 「俺なんか、誌面無駄に食う子供騙しの、つっまんないパズルなのに」
 「…」

また無言。
路地さんは今度は躊躇いなく口を開いた。

 「理想が、」
 「…」
 「ののくんが、掲げてる、理想に、」
 「…共感した?」
 「ううん、真逆、かな。」
 「はぁ?」

俺は思いもよらない答えに拍子抜ける。真逆て。なんなんだ、この人。

 「僕は…言葉を使って、パズルを解く。だから、日本語が分かんない人には、遊んでもらえない…」
 「…まぁ、そうですね。」
 「でも、ののくんは、ちがくて、言葉がわからなくたって、言葉を知らない子供だって、パズルの虜に出来る。」
 「…っ」
 「…それが、理想、なんでしょ?世界中、年齢問わず、楽しませるのが…。僕、それ、すっごくいいと思ってて…」

切り取られた湿布が頬に貼られる。そんなこと、誰にも言ってないのに。そんな青臭いダッセーこと。

 「僕は…国内の、さらに文章を正確に理解できる人を、名探偵にしたくて、で、しあわせに、したくて」
 「…」
 「理想は、ぜんぜん、違うんだけど、その、あれ、なんだろ、一緒にがんばって、理想を、みんなが楽しくなっちゃう、そんな、そんな時間を、作れたら、なぁ…って。だから、気にしちゃう、のか、もです…」

うううわっ!恥ずかしい…っ!
こんな、こんな、イタイこと言う人、今までいなかった。難波さんも、交さんも、こんなこと、言ったことない。
でも、本当は、俺は、俺は…。

 『学校行きたくない…』
 『どうしたんだよ、少年。』
 『みんな、僕がガイジンだから、話してくれないんだ…』
 『じゃあ俺のパズル解いてごらん。』
 『僕は日本語わかんない。パズルもわかんない。』
 『大丈夫大丈夫。ほら!』
 『ほんと?………あっ!できた!お花だ!』
 『大丈夫だったろ?言葉は分かんなくても、イラストは通じるんだ。きっとクラスメートにも伝わる。』
 『っ!そ、そうか、そうだね…!ありがとう!』

あのとき、あの子の幸せそうな顔。あんな顔がたくさんみたくて、俺は、今の仕事やるって、決めたんだ。

 「そっか…」

かつての、黒髪で、カラーもなにもなかった頃の俺。その時の俺は、サイズなんかに文句言っただろうか。いや、きっと、きっと、時間ぎりまで粘って、パズル作ってたと思う。
人に愚痴を言って、大きいパズルを押し付けて。どうやら、俺は知らないうち余計なものを身に付けすぎたみたいだ。それを落とすと、少し軽くなった。

 「あーあ」
 「え、どうしたの?」

 俺と同じ…サイズに依存する推理パズルマトリックス。路地さん。
自分より格下だと思ってた人に救われるなんて、とんだ計算外。あいっかわらずきょとん顔でこっち見てくる。

 「………ありがと。」
 「えっ!!ののくんが!お礼!?年下のくせに傲慢不遜なののくんが!お礼!?あわわ、や、槍が槍が降る…」
 「うるっさい!!路地さん空気読め!!!」

お礼を言ったら、おどおどと空気ぶち壊す。ほんっと変な人。ちょっと好感もって損した…。

 「へへ、どういたしまして…」
 「………」

路地さんは照れたのを隠さず、微笑んだ。
それが不思議と素敵だった。頬の赤さと、おだやかな表情は春の花がほころぶみたいで。

 「…これにしよ。」
 「なにが??」



*



 「のの、今回のパズル大人気みたいだな。」
 「へへ、あざーっす。」

 15×15で、白黒。シンプルな桜の花のイラストロジック。その回の雑誌でぶっちぎりな人気を取った。
難波さんも悔しそうにしてて、交さんはぶつぶつ文句言ってたけどこっそり後で謝りにきた。
ちなみに路地さんがモチーフってのは、誰にも内緒。





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