▼ 5.聖なる泉
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地上に出たランは、森の神殿より少し先にある、聖なる泉へと向かった。
すると、今日はりゅうたん、とレンズが呼んだ竜が、水を覗き込んだまま、じっとしている。こんなところにいるなんて、珍しい光景だった。いつもなら、さっさと巣に戻る筈なのに。
「お前、どうし──」
ランは事情を聞こうと、苔を踏みながら、竜の視線の先を追って歩いた。そして言葉を止める。魚が、泳いでいた。ぱしゃん、ぱしゃん、と音を立てて。この泉で泳ぐ魚は、今まで見たことがない。
遠くの海からここに繋がっている川を、伝ってきたのだろうか。呆気にとられていると、魚はふっと、人の姿に変わった。
白い肌。淡い水色がかったプラチナの髪は、背中くらいまでにゆるく波打っている。性別はわからない、気の強そうな男にも見えるし、優しげな女にも見える。虹色の瞳を持ち、美しい姿だ。
「──キミは、猫か」
ぱしゃん、と音を立てて水から上がってくると、その者は、ランに聞いた。ランは、どうしていいかわからないながらに、首を振る。
「だったら、狼か。なんでもいいけど、この僕を食べないでくれよ。あまりに美しい僕は──聞いて驚け、海から来た」
まためんどくさいのが来たな、とランは思った。だが言わず、代わりにひとつ頷いて言った。
「へえ、なんだってそんな遠くから?」
「故郷の海に、最近、毒が流れてくるんだ。その水は、この森からのものだと、燕たちからの噂で聞いた」
「毒っていうと?」
「今のところ、ぼくたちは大丈夫なんだが、森に近いあたりの水域の、海草なんかが、あまり育たなくなっていて、このままじゃ、美しい姿を保つためのサラダが食べられない」
「あんたが美しいのはわかったから、黙れ」
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