16 | ナノ





夜になって俺の目の前に出されたのは、シズちゃんお手製の手作りハンバーグだった。俺は殆どファミレスにすら行ったりしないから、冷凍だ何だのって違いはよく分かってはいない。だがしかしこの手作りハンバーグは一口食べただけで手作りと分かるような、とても優しい味がした。

別に俺に料理を評論したりする趣味は無いのだが、まぁ惚れた欲目を差し引いたとしてもこれは美味しい部類に入るだろう。そんなシズちゃん特製のハンバーグを箸で突きながら、のんびりと二人で食事を取る。何とも穏やかな空間だ。ただひとつ、付け合せとしてハンバーグの横に並ぶ星型のにんじんが気にはなったが。

茹でたいんげんだとか、じゃがいもだとかはまぁ納得できる。それこそファミレスでよく見る図だからだ。だがしかし星型にんじんはどうだろうか。誰が見ても「小学生以下のお子様に限らせて頂きます」の特別メニューに載っている方のハンバーグじゃなかろうか。

別にシズちゃんがやりたくてやったならそれでいい、けれど先日のそうめん事件の事を思い出し、自分が星型のにんじんが大好き、だとかそんな感じにカテゴライズされていたら何だかなぁ、と思う。別に良いけど、いや良くないのか、どっちでもいいけど、何かちょっと複雑なのはどうしてだろう。たぶん、いや間違いなく勘違いされている感が否めないからだ。きっとそうだ。


結局あのあと二人して二度寝を決め込み、俺が次に目を覚ました時は昼過ぎで、ベッド下にシズちゃんの姿は無かった。ぼーっとした頭でそのままごろごろベッドに転がっていたら、帰って来たシズちゃんに「まだ寝てんのか」と夏休みの学生を叱る母親のように叩き起こされた。どうやら彼は夕飯の買物に出掛けていたらしい。

しかし別に起きてもお互いにする事があるわけじゃない。二人で並んでテレビを見てああだこうだと会話したりだとか、俺が株価をチェックするためにパソコンを開けばシズちゃんは夕飯の下ごしらえをし始めたりだとか、そんな感じ。ナチュラルに同棲してるみたいだとかそういう突っ込みは受け付けない。出来るだけ考えないようにするのが今の俺の精一杯なのだから。あくまでこの生活は明日、明日までだ。

そんな事を心の中で言い聞かせながら、現在進行形で慣れない二人で夕食、という状況なのである。

昨日今日で、俺の中のシズちゃんのデータベースはとても潤ったと思う。まずは弟がひとり居るということ、そして甘いものが好きだということ、そしてその他諸々だ。

話ついでに俺は誤解されない内にと自分の素性もある程度は話した。断じて引き篭もりではないということと、実は社長さんなんだよ凄いでしょとか、それと波江は断じて俺の恋人でもない寧ろ監視役だと言う事も。
そしたらシズちゃんは生存確認のくだりを物凄く納得したらしく大きく頷いて聞いていた。全く失礼な話だまるで俺が何もできない社会非適合者みたいじゃないか。心外だよ。

しかしそんなシズちゃんに至ってはその容姿で甘いものが好きなのかと大いに笑ってやれば、ほんの少し彼は拗ねたように不貞腐れた表情を見せた。いいや悪くないよ、寧ろかわいい、いや口に出して言ってはいないが、むかつくことに酷くかわいい。
そういやさっき覗いた冷蔵庫の中に見慣れないプリンの容器が並んでいたことを思い出し、思わず売り場でプリンを真剣に選ぶ様子を想像してしまって、結局また笑った。そしてちょっと睨まれたもしたけれどこれは笑いの方が勝る、致し方ない話だ。


「ふふ、そんな顔しても怖くないよねぇ、プリンが好物だと思うとさぁ」

「…やっぱり馬鹿にしてんじゃねーか」

「してないしてない」

「嘘つけ」


嘘じゃない、馬鹿にはしていないちょっといや結構かわいいとか思っただけで。しかしこれ以上このネタで弄り続けて本当に機嫌を損ねられても困るので、取り敢えず込み上げる笑いを何とか制御する。そして皿の上にぽつんと佇んでいた星型にんじんを箸で摘むと、そのままぱくりと口の中へと放り込んだ。


「今度一緒に飲もうか」

「…飲めねぇって知ってて言うか、それ」

「カクテルとかだったらシズちゃんでも飲めるでしょ、俺作ったげるよ」

「やっぱり馬鹿にしてんだろ」

「してないって、ひとり酒もそろそろ飽きたしさぁ」

「まぁ、ビール以外なら付き合ってやらなくもねぇけど」

「なんで?ビール駄目なの?」

「駄目っつーか何つーか、苦手だ」

「何で?夏とか美味しくない?」

「…苦いから」

「ふは!そうだった」


ごめんごめん、甘いのなら行けるって振ったの俺だったね。そう言ってくつくつと肩を震わせ笑えば、やっぱりシズちゃんは何だか不服そうにむすりとした表情を見せた。ごめんねちゃんとカルーア買っとくから、そう言ったら今度は頭を叩かれた。やだなぁこれ俺なりの優しさなのに酷い。










流石に三日目ともなれば、一緒な部屋で眠ることにも慣れた。いや実際慣れたとは言っても、正直落ち着くことはないのだが。それでも人間なので一応順応性は備わっている、いつもは一人の筈の寝室にもう一人の寝息が響いていても何とか眠れるくらいにはなった。

ふと、真夜中にばたんとドアの音が響いて眼を覚ました俺は薄くその目蓋を開く。恐らくはシズちゃんが出て行ったドアから差し込む薄明かりが、暗い部屋をぼんやりと照らし出す。トイレかな、水でも飲んでるのかな、そういやタイマーが切れたのか若干部屋の中が暑い。俺は手探りで枕元のリモコンを探し出すと、ピッと電源ボタンを押してエアコンのスイッチを入れた。

やがてまたばたん、と音がしてシズちゃんが寝室へと戻って来る。俺は眠気に逆らうことなく瞳を終始閉じていたが、ぼすん、とベットのスプリングが激しく軋む音に思わず眠気も忘れその目蓋をぱちりと開いた。そして恐る恐る天井に向けていた頭を真横に回せば、直ぐ真横には目を閉じたシズちゃんの姿があった。


(え、……え?)


これ、もしかしなくても自分の家と勘違いしてるよねちょっと。いやいやいや、シズちゃん違うって君の寝る場所はこの真下でしょ、ちょっと。そんな事を頭の中でぐるぐる考えてみるが、うん、やっぱり言葉にはならない。だってさ、これ、ちょっと近い。
思わぬ至近距離に俺はセミダブルのベッドの上で出来る限りの後退を試みる。そして僅かに空いた隙間にほっとしながらも、同時にどうしようこれと思った。

寝れるのだろうか、このまま。いや同じ部屋で寝ることは慣れた、確かに慣れたけれど流石に同じ布団で眠れるかと問われればそれは即答はし兼ねる所である。部屋と布団は難易度が全く違う。
しかしそんな俺の葛藤も虚しく目の前のシズちゃんはすやすやと規則正しい寝息を立てている。相変わらずその寝顔はあどけなくて、叩き起こすのは何だか気が引けた。

暫くそうして固まってはいたが、気付けばじっとシズちゃんの顔を食い入るように見つめて観察していた。顔の前に置かれた掌をつんつんと指先で突けば、返事をするみたいにぴくりと指先が揺れた。


「シズちゃん」


不意に名前を呼んでみるが、やはりその瞳は閉じたままで彼は穏やかな眠りから覚めることはない。乱れた金髪にそっと手を伸ばして、指先で軽く撫でつけてみる。もぞりとシズちゃんは僅かに頭を揺らしたけれど、やっぱり目は覚まさなかった。

触れたい、その欲望のままに動かした手をゆっくりと離せば、そのまま行き場を無くして宙に浮く。触れて起こしてしまうのではないかというよりは、もっと別の、得体の知れない何かに触れてしまうような気がしてしまって俺は思わず再度手を伸ばすのを躊躇った。


彼に触れた瞬間、ぎゅうと心臓の辺りが縮こまる感覚がした。たぶんそれは俺が彼を好きだからということと、俺の精一杯のなけなしの理性が、触れてはならぬ、そう歯止めを掛けたことのような気がした。
わかっている、とっくに見ているだけで満足だとか、そういう範疇を超えた、だけれど決定的なそれを認めたくなくてただ曖昧な範囲を彷徨っている。触れて心臓が鈍い痛みを感じれば感じるほど、俺はきっと後戻りできなくなると心のどこかでわかっているのだ。

要は触れたいのに怖いのだ。とっくに認めている筈の気持ちだというのに、きちんとした名称を与えてしまうことが酷く怖い。この俺が怖いだとか、本当笑い話にもならないのだけれど。

取り敢えず触れようとした手を引いて、先程突いていたシズちゃんの親指の付け根辺りを指先できゅっと掴む。大きな手はほんの少し、僅かに触れたそこからでもじんわりと熱が伝わった。




普段からは想像もできないような穏やかな寝顔だとか、見た目に反して甘いものが好きだとか、苦いものが駄目だとか、料理は凝って作るタイプだとか、てのひらが温かいだとか、敬語が下手なところだとか、暑いのがだめなところだとか、些細なこともぜんぶ、ぜんぶ。





(…好きだなぁ)





なんかもう、駄目だ俺。元はと言えば名前も知らぬままに出会い一方的に好意を寄せていただけだったのに。もうどうしようもない、きっと後戻りができないのに俺はこうして彼と接することを止められないのだ。どうしようもないなぁ、ほんと、どうしようもない。
そんな事を考えながら自らの指先で彼の指を撫でるようにしたら、きゅっと指先ごと握りこまれて、もう一度ああやっぱり好きだなぁと思った。もう今夜はどうやら眠れそうもない。





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