12 | ナノ






ぐつぐつ、俺の目の前では今大きな鍋にたくさんのお湯がそりゃもう地獄絵図の如く勢い良く沸騰している。俺はただその鍋の中をじっと見つめながらキッチンにぼんやり立ち尽くしていた。










「食う」

そう言った彼が俺の部屋を訪ねて来て(まぁ隣なんだけど)俺は何故か彼にそうめんを振舞うという謎の状況になってしまった。いやそうしたの他の誰でもない俺なんだけど。
それはさて置き、とりあえず人に出す以上そうめんと市販のそうめんつゆをはいどーぞって言うのも何か気が引けるよね、そんな事を俺なりに一応考えて、さてどうするかと冷蔵庫を開いた。

当然ながら、と言ってしまうとあれなんだけど、うん、まぁ何も無い。
俺の冷蔵庫はいつも通り俺の冷蔵庫らしく空っぽだ。するとソファに座っていた筈の彼が、座り込んで冷蔵庫を覗く俺の後ろからひょいとその中を覗き込む。


「………、」


あれ、沈黙?なんで沈黙?いやわからなくもないんだけど、この場合何かしらコメントがないと逆に俺がやり辛いんだけどなぁ。って言うかどれだけうちの冷蔵庫の中に見入ってるのさ、そんなに見られると照れちゃうなぁもう。


「…お前何食って生活してんだよ」

「水とか、コーヒーとか?あ、それとアイスとか」

「アホか、死ぬぞ」


そう言って後から軽く頭を小突かれた。痛く、は無いけど何か擽ったい。遠慮がないとこがちょっと嬉しいとかそんな恋する乙女みたいな事は俺は思っていない、断じてない。下らない事を延々頭の中で考えるとやがて彼が立ち上がり「待ってろ」と一言残し何故か俺の部屋から出て行ってしまった。
あれ、俺は首を傾げて取り敢えず冷蔵庫の扉を閉める。そして彼の言いつけ通り大人しく待ちながら先程の買物袋の中からそうめんを取り出していると、彼はにんじんと卵を片手に帰って来た。どうやら自分の部屋から持って来たらしい。


「お前、料理できんの?」

「あー…まぁ、たまにやるよ、うん」


俺が問い掛けに答えたら彼はものすごーく訝し気な視線を送ってきて、そこに座ってろと言って来た。え、ここ俺のうちなんだけど、そう言ったら良いから座ってろと二度目の指図を受けた。どうやら俺は完全に料理が出来ないレッテルを彼に貼り付けられてしまったらしい。
確かに料理は然程好きではない、しかし全く出来ないと思われてしまうのは何だかちょっと居た堪れないなぁ、本当何もできないみたいでちょっと嫌かも。まぁ今更「俺料理できるよ」なんて言った所できっと信じては貰えないのだろう、そう解釈した俺は大人しく自宅のソファに座って食事が出来るのを待つ羽目になったのだった。


「おい自営業、ちょっと来い」


ぼんやりテレビのリモコンを弄っていたら、彼が俺を呼んだ。いや俺は自営業っていう名前じゃないんだけど、しかもぶっちゃけ自営業でも何でも無いし。そんな言い訳はさて置き取り敢えず俺はリモコンをテーブルの上に置くと、ソファから立ち上がりキッチンの彼の元へと戻る。


「なに?」

「茹でるくらい出来んだろ、これ」


そう言って先程俺が取り出したそうめんを手渡される。ああ、これ俺もう小学生レベルの扱いじゃない?別に良いけど何かちょっと、いやすごく複雑だ。自分から食べませんかと誘っておいてこのザマだ。って言うか本気出せば(いやべつに出さなくても)そうめんくらい振舞えるんだけどなぁ。しかしそれらを口に出すことは無く、俺は大人しく彼に任命されたそうめん見張り係を全うするのだった。





というワケで冒頭に戻るのである。俺は悶々と熱気の立ちこめるやたらでかい鍋に視線を落としたまま、ただじっとその時を待った。まぁ大体こんなモンかな、適当に判断して火を止めると直ぐに横から彼の手が伸びてきた。


「俺、水でしめるくらい出来るけど」

「麺全部ぶちまけそうで怖ぇよ」

「…あのさぁ、何か俺のこと勘違いしてない?いやしてるよね、絶対」

「何が?」


いやそこまですっぱり問い返されると逆にこっちが困る。と言うかもう冷蔵庫の中身が水とビールのみだっただけに俺には言い訳の余地がないのだ、つまりは初めから。
そんな俺の言い分など素知らぬ振りをして手際よく冷水に麺を晒す様子に、多分もうお役御免なんだろうなと勝手に判断して俺は再びキッチンを離れた。彼も何も言わなかったから、そういう事であながち間違ってはいないのだろう。俺は大人しくぼすんと再びソファに腰を下ろし、取り敢えず待つことにした。




「おい臨也、皿何処だ」

「あー…その引き出しの上から二番目…、」

「ああ、あった」


サンキュ、と礼を言われてどういたしまして、と答えようとした、のだ。

しかし俺は今どうしても、いやもう絶対に聞き捨てならない事を言われた気がしてばっと彼の方に向き直る。いや本当ならこんなあからさまな反応はしたくはないのだけれど、だけど、いや、だって、いま。


「…何だよ」


ほんの少し驚いたような表情の彼と目が合って、何処か気まずそうに小さくそう呟かれた。いや、どっちかって言うとそれ俺の台詞だよね。けれど今はちょっと驚きが勝ってしまってそんな突っ込みすらも追い付かない。


「俺の名前、知ってるの?」

「…散々覚えろって言ったのは手前じゃねーか」

「いや、別に覚えろとは、言ってないような言ったような」

「あー…あれ、こないだお前宛のダイレクトメールがうちのポストに入ってた、から」


それでなんか、覚えた。小さく彼が呟くのに、俺はその経緯を何処かで聞いたような気がしないでもなかったが、なんていうか、ほんのちょっとこの区域担当の間抜けな郵便配達員に感謝せざるを得なかった。名前覚えられて嬉しいとか、中学生じゃあるまいし、何だこれは勘弁してくれ本当に。

取り敢えず俺がそんな感じでぐるぐるしていたら、やがて彼が器を両手に俺の元へとやって来る。ソファに座ったままだとあれなのでラグの上に二人で座り込んでお手製のそうめんを前に手を合わせた。


「いただきます」

「…いただきます」


彼の真似事をして小さく口にしてから、再度器の中身に視線を落とす。盛り付けられたそうめんの上にはまさかの星型にんじんと錦糸卵が綺麗に配置されている。因みに一応言っておくが、俺の家には当然ながら星型の型抜きなどという洒落たものは存在しない。つまりこれは、彼のお手製星型にんじんというわけだ。
まさかの星の王子様特製の星型にんじんを箸で摘んで俺はじっとそれを見つめた。何とも綺麗な五芒星である。職人も真っ青だ。


「…器用なんだねぇ、シズちゃんは」


ぼそりと呟けばそうめんを啜っていた彼が突然噎せ返りごほごほと咳き込んでいる。精一杯可愛さを表現してのニックネームだったつもりなのでそんなに喜んで頂けるなら俺も光栄だよ、シズちゃん。


「っ、誰がシズちゃんだ!誰が!」

「シズちゃん」


箸で彼、そうシズちゃんを指せばぴくりと眉を引き攣らせてちょっと怖い顔をした。それでも、本気で怒ってるか怒っていないかくらいは俺にも判断出来る。多分、そんなに嬉しくもないけどダメでもないっていうか、そのくらい。

そんなシズちゃんを差し置いて俺は星型のにんじんをぱくりと口に放り込むと、続けてつるつるとそうめんを啜った。うん、このさっぱり感がたまんないよねぇ、美味しい。そんなことを口にしたらシズちゃんも俺を睨むのを止めて再びそうめんを食べ始めた。

取り敢えずまぁ、この人は見た目とのギャップが物凄いっていうのはよーくわかった。もう痛いくらいわかった。だから、だれかどうかこのわけの分からない動悸をどうにかしてくれないだろうか。じゃないと俺はそのうちこの人に殺されてしまうんじゃないだろうかと心配でならない。そんな今日この頃である。







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