09 | ナノ




5杯目までは何となく覚えていたが、途中から数えるのが怖くなって、止めた。

って言うか俺からしてみたら何杯飲んだとかもうそういう問題では無い。ビールに始まり焼酎ウィスキーサワーワインカクテルなんでもござれと言わんばかりに、横を歩いている男は酒をまるで水のように飲み続けた。
俺は確かに遠慮するなとは言った、それは間違いなく認めよう。だがしかしそこまで何でもありと言わんばかりに飲まれると、遠慮とかそういう事以前に普通に身体的な意味で心配になる。

同じものを飲み続けるのならまだしも、一杯ごとに、まるで試すように次々と違う種類の酒を煽って行く様子は、ビール一杯がボーダーラインの俺からしてみれば衝撃以外の何物でもなかった。

なのに、なのにだ。この男は居酒屋を出てからも平然とした様子のまま、俺の傍らを何でもないような顔をして呑気に歩いている。正気かこいつ、おかしいだろ。俺の正直な意見はそんなところだ。って言うかこれは俺に限った事でもないような気もするのだが。


「…あれだけ飲んで酔わねぇのかよ」

「ん?ああ、うん。俺ザルだからさー」

「いや、ザルとかそういうレベルでもねーだろそれ」

「えー、そうかな?まぁ多少ふわふわしてるくらい、気持ちは良いよ」

「…ふわふわ」


自分ならぐらぐらとかぐるぐるとか、下手したらもうどっかその辺り道端で倒れているであろうくらいに飲んでいただろうに、余りにも可愛らしい表現をされてしまって、俺はもう言葉を失う外無い。


「でも本当に、ごちそうさま」

「あー…、おう」

「ふふ、」

「何だよ」

「やっと慣れてきたね、変な敬語出なくなってきたんじゃない?」

「変な敬語って…営業やってる奴にそういうこと言うか普通」

「だって本当じゃん、寧ろ指摘してあげてるんだからお礼言われたっていいくらいだと思うんだけど」

「まぁ、俺よかアンタのが営業とか向いてそうだけど」

「あ、もしかして何か褒められてるのかなこれは」


半分は褒めていると言うか、何と言うか、だ。取り敢えずこの男はぺらぺらとよく喋る。正直今日はそれに大分助けられた気がしないでもない。自分は元々口下手に近いし、特別他人を楽しませるような話題も持っていない。はっきり言ってしまえば今の仕事は一番向いていない仕事だと、自他共に認めている。

敬語が苦手だというのも、実際気を遣わせてしまったのかも知れない。しかし今こうして普通に話せているのはやはり楽だと思うし、居心地が良い。俺の性格上誰にでもこうというワケには行かないから、正直殆どはこの隣を歩く男のお陰なんだと思う。まぁ時々ちょっとムカつくことも言うが、こちらも遠慮が無いので逆に良い。寧ろこちらも俺からしたら助かっているに近かった。

俺からすれば会話も弾んだ方だ。取り敢えず歳が同じだったことには非常に驚いた。どう見ても二十歳前後ではあるが、正直自分よりは年下だと思っていたからだ。向こうからしたら俺が下だと思い込んでいたらしいが。まぁ世の中大体そんなものである。

そもそも飯に誘うこと自体、俺からしたら一大事に近い。しかも名前も知らない隣の男を、だ。幾ら信頼しきっている職場の先輩に促されたからとはいえ、正直礼を告げに言ったあの時は非常に悩んだ。まずドアを開ける前に悩んで悩んで、よし行くぞとインターホンを鳴らした直後ドアが頭にぶつかって俺の葛藤はどこかにすっ飛んで行ってしまったわけだが。


「ねぇ、」

「ん?」

「俺アンタじゃないって、さっきも言ったよね」

「…言ったっけ」

「名前覚えられないなんて、営業失格」

「煩ぇな、苦手なんだよ」

「まぁいいけど、べつに」


さして興味も無さそうに呟くと、丁度アパートに辿り付いた。エントランスのセキュリティを解除して、階段を隣の男がすたすたと駆け上がって行く。本当あれだけ飲んだヤツの動きじゃねぇだろ、もう何度思ったかわからないがやっぱりそう思わざるを得ない。よく喋りもするが、よく動きもするなぁと感心するしかなかった。

先に部屋の前に辿り着いたそいつは鍵をポケットから取り出す。俺も手にしていたスーツの上着から鍵を探し出していると、ふと視線を感じて隣のドアの前に立つ男を見遣る。


「…何だよ」

「んー…、平和島さんって、さぁ」

「なに」

「何か、かわいいよね」


薄く笑みを浮かべながら紡がれた言葉に、俺は思わず首を傾げた。何つったこいつ、かわいい?…可愛い?いや自慢じゃないが生まれてこのかた子どもの時にですら言われたことがあるのか怪しい単語だ。何処をどう見たら今の「かわいい」という単語が出て来るのかが全く持ってさっぱり意味不明だ。
やっぱりこいつ平気なフリして酔ってんじゃねぇのかと思ったが、何やらにこにこと楽しげに笑みを浮かべたままの隣人を見ていたら、突っ込む気は何処かに失せてしまった。何だこの脱力感は。


「ごちそうさま、あとおやすみ、じゃあね」


するとひらひらと手を振って、俺の返事を待たずしてそいつはそのままドアの中へと消えていった。何と言うか、まさに嵐の如くである。飄々としていて掴み所が無くて、けど、それでも居心地が悪くないところが実に不思議だ。


「…変なやつ」


ぼそり、正直過ぎる感情をそのまま呟いて鍵を取り出すと俺もまたドアを開け部屋へと戻った。






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