04 | ナノ





これは重症だ。

わかっている、わかってはいるのだ。だけどもう今更となってはどうしようもない。って言うか正直自分が気持ち悪い。

取り敢えず早朝から行き場を無くしてしまった俺が出かけた先は、そう遠くない距離にある24時間営業のレンタルショップである。そこは本屋も兼ねているからまぁ退屈はしない、適当に時間を過ごして朝の8時を過ぎたところで漸く俺は部屋に戻ることにした。


何故俺がこんな朝っぱらから活発に行動しているのかと言うと、簡単に言えば気まずかったから、この一言に尽きる。多分あっちだって気まずい、って言うかあっちの方が気まずいのか。いやでも俺だって負けないくらいには気まずいつもりだ。

要するに勢いであんな事をしてしまったのを、彼が再び眠りについてから俺はほんのちょっと、いや大分、いやちょっとかな、いやいややっぱりそうでもないような。兎に角後悔していた。やだなぁこういうの、あれが切欠で鬱陶しいとか思われるようになったらどうしよう。そして先程から延々こんな事ばかりを考えてしまう自分はもっと嫌だ。


(…やっぱ気になっても放っとくべきだったかなぁ)


勝手に人の家に保護されて嬉しいことなんか無いよね、普通に考えて。ああやっぱり失敗した気がする。好きだからそうしたけど、別に特別何を望むわけでも無かったのだからそのままそっとしておけば良かったものを。

はぁ、溜息を吐きながら辿り着いたアパートのポストを開ける。かたん、中には自分のポケットに入っているものと同じ形をした合鍵がちょこんとそこに佇んでいた。






彼、平和島静雄が眠ってしまってから、先程も言ったように何だかやたらと気まずくなってしまった俺は、取り敢えずその場から逃げることを選んだ。目覚ましを6時半に大音量で鳴るようにセットして、手早く書置きを残す。『ちょっと用事があるので出掛けます、鍵だけ閉めてポストに入れておいて下さい』それだけを書いたメモと合鍵を眠っている彼の傍らのテーブルにそっと乗せ、俺は部屋を後にした。

そして彼が出勤したであろう時刻を過ぎたこの時間に、放浪先から帰宅する。これで何とか気まずいまま顔を合わせずには済んだ。ちゃんと鍵がポストに納められていたということは、彼は目覚ましでちゃんと起きられたのだと思ってもいいだろう。

いつも通り階段を上り、鍵を開け部屋へと戻る。リビングに入りながら上着を脱ぎ、そのテーブルの上に目覚ましを見つけた。そしてソファには彼に掛けたブランケットがきちんと畳まれた状態で置かれていて、その横にこれもまた彼が枕にしていたクッションが添えられていた。



(あー…なんか、)



ぼすん、ふらりとよろめいたままに革張りの黒いソファに身を沈める。そのまま脱いだ上着のポケットから携帯を取り出して、かちかちと軽く操作して、そこに表示されたものに俺はぐっと息が詰まった。

そう、目覚ましをセットして書置きと合鍵を残して部屋を出ようとした、しかしその前にひとつだけ実行したことがある。
手元の携帯を掲げて天井をバックにそれを見つめ、目を細める。画面にはお隣の彼、平和島静雄のあどけない寝顔が映し出されていた。


本当、どうかしている。魔が刺したとしか言いようがない。こんなストーカーみたいな真似してどうしたいんだ俺は。それでもじっと見つめた画面越しに眠る彼の姿は、たぶん、馬鹿みたいだけど延々見ていても飽きない気がする。

一応言い訳すると、撮らねばならない気がしたのだ、そうとだけ言っておこう。

普段朝ゴミ出してる時はあんな怖そうな顔してる癖してさぁ、寝顔はなんでこんな無防備なの。むかつくむかつく、凄いむかつく、ちくしょう、むかつくけど可愛い。効果音つけるなら多分すやすやだよ、すやすや。良い大人な癖してこんな寝顔は実に反則だ。これやっぱ何かフィルター掛かってんのかなぁ、やばいなぁ、俺どんどん変態みたいになってる気がする。

画面はそのままにぱちん、携帯を閉じて俺は本日何度目になるかもう数えてもいないくらいの溜息を吐いた。


「…次のゴミの日、どうしよ」


ぽつりと零した独り言は、広い部屋にそのまま溶けてゆく。まぁどうしようっていう状況にしちゃったのは他の誰でもない俺なんだけどね。何かもうどうでもよくなってきた、寧ろ変態キャラ貫こうかなぁ、だって好きなのは変わりないし。ついでに言うともう多分どうしようもないし。

って言うか夜中の俺よくあんなぺらぺら喋れたよね、本当今更だけどちょっと褒めてあげたいくらいだよ。もう若干テンパってて何喋ってたかあんまり覚えてないけどさ。ああ、そうか、俺昨日殆ど寝てないんだった。だから今こんなに疲れてるのか。

ぼんやりとしたまま、視線だけで部屋全体を見渡してからまた天井と戻す。ほんの数時間前まで、この空間に彼が居たなんてちょっと信じられない現実だ。この直ぐ下のラグの上で寝てて、起きて、喋ってた。うわなんか本当夢だったような気がしてきた。

別に何がどうというわけでもないのに、急に居た堪れなくなって手近にあったクッションを掴む。彼が枕にしていたそれをぎゅーっとしたりなんて流石にそこまでは出来ないけれど、ぽんぽん、取り敢えず軽く叩くようにして撫でてから、目を閉じた。
ああ、今日はゆっくり眠ろう。もう起きたら後悔しない、たぶん。そう心に決めて俺は静かに押し寄せる睡魔に身を委ることにした。







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