暗闇に於いて遭難 | ナノ



※ヤクザの若頭静雄×情報屋臨也の設定
※フリリクのこれに沿ってます






打ち抜く覚悟はいつだってあった。
ただ俺の手元には構えるための凶器がなかった。
補足、ナイフは武器に入りません。
追加補足、シズちゃん限定で入りません。
以上。






見下ろす街並みはいつもと同じで変わらない。例るならこういうものは、俺が変われば風景も変わって見えるものなのだろうか。よくわからない。変化なんてものは俺のなかにあるようでないものだった。俺が変わっていないと言うならば、それがきっと何よりの真実だろう。俺の世界は俺が作った、ルールは俺のひとりの中にしか存在していない。

池袋のネオンを見下ろすことのできるそこそこ高さのあるビルの屋上。数メートルの距離を置いて、俺の斜め後ろにシズちゃんがいつもと変わらず白いスーツを身に纏いそこに立ち尽くしていた。半分掻き上げられた金髪が、時折強く吹きつける風にさわさわと揺れている。長い前髪のかかっているその瞳は、どこか虚ろげに色を滲ませていた。


「いつもと変わらないね。賑やかで何よりだけど、でも、静かだ」

「…意味のわかんねぇこと言ってんじゃねーよ」

「だってそうだろう?一般人はいつもと同じで楽しそうに街を闊歩してる。まぁ、君はそれどころじゃないみたいだけどねぇ」


含みのある口調はわざとであって、だからと言って悪気があるわけでは断じてない。あくまでこれはスパイスに過ぎないからだ。そう、よりこの状況を楽しむために欠かせない材料のひとつとして。


「殺しに来たのかな」


おれのことを。
色とりどりのネオンの中でやたらと赤が際立って見えるのは、今の殺すと言う自らの口から出た単語に、無意識で目に映る情景を連想させてしまったからなのだろうか。赤は好きだよ、けれど黒はもっと好きだ。あくまで赤は闇の中に溶けている一部に過ぎない。夜に眺める赤に酷く惹かれるのは、そういうわけだろうかそれともはたまた無関係か。

闇社会の二大勢力である粟楠と平和島が、未だかつてないほどの対立を見せている真っ只中、組を纏める若頭がこんなところでのんびり高みの見物とは頂けない。ここから直接見えるものなど何もないけれど、きっと平和島の連中は今頃、血眼になって頭のシズちゃんを探しているに違いないというのに。


「お前一人殺して元通りになるとは思えねぇな」

「そうかな?晒し首くらいにすれば割と事は穏便に済ませられるかも知れない」

「一体いつの時代の話だよ」


いちいち律儀に突っ込んで来てくれるのは面白いけれど、その中に垣間見える彼の甘さは面白くない。シズちゃんは何に対してもいつもそうだった。だから今回のことも大半の比は彼にあると言えよう。

彼がやたらと可愛がっていた下っ端の組員のひとり。歳もそう離れていない彼のことをシズちゃんはやたらと気に掛けてはやっていた。期待を促し、仕事を与え、時には一般人の友達同士が会話をするように相談事を持ち掛けることもあったという。そう、その男が粟楠の間者とも知らずに。

もっとわかりやすく現代的に言うならスパイ行為を働いていたわけだが、その情報が平和島の幹部の連中に噂として流れ込んだことが、この最悪の対立を起こす全ての事の発端である。殺しに来たの、と問い掛けたのはつまりそういうわけだ。シズちゃんの腹心の部下が間者であるという情報を平和島の中枢に送り込んだのは、他の誰でもないこの俺だったから。

もちろん情報屋の折原臨也より、だなんてご丁寧なリターンアドレスも差出人も設けてはいなかったが、こうして今まさに俺のお気に入りの場所に訪れているシズちゃんや、平和島の幹部の一部はうすうす感づいていることだろう。元々俺の存在が面白くなかった筈だ、そして結果として、その不安は現実となってしまったわけだ。


「俺が粟楠にも出入りしているのは、シズちゃんところのお堅い年寄りはみんな知ってることだからね。君がここで俺を仕留めなくても結果追われるのは目に見えてる。だから、とりあえず一度区切りをつけようよ。俺もだらだら逃げるのはあんまり好きじゃないんだ」


拳銃、貸してよ。

手を差し出して数十秒の沈黙ののちに、そっと白いスーツの内側から一丁の拳銃が取り出された。まだ触れてもいないのにやたらと重々しさを醸し出しているそれを受け取り、弾を込めるシリンダーを開いて中身を確認したが、案の状そこに弾丸はひとつも込められておらず、空っぽの状態だった。

そもそもサイレンサーを付けることもできないリボルバーを持ち歩いている時点で、護身用はおろか彼には最初っから打つ気がないとしか思えない。実際のところそういうことなのだろう。無益な血を好まない、何とも人情に溢れた、到底頭という立場に相応しくない人物が彼、平和島静雄だった。

俺はコートのポケットに手を突っ込んで、そこから弾丸を取り出してぐっとシリンダーに込める。そこが開いた状態でシズちゃんに拳銃を差出し彼がそれを受け取るのを確認して、少しだけ笑った。


「ロシアンルーレットだよ、手っ取り早くてわかりやすい方法だろ?ただし銃口を向けるのはお互いにしよう」


君と俺の因縁をこれで断ち切ろうじゃないか。比較的いつも口数の少ない彼は、今度もやっぱり何も言葉を発することなくその口を噤んでしまっている。それから手元の拳銃をじっと見つめてかちゃん、閉じたシリンダーを軽く回転させた。視線は拳銃から既に離れ、真っ直ぐに鋭い瞳が俺だけを見つめている。

星一つない夜空が何とも俺たちにはお似合いだ。それでも照らし出されることが性に合わない互いの生業を一度だって後悔したことはない。そう、こうなること全てが筋書き通りだったのだろう。

シズちゃんは俺に向けてその銃口を向けて、視線と一緒に真っ直ぐ綺麗に銃を構えて見せた。人差し指にぐっと、引き金にかかるそこに力を込めて引く。

かちん、というやたら虚しい響きを以て俺の安全は無事確保される。人差し指と中指で適当に挟んだ銃を差し出され、それを受け取りろくに見つめることもせず俺はシズちゃんに銃を向けて引き金を引いた。かちゃん、またしても空回りしたシリンダーは、ひとつその枠を進めている。


「おまえの考えることはいつもワケがわかんねぇな」

「…なに?」

「今度のこともそうだ。一体誰の味方なんだよ、うちにも粟楠にも何の利益もねぇ。その上手前の足元だって危なくしてるだけじゃねーか」

「やだなぁ、俺が利益を求めてシズちゃんや四木さんのとこと取引してたと本気で思ってんの?面白いこと言うねぇ」


緊張感のない会話の音が響く中で、それでも引き金はまた俺に向けて引かれて銃は空回る。また順の回れば銃を手に取り、シズちゃんに向けてためらうことなく引き金を引く。期待を裏切らず空回りを繰り返すシリンダーの残りは、あと二発。


「あいつが粟楠の人間だってことは放っておけばいずれ明るみになる事だろ。今そんな事バラす理由がどこにあるんだよ」

「だって、面白いじゃない。シズちゃんが可愛がってた彼もそこそこ情に絆されてたみたいだから、段々君に後ろめたくなって追い詰められていたんだよ。だからはやく楽にしてあげようと思ってね。まぁ、そんな彼は先に一人でどこかに逃げちゃったみたいだけど」

「…庇ったのか」

「何を?」


何かを言いたげな唇はそのまま引き結ばれ、言葉を発することはなかった。それでもいつまで経とうと銃口が俺に向けられることはない。これじゃあ折角のゲームが台無しだ。

どこまでも能天気なシズちゃんは、どうやら俺が彼の可愛がっていた部下のスパイをわざと逃がしてやったと、これまた都合のいい勘違いをしてしまっているらしい。どこまでも呑気なものだ。それこそ一体俺に何の利益があると言うのだろう。


「打ちなよ。君の番だ」


おざなりになっていた右手を催促すると、またぴたりと額を狙った辺りで銃口が向けられる。

打ち抜かれる覚悟は、たぶん打ち抜く覚悟よりも俺のなかではずっとはっきりしていることだった。現にいま、恐怖に似た様な感情やそれらしいものは一切として浮かんで来ない。弾はやがて五発目を迎え、その時俺は彼に殺される。自ら望んでいるから殺してもらうと言った方が正しいのかも知れない。こうして止むを得ない状況や場面でなければならなかった。俺と彼にふさわしい、終わりを迎えるためにどうしても。





かちん。





思わず目を見開いたのは、もうこの先に見ることが無かった風景が目の前に変わらずに広がり付けていたからだ。俺に向けて銃を向けるシズちゃんはどこまでも無表情で、それが逆に今までには一切存在しなかったとてつもない恐怖心を煽る。
そして嫌な予感は外れる事無く、彼はあろうことか握ったままの拳銃を自らのこめかみに突き付け、酷く穏やかな笑みをその口元に浮かべていた。


「お前の言う通りだよ。殺しに来たんだ」


何だと思う?そう言わんばかりのやたらと悠々とした表情が煽るものは、それでもやはり不安と恐怖が混じり合った戦慄だ。いや、もっと他にも何かあったかも知れない。わからなかった。そんなものをひとつひとつ判別していられるほどの余裕がない。

ぐっと彼の人差し指に力が込められるころ、身体は勝手に動いていた。無心だった。振り上げた足に反動を付けて身体を捻り、回し蹴りの要領で狙った銃を彼の手元から蹴り落とす。本来俺に打ち込まれる筈だった弾丸の、最後の確率など計るに値しないことだった。

かしゃんと音を立てて銃は落下する。それでもシズちゃんは再び足元のそれを拾い上げようとするものだから、今度は胸倉を掴んで彼の身体ごとコンクリートの上に押し付けるようにして一緒に倒れ込んだ。馬乗りの格好になりながら、それでも硬直してしまった彼の襟元を握り締める手は解けない。ほんの少し目を細めたシズちゃんと視線がぶつかった。


「…何やってんだ、お前」


返事をすることは叶わない。俺の口から繰り返し零れるのは苦しげな呼吸音ばかりで、言いたいことはひとつとして言葉にはならない。敢えて言うなら一発ぶん殴ってやりたいところだったけれど、その後の言い訳を考えるまでには思考回路が至らない。そしてやっぱりシャツを掴んだ手が動かなかった。指先が冷たい、体温がぐんと下がってしまっている。


「当たんねぇよバーカ」


延々彼がポケットに突っ込んだままでいた左手の拳が、ゆっくりとその顔の横で開かれる。ころころとそこから零れ落ちたのは、先程俺がシリンダーに込めたはずの弾丸だった。まさか、抜き取った様子や素振りなんかは皆無だった筈なのに。

コンクリートの上を転がる弾の行方など知る由もない。それでも再び拳銃を手繰り寄せる彼の右腕を止めることはできなかった。もうそんなことをしても何の意味もない、弾は、最初から俺たちの駆け引きの間に組み込まれてなどいなかったのだから。



「…やっぱ、弾込めねーと当たんねーか?」


笑い声が混じる、実際に彼は笑っていた。
ナイフを剥ぎ取られ、銃を撃たせて貰うことすらできなかった。生殺しの恋はいつ眠りに就くことができるのだろう。すべて錯覚が生み出したものだとしても、例えなにひとつ報われないそれだったとしても、俺ごと殺してやることくらいはできるはずだとばかり思っていたのに。

笑みを浮かべたシズちゃんの手元、空っぽの拳銃は俺の左胸に突き付けられる。

ぱん、と銃声を真似た彼の声とほぼ同時に、俺の心臓は皮膚越しに空砲を打ち抜かれた。ふかく、消したくても消すことのできない傷痕。痛みは微塵も感じることはないのに、どうしてか俺の目からは勝手にぱたぱたと涙が零れていた。




-------------

拳銃の知識とかあやしすぎてすいません
あと実際リボルバー式って弾入ってる所わかっちゃうらしい





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -