00 | ナノ



※隣人パラレルです。イントロ的なもの。





お隣には、長身の若い男が住んでいる。

俺が彼に関して知っていることは決してそう多くはない。しかし赤の他人という観点から見れば、決して少なくもないだろう。




まず名前は平和島静雄。

へいわじましずお、だよね、そのまま読むならの話だけど。もしかしたらもっと違う読み方があるんだろうか。しかし余りにも名前負けしていて、思わずちょっと噴出したのは俺だけの秘密だ。これは一度俺の郵便物に、彼の部屋番号でのダイレクトメールが紛れ込んでいたことがあったので知りえた情報である。まぁ単なる偶然だ。だけどこの出来事がなければ俺はきっと今も彼の名前などは知らずにただ毎日を過ごしていただろう。そう考えると実に大きな差である。彼の名前など知る由も無かった俺にとってはほんの少しばかり心踊る出来事だったのだ。間違えてくれた郵便配達員に心ばかりの感謝をしながら、隣のポストにダイレクトメールをそっと差し込んだことは、そう記憶に遠くない。


ふたつめ、朝起きるのは大体6時半くらい。出勤時刻は7時半くらい。

寝起きが良くないのか壁にぶつかったりする音や、物を落としたりする音がよくこの時間帯に聞こえてくるからだ。(たぶん俺が推測するにテーブルとかにぶつかってるんだと思う、あれ地味に痛いよね)そして大体一時間後にドアがばたりと閉まる音がする。これはもう毎日の習慣というか、俺の一部になりつつある。何だか笑えるけれど、これら一連の音を 聞くと安心するのだ。例えば彼が寝坊して隣からばたばた聞こえる時は、なぜか俺の方まで冷や冷やしてしまう。実におかしな話だ。


このふたつだけでも、俺が彼に更に興味を抱くにはとてつもなく十分なふたつだった。まぁ嬉しいやら悲しいやら彼は全くの他人なのだから、知らないことが余りにも多すぎる。その中でのこのふたつの情報の価値ははるかに高い。因みに彼はきっと俺のことは何も知らないんだろうけど。そこがまた楽しいんだろうね、俺としては。

因みに初めて会ったのはゴミ出しをしていた朝だ。べったべたといえばべたべたなんだけどね、これもまぁ偶然なのかはたまた運命なのか、因みに笑うところじゃないからね。至って真剣だから。

少し伸びきった感のある明るい髪色に、スーツの上着とゴミ袋片手にふらふらと前を歩くのは、それはもう素晴らしい長身だった。すらりと伸びた手も足もどれも細長くて、後姿だけだと思わず「外人?」と言いたくなるようなある意味で日本人としてアンバランスな容姿だった。確か1ヵ月前くらいに引っ越してきたような気がする、曖昧な記憶を辿るけれどはっきりとは思い出せない。そもそも俺がこんな時間に真面目にゴミを出すこと自体がもうほぼ奇跡に近い。今となってはこの時の気まぐれに感謝せざるを得ないのだが。

ドアが先に開く音を聞いていた俺としては、前を歩くのが隣人であるとわかっていたのでこのまま無視するわけにも行かず。

結構このそう広すぎないアパートが気に入っているのだ、愛想悪いとかでもねちねち何か言われて過ごし難くなるのも何だしね。


「おはよーございまーす」

一応お隣さんだし、一日の殆どを部屋で過ごす俺にとってはそこそこ人間関係も大事だ。別に仲良くする必要も無いが仲を悪くする理由も見当たらないので、適当に挨拶をしておけば後々面倒なことにはならないだろう、そんな軽い気持ちでゴミ捨て場にゴミ袋を置きつつごく自然に声を掛けると、くるり、真横の外人もどきが俺の方に向き直る。

「……っす」

今時スーツ着てどこの体育会系だよ!と突っ込みたくなるほどの短い返事と、意外にも同じ国籍らしい顔立ちを目の当たりにする。勿論突っ込んではいない。眠いのだろうか、眉間には物凄い皺が寄っていた、その目つきは鋭いようで大分虚ろだったけれど。見た目に反して、挨拶を交わすという礼儀は備わっているらしい。だがそれ以上も以下もないままに彼は足早にゴミ捨て場を後にし、駅がある方向の道へと消えて行った。



この瞬間、俺は彼の名前を知らない。
彼の職業も知らない。
彼の年も知らない。
彼のすきなものを知らない。
彼の嫌いなものも知らない。
彼のことを何も知らない。










だけど俺は彼のことを好きになってしまった、らしい。







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