カフェ・トリール | ナノ






※カフェ店員静雄×大学生臨也





「…で?何か特技とかねぇの?」


手にしている履歴書を留めたバインダーを、ボールペンでぱしぱしと叩く音が酷く耳障りだった。それなのに更にそんな不躾な問い掛けをされてしまい、俺はどうにも途方に暮れてしまっていた。

いやどちらかと言えば寧ろ疑心暗鬼になっていたと表現した方がより近いだろうか。自分がいま直面している状況を説明すれば、誰だって今現在の俺と似たような気持ちになることは確実だ。そう、決して俺だけが例外なわけではない。おかしいのは俺じゃなく、目の前のこの男の方に間違いないと。


「特技、ですか」

「そう」

「物覚えはいいんで、メニューとかそういうのは人より早く覚える自信はあります、けど」

「………ふーん。普通だな」


しれっと答えて履歴書を捲ったその下のまっさらの白い紙に、さらさらと何かを書き記す金髪の男。いま俺がバイトの面接真っ只中で、もしこの失礼男が面接担当の立場ではなかったならば、俺はきっとその手元にあるバインダーを奪い取り、勢いよく真上からその金色に向かって振り下ろしていたことだろう。

別に特技どうとか、普通という言葉が気に食わなかっただけでここまで苛立っているわけではない。彼の失礼はまず、向き合ってよろしくお願いしますと面接がスタートし、テーブルを挟んでお互いに腰を下ろして、俺の名前を読み上げて確認した金髪がその直後にぼそりと、「変な名前」と呟いたところからスタートしている。

珍しいと言うならまだしも、変だとあっさり吐き捨てられた時点でもう既に、俺がこの金髪に対してマイナスなイメージしか抱かないことは至って仕方のないことだろう。そもそも採用するしないをこいつに決められると思うと、ああ失敗したもっと他のマトモそうなところにバイトを申し込むんだったという後悔すら襲う。

大学に通いながら一人暮らしを始め、住んでいるアパートの最寄駅前に最近になって新しく開店したこじんまりとしたカフェ。その店の前で数日前に「スタッフ募集」の張り紙を見付けた。通うのにその距離は申し分ないほどに近く、主な仕事内容が給仕ということもあって、俺はその勢いで面接申し込みの電話をかけた。

店内はカウンター席が数席と、テーブル席が10にも満たない程度の隠れ家的なカフェといった呼び名がふさわしい見た目だった。内装も至る所に小洒落た雑貨なんかや気配りが施されていて、穏やかな曲調のBGMと、明るい店内の様子は外から見ても中々に好印象を得る。だからまさかこんなド金髪の不良が厨房に住んでいるとは思いもしなかったのだ。全くを以て調査不足だったと、そればかりは自分の否を認めざるを得ない。


「特技はなし、と…」


ぼそっと呟く言葉に、おい今言ったろうがふざけんなと心の中で声にならない叫びを上げて、ますます男に対する俺の不信感は募るばかりだった。つーか俺のこと採る気ないだろこいつ。今さっきメモった目的は一体何だったんだと思いつつ、それでも今は反論するに何分立場が悪すぎる。よって言葉は結局全て大人しく飲み込まざるを得ない。

すると男は突然視線を上げて、その瞳がじっと俺のことを見つめて来た。それはそれでぎょっとしたが、突然くるりと首を回し、店内からもその様子が伺えるようになっている厨房の方へと向かって声を張り上げた。


「おい、門田!」


開店前の人が居ない店内の中での面接だったので、遠慮なしの男の声は店中に響き渡る。やがて数秒待って、厨房の奥からこれまた背の高い男が一人、その姿を静かに覗かせた。髪はこの失礼男と対照的に真っ黒な色をしていて、どことなく真面目そうな印象を受ける。服装も男と同じ、白いシャツに腰元からの黒いエプロンといった装いだった。どうやらこれがこのカフェでの制服らしい。
門田と呼ばれた男が金髪の男の側へ歩み寄ってなんだよ、と答え、金髪失礼男は失礼なことに俺に向かって手にしていたボールペンを向け、不躾にそれで指して問い掛ける。


「こいつ、採ってもいいのか?」

「…それ、面接に来たやつの目の前で言うようなことじゃねぇだろ」


そうか?と真顔で返す金髪に、門田という男は小さく嘆息して頭を抱えた。出会ったばかりの相手だったが、正直そのリアクションにだけは痛いほど共感できる。別に今更受かろうと落とされようと何だろうと構わないが、そういう相談はもうちょっとこそこそやってくれた方がこちらとしても有難いのだが。

つーか面接って何すりゃいいんだよ、と億劫そうな様子を隠すこともせずにバインダーを手渡して、今度は門田という男が一通り俺が書いた履歴書に目を通す。できることなら最初からこっちのマトモな方に面接されたかったなぁと思いながら、とりあえずは黙ったままでその様子を眺めることにした。

正直これで採用になったところで、この金髪と一緒に働くのはごめんだなぁと頭の中を占めるのははそんなことばかりだ。もういいから帰らせて下さいと言わんばかりにはぁと全力の溜め息を吐き出したら、目の前の2人はそんな俺の気持ちとは全く裏腹の会話を繰り広げ出してしまった。


「いいんじゃねぇ?家も近いみたいだし。接客向きの顔の綺麗な顔してるしな」

「…は?」

「まぁ、顔はな。……よし、お前明後日から来い。明日は定休日だから間違っても来んなよ。」

「は?いや、なにそれ」


思わず敬語も忘れて間抜けな声ばかりを発していたら、おかしなことに二人組は首を捻って反対に「何か不満でも?」のオーラを醸し出した表情を浮かべて俺のことを見返してきた。いや、受けにきたのは間違いなく俺なんですけど、そうなんですけど。でも今おかしいのは、どちらかと言えば自分じゃなくてそっちの方だろう。何だよ顔はって。


「何だよ、質問があるなら聞くぞ」

「あの、俺、面接で特技しか質問されてないけど…」

「いいんだよ。特技は顔って事にしとけ」

「………………はぁ」


ひくり、意味のわからない言い分に流石に口の端が引き攣ったけれど、黒髪の男はさて置き、金髪男はそんな俺のあからさまな挙動すら気に留めず、しれっとした表情を浮かべて履歴書にでかでかとした丸を描いた。
小学校低学年のテストじゃあるまいし、形式通りで構わないから面接くらいはもっと真面目にやれ。そう言いたいところだったが、最早心の中ですらいちいち突っ込む気が失せてしまう。そしてそのあと呑気に背伸びをしてから、さも退屈そうに大きな欠伸もひとつ零したことを、多分俺は一生忘れはしないだろう。





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