20120128 | ナノ






「あ、クラッカー忘れた」

部屋に入るなり馬鹿が放ったそんな一言に、俺は思わず顔を顰めた。なんかもっとこう、お邪魔しますとか一般常識として気の利いたことのひとつでも言えないのかという意味を込めてだ。
しかしそんな俺の視線などものともせず、何やらでかい箱をぶら下げた状態の臨也はあーあ、と気落ちした声を上げながら俺の隣へと腰を下ろす。真横とまでは行かないが、一人分程のスペースを残しているから距離はそこそこ近い。

「…いらねぇよそんなもん。クリスマスと勘違いしてんじゃねーぞ」

「ええ、だって折角買っといたんだよ?わざわざこーんなでっかいの。結婚式のパーティとかで使うやつ」

このくらい、そう言いながら臨也が両手で示したおおよその大きさは、俺が知っているクラッカーの十倍以上はあるように思える。忘れてきて良かったと心の中でほっとしたりしながらも、馬鹿かやめろと適度に罵る言葉も忘れない。貴重な週末の夜に、突然に人の部屋を訪ねてきた馬鹿への対応はこんなもので充分だ。

「まぁいっか。どうせ昼間は目一杯祝って貰ったんでしょ」

「あー…トムさんとヴァローナとケーキ食った」

「そう。じゃあこれは要らないかな」

臨也がこれ、と指したものが持参した四角い箱だということにはすぐ気が付いた。今日は1月28日、一般人には何の変哲もないただの週末の一日に過ぎない。俺だってトムさんに昼間「今日誕生日だろ」と確認されるまで忘れてしまっていたくらいだ。

いつものファーストフードではなくファミレスのデザート欄から好きなものを選べと促され、悪いとは思いつつも好意を無下にするわけにも行かずケーキをひとつ選んだ。食べる直前に与えられたおめでとうの言葉は、恥ずかしながらもそこそこに嬉しかったことはまだ記憶に新しい。

そうして仕事から帰宅して直ぐに、今俺の横に座り込んでいる馬鹿から着信があった。毎度の如くご丁寧に非通知設定にされていたため、逆にその相手がわかりやすい。この馬鹿ともそこそこ長い縁になるが、未だに俺は臨也の電話番号ひとつさえ知らない。

そんな事はさて置き、そうして「家?」という実に簡潔な問い掛けを電話越しにされて、そうだけど何だよとぶっきらぼうに答えたらそのまま電話を切られた。そして箱を片手に臨也は俺の部屋を訪れる。何もかもが唐突だった。

「食う。寄越せ」

「切る?」

返事をせずとも臨也は立ち上がり台所へと向かい、その手には未使用の皿と包丁、そしてフォークを持ち帰ってきた。ことりと一度テーブルの上にそれらを置いて、先程自分でぶら下げてきた四角の箱をぱかりと開いて中身を取り出して行く。

「ほーら、美味しそうでしょ」

自慢気にどこか嬉々とした様子の臨也が出してみせたのは、やや小さめのホールのチーズケーキだった。小さい、とはいえ明らかに二人で食べるような配分の大きさでないことは一目瞭然だ。丸いかたちの上にはごろごろとフルーツの類なんかが実にきらびやかに盛り付けられていて、間違いなく美味そうなことは美味そうだ。何だか癪だったので素直に頷くことは勿論しなかったが。

「でけーよ…何で手前の買うモンはいっつもこうなんだ。理解できねぇ」

「誕生日にホールのケーキ一人占めって子どもの夢かなぁと思って。ショートケーキだったら今時コンビニでだって買えるじゃん」

確か去年だったか一昨年だったかのクリスマスケーキもホールで人の部屋に持ち込み、一口二口食べたところでもういらないと言って結局そのあとは俺の三日間の朝飯となった。要するに後先を考えないし、何となく浮かれ気分で買い込んで来て最終的にはいつも俺に丸投げだ。

「子ども扱いすんなクソノミ蟲。何なんだよこのプレート」

「あは!かわいいでしょ?嬉しい?」

ついと細い指先が、俺が指したチョコレート製のメッセージプレートを摘み上げる。手描きの文字で書かれていた文字が「しずお おたんじょうびおめでとう」である。いやこんなの世間一般では、誕生日のケーキを買うという一連の流れにおいてごく普通のことなのかも知れないが、俺と臨也だからこそ色々な部分がおかしいのだ。

おかしい所は多かれ少なかれ、それでも今の俺と臨也はこんな感じだ。こんな、で一括りにしてしまう範囲が余りにも広い所為で、誕生日にケーキを買ってくるという至って普通の行為が割と普通に受け入れてしまえるほどに、やっぱり色々とおかしな自覚はあった。

嬉しくねーよと突っ込む前に、臨也はプレートを皿の端っこに乗せてケーキに静かに包丁を入れる。ごてごてに盛り付けられたフルーツがどうなってしまおうとお構いなしだ。やることは凝ってる癖に、臨也は割合こういうことには雑な性格だった。まぁ、男らしいと言ってしまえばある意味そうだから、行動としては何も間違ってはいないのだが。

そうして臨也はこれまた大雑把にホールのケーキを四等分にすると、一切れをチョコレートのプレートが乗った皿の上にひょいと乗せる。そのまま差し出されるだろうと思い待ってみたが、皿は一向に俺に向け渡されることはない。
何だよ手前食わせる気あんのか、そう思った辺りで突然臨也が皿を片手にしたままひょいと俺の膝の上に乗り上げてきた。余りの突飛かつ意味不明な行動に、真正面のうすら笑いを浮かべる顔を目一杯これでもかと睨み付ける。

「誕生日だから特別サービス、はいあーんして」

「………うっぜ」

語尾にいっそ嫌がらせじみたハートマークすら浮かんで見えるほど、明らかな悪ノリめいた声でフォークに突き刺したケーキとフルーツを俺の口元に運んで来る。思ったままを一言吐き捨てると、臨也はひどーいと丸っきり感情の篭っていない声を上げる。全くを以てわけがわからない。

「自分で食うから退け」

「ほーら、やせ我慢しないでとっとと食べなよ。もういいから食え」

最後の一言で本音だだ漏れじゃねーかそもそも我慢なんてこれっぽっちもした覚えはねぇ、と。小言を呟く前に問答無用で俺の口元にはぐしゃりと臨也の手によってケーキが押し付けらた。ぼろぼろと押し付けられた口元から、潰れて壊れたケーキが落ちてゆく。口の周りには生クリームとフルーツが辛うじてフォークとの間でバランスを保っている状態だった。

ふざけんなよくそ、言いたくとも口が一方的に塞がれていてそれすらままならない。仕方が無いと込み上げる理不尽さと怒りをぐっと堪え、薄く開いた口元から少しずつケーキの一部やクリーム、フルーツを咀嚼して行く。フォークはやがてそっと口元に差し入れられた。

「ははっ、餌付けだ餌付け!おいしい?」

「………食い物は粗末に扱うなって親に教わらなかったのか」

「あ、チョコも食べる?」

人の話を全くと言っていいほど聞かず、臨也は皿を一度テーブルの上に戻し、今度はチョコレートの板を手に取り口元にぐいと押し付けてくる。餌付けじゃなくて拷問の間違いじゃねーのかこれ。
しかし甘いものに罪はない、のでまた口を薄く開き、チョコレートをそのまま半分ほど押し込まれたところでふっと疑問が頭の端を過った。
ぱきん、口のなかで誕生日を祝う文字は既に真っ二つとなり、今やもう粉々の有様だ。体温に混じりとろとろと口内で溶けて行き、甘さはそれに比例するように口いっぱいに広がってゆく。

「なぁ、このケーキ」

「なに?」

「いま買ってきたのかよ」

「そうだけど。あ、でもちゃんと予約したんだからね。ホールなんて閉店まで残ってるとは限らないし」

「ふーん…」

「え、だからなに?なんなの?」

「名前も手前が頼んだってことか」

「………はぁ」

そうですけど何か。先程とは一転、きょとんとした間抜けな面で臨也が膝上に乗り上げたまま俺を見下ろして来る。首を捻りながらその表情はどこかしら怪訝そうな色を滲ませていた。

「言ってみろよ」

「は?」

「普段と違うだろ、名前が」

名前、というのはつまりプレートに書かれていた「おたんじょうびおめでとう」の直前の単語のことだ。名前と言うよりは呼び方と言った方がわかりやすいかも知れない。
普段は嫌がらせの意味合いが強いちゃん付けでの呼び方をする癖して、ケーキのメッセージプレートはご丁寧に名前をきっちりと書き込んであった。別に臨也にしてみたら名前をそのまま店員に申し付けただけであって、たぶん殆ど他意は無かったに違いない。それでもふと、いつにない違和感をそのプレートを胃の中に収めてしまう際に感じ取ってしまった。

臨也はと言うと、俺の上で「しまった」とでも言わんばかりの表情を浮かべてそのまま直ぐに視線を逸らしてしまう。
ざまあみろ、そうやって調子にばっかり乗ってるから痛い目に合うんだよ。世の中はちゃんとそういう風にできてるんだ思い知ったかこのノミ蟲野郎が。
わざわざ言葉にするまでもない常套句を一通り心の中で並べて、ほんの少し勝ち誇ったような気分になる。さっきまでは邪魔で鬱陶しくて仕方なかったが、こうとなれば話はまた別だ。やたらと細い腰に片方の腕を回し、ぐるりとそこに巻き付けて逃がしはしまいとがっちりと身体を固定する。するとますます臨也の表情はぎょっとした。

「いや、なにこのプレイ。そういうのいいから。誕生日だからって調子に乗るなよおい」

「その言葉手前にそっくりそのまま返してやるよ。人の誕生日に調子に乗った罰だ」

「…は?いや、冷静になりなよシズちゃん、ほら、落ち着こう。話せばわかる。あとついでに離して」

やたらと口数が多くなり、先程までただ詰め寄るばかりだった身体がだんだんと後ろに引いて行く。駄目だと言う代わりに腰をぐいと引き寄せて、至近距離でその顔を覗き込む。

「で?何て言って頼んだんだよ」

「………いつからそんなサドっ気導入したのかなシズちゃんは」

「今だよ」

いーからとっとと言って楽になれ、促すと臨也はぐっと何かを堪えたような表情をした後に、今度はひとつ溜息を零してむすりと膨れたような表情で俺を見る。身体のバランスを取るようにして俺の肩に乗せられていた片手がすいと顔に伸びて来て、前髪を半分ほど掻き上げるように触れられた。






「………………しずお、」



おたんじょうびおめでとうでお願いしますって言ったけど、何か悪いですか。
まるで他人事のような余計な言葉こそあとからくっ付いてきてしまったものの、ぼそりと拗ねたような口調で吐き出された単語は、自分の名前たった三文字だ。

そう、その臨也の声が紡ぎだした自らの名前が、耳の奥の辺りで響く。いつもの小馬鹿にするような呼び方の方が聞き慣れていると言えばそうだったし、別に今更訂正したいと思うわけでも何でもない。ただふと思ったことを問い掛けてみただけの話が、なんだ、何か、とんでもないことになってしまったのは俺の気のせいだろうか。

俺が何も反応を示せずにただぼうっと見上げていると、臨也がその首をこてんと傾げてなに、とまた小さく呟いた。

息を吸い込もうとして口を開けたけれど、どちらかと言えば吐き出したい気分だった。よって呼吸運動は虚しくも失敗に終わり、視線を一度下げて、そのまま視界に映る臨也の肩口に額をぐいと押し付けて凭れ掛かる。反射と言うべきか何と言うべきか、抱えたままだった腰をついでに一度ぎゅうと抱き直して。



「…あのさぁ」


さわさわと伏せた頭を撫でられながら、臨也が問い掛けてくるけれど、顔はいまだに上げられない。

「………んだよ」

「自分で言い出しといて照れるとかやめてくれない」

こっちが恥ずかしいんだけど。呆れたような口調とは裏腹に髪を優しく梳き続けられ、俺はますます返す言葉が見当たらなくなってしまった。先程とまた立場が逆転してしまって、ああでも、いま顔上げるくらいならいっそこのまま死んだほうがまだマシだ。何と言われようとそればかりはできる気がしない。

別に今更ふざけた呼び名を改めろとは言わない。臨也にしてみたってそんなことは到底無理な話だろう、だからつまり、何が悪いかって言うとまぁ大半は臨也が悪いに決まっているのだが、もう面倒臭いからそんなことはどうだっていい。元々おかしな関係だ、誕生日におかしなことが起こって何が悪い。




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Happy Birthday!!



明日食べるケーキを無理矢理ねじ込んだら強引すぎましたはやく食べたいです





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