わたしなしではいられないと言わせたいわたしそれともあなた | ナノ
わたしなしではいられないと言わせたいわたしそれともあなた
ぎゅう、背後から腕を回されそれはもうきつくきつく引き寄せられる。逃がさない、言葉を付けるならこんな感じだろうか。勝手知ったるシズちゃんの部屋に上がりこみ、そのまま帰りを待ちつつごろごろぐだぐだやっていると、帰ってきたシズちゃんは物凄く荒んだ顔をしていて、そのまま先程言ったように座った状態の俺の背中にしがみついてきた。そして今に至る。
「…シズちゃん、苦しいんだけど」
一応咎めてみたものの、背中にしがみついたままのシズちゃんは何も言おうとはしない。無言でただひたすら俺をがっちりとホールドしている。なんか、なんだろ、ああそうだ、なんかこれシートベルトみたい。車じゃなくてジェットコースターとかのほう。
呑気にそんな事を考えていたら、後のシズちゃんが額を肩の辺りに擦り寄せるように押し付けてきた。首の開いた服だから、首筋に触れるシズちゃんの髪がさわさわと揺れて何だか擽ったい。何だよ、でっかい犬だよこれじゃ。
勿論俺はこんな行動を起こしたシズちゃんの心の中など知る由も無い。って言うかシズちゃんがこういうことをすること自体が珍しいし、いや、寧ろ初めてかも知れない。俺が嫌がるシズちゃんをからかう為に抱きつくことはあっても、シズちゃんからは有り得ない。俺が記憶する限りでは、たぶん一度もない。
「なに、どしたの?」
仕事でやなことでもあったの、そう問い掛けても返事は何一つ返って来ない。子どもじゃないんだから返事くらいはしたらどうなんだと思ったが、まぁ普段有り得ない行動をしたことに理由が無いとは思えない。そして口を噤んでいるということは、少なからずシズちゃん本人はそれを言いたくないと思っているということだ。まぁ結論子どもじみてはいるんだけどね。シズちゃんの思考回路なんて子どもと一緒だから仕方ない、あの怒り方とか見てたらよーくわかるでしょ。
「シーズーちゃん」
「…なんだよ」
「俺動けないんだけど」
「我慢しろ」
「テレビのリモコン届かない」
「我慢しろ」
「コーヒー飲みたい」
「我慢しろ」
「トイレ行きたい」
「我慢しろ」
わぁなんて駄々っ子?これ何ていう駄々っ子?まるで駄々っ子の見本を具現化したような状態だよシズちゃん。まぁ最後のふたつくらいは適当に言ってみただけだが、返事も適当にされたので然程問題はない。さてどうしたものかな。
ふと腹の辺りに視線を落とせば、シズちゃん無駄なまでに長い腕ががっちりと俺の腰を抱え込んでいる。まぁ俺も馬鹿じゃないのでこれを見てさぁどうやって逃げようかなんてばかな事は考えたりしない。ぶっちゃけ嫌ではないし、どちらかと言うと何だか不思議っ子状態のシズちゃんが面白い。喋ってくれないのはつまらないけれど、嫌なら嫌で強制はしない。ああ俺ってなんて優しいんだろう寛大すぎるよ本当に。
後から覆いかぶさるみたくしがみつかれていてる背中はとても温かい。まるで布団を被っているようだ。ちょっと重いけど、その重さが心地好く無くもない。殴られたりするより、抱きしめられてる方がずっといい。
「お腹減ったね」
「……、」
敢えて要望で無く同意を求めるように問い掛けたら、返事は返って来なかった。多分これは図星だからだ。全く分かり易い癖に今のこの一連の行動はどうしたものかなぁ。
別に無理してこうする理由が知りたいわけでも何でもないけれど、何となく不愉快なのは一方的に抱きしめられるという点にある。されるがままっていうのは、いつもの喧嘩にしろ何にしろ性に合わない。俺は片手を肩に乗せられたシズちゃんの頭に乗せると、そのままくしゃりと髪を撫でた。軽く一掴みしてみれば、もぞりとシズちゃんの頭が動く。
「…いてぇ」
引っ張んなこのノミ蟲。ぼそぼそと肩の辺りで声が響く。ようやくマトモな反応が返ってきたので、俺は取り敢えずそのまま継続して髪を引っ張ってみることにした。するとシズちゃんが重たい顔を上げじろりとこちらを睨む気配がする。ちらりと視線を向けてはみるが、首が上手く回らなくてその表情ははっきりとはわからない。
「止めろって言ってんのが聞こえねぇのかよクソノミ蟲」
「えー、だってシズちゃんこそ勝手にしがみ付いてるじゃん」
「うるせぇ」
「はい意味わかんない、別にいいけどさぁ」
「何だよ」
「これじゃあちょっとつまんない」
「我慢しろ」
あ、結局またそこに戻るのか。何だか一気に振り出しに戻された気分だよ何なのこの疎外感。慣れてるからいいけど。ほんとシズちゃんは分かり易いけど分かり難いよね、そう言ってやりたいのは山々だが、口には出さない。意外とシズちゃんがデリケートにできてることを俺は知ってる。これは断じてシズちゃんを傷付けたくないとか、そういう意味合いではない、後々の自分の保身のためだ。
「…こ、」
「へ?」
「…煙草、吸いてぇ」
「…はぁ?」
じゃあ吸えよ、と心の中で吐き捨ててはみるがそういやシズちゃんからいつも漂う煙草の匂いが今日はしない。いやしないわけじゃないけど、なんて言うか濃度が薄い気がする。いつもならこんなふうに抱きしめられたらむせ返るほど煙草の匂いがしているのに。
「切れたなら帰りに買ってくればいいじゃん」
「…財布忘れたんだよ」
「何そのドジっ子的なアクション」
「だまれ」
「…はいはい、買いにいく?」
「…おー、」
「帰って財布取ってそのまま買いに行けばよかったのに」
「うるせぇな、手前がうちに居るのが悪いんだよ」
「なにそれ」
「知らねぇ」
つーかもうちょっとだけ黙ってろ、そう言って腰に回された腕の力がぐっと強くなった。これ以上埋まらないくらいの距離で抱きしめられて、ちょっと苦しい。そして半分は気持ちいい。けどやっぱりちょっと不満だ。
「…あのさぁ、シズちゃんの愛はよーくわかったから」
「ふざけんな死ねノミ蟲」
「うんうん、あとでね、けど俺やられっばなしは性に合わないんだよね、わかる?」
「ああ?」
「ちょっとだけ離してくれない」
「断る」
「…横暴だなー、まぁシズちゃんからそれ取ったらただの人だけど」
「ごちゃごちゃと煩ぇんだよ手前は」
「うん、まぁ何かもうそれでいいから」
ほんの少し緩んだシズちゃんの腕の中でくるりと身を反転させて、シズちゃんに向き直る。膝立ちの状態でそのままほんの少し驚いているシズちゃんの顔を見てから、その頭に腕を回し自らへと抱き寄せた。赤ん坊をあやすみたいによしよしと撫でながら僅かな力で抱きしめて、そっとその髪を指先で撫でる。
こんな子ども騙しみたいなことをしても、別に何がどうというわけではない。それは俺もシズちゃんもよく分かっていた。けれど俺はただ単純に煙草よりも先に求めてくれたという、その事実がむず痒くも大変嬉しく感じたのでこれはほんの御褒美代わりだ。さぁ有難く受け取るといい。よしよしとシズちゃんの髪を撫でてやる。意外なことに罵声やいつもの馬鹿力が降ってくることは無かった。どうやら煙草が切れて本格的に色んなところがおかしくなっているらしい。まぁ何にしろ素直なのは大変喜ばしいことである。
ぎゅうと抱きしめて髪に軽く鼻先を埋めれば、ほんの少しだけど煙草の匂いがした。こんなになるまで吸っているのにまだ足りないとか本格的に中毒者だよね、お先真っ暗じゃないか。
さてそろそろかなと「コンビニ行こうか」と問い掛ければ意外にも「後で良い」と返ってきて驚いた。遠くの煙草より身近にいる俺のがいいの、俺言っとくけど煙草みたいにニコチンとか含んでないからね。そう言おうとしたら、シズちゃんが唇に噛み付くみたいにキスを仕掛けてきたので、やめた。
(たりないものがいろいろある)
静→臨が書きたかった