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どうぞだましていてね




面白い話をしてあげよう。

キスもセックスもまぁそれなりにこなしてきた俺達二人なワケだが、どうしてこうして未だにひとつだけ実行しえていてない事があるのだ。

手を繋いだことはあるのかって?カウントに入るかは些か謎だけど、セックスの最中にシズちゃんが俺の掌を押さえつけてくることがあるから、あれをそういう事にしておけば良いんじゃないかな。

多分やってるシズちゃんからしたら大したこと無いんだろうけれど、俺は正直あれを無意識にやるのは止めて欲しい。ただでさえぼーっとなってシズちゃんで色んなところがいっぱいになってる時に(あ、ここ笑うとこだからね)あんな風に指絡められてぎゅっとかされてもうなんか恥ずかしくて爆発しそうになるから。実際何度かは爆発しかけたからね。今こうして生きているのが不思議なくらいだよ本当に。

でもねぇ、ここで重要なのはシズちゃんは本当にただ押さえつけようと思ってやってるだけなんだよね。え?そんな事ないって?いやいやいやあの天然タラシを舐めちゃいけません。あのひとキスもやらなきゃいけないプロセスのひとつだと思ってるからね、別にしたくてしてるわけじゃないからね、いやセックスはしたくてしてるのかもしんないけどさ。

話は逸れたが、まぁつまりは何が言いたいのかと言うと、俺はシズちゃんと抱き合ったことがない。抱き合うというか、抱き締めたり抱き締められたり、だ。これは冗談でも何でもない。そして断じて俺がシズちゃんに抱き締められたいとかそういう次元の話でもない。

だってこれだけやることやっておいて(因みにここも笑うところ!)抱き合うとかそういう類のことをしたことが無いって事になると、逆にその理由が気になったりするものだ。人間とはそういうものだと俺は日々常々思っている。好奇心旺盛と言って頂ければ何とも有難い話だ。大事なことなのでもう一度言おう、断じて抱き締められたいわけではない。

かと言ってじゃあ試しに俺のこと抱き締めてみない?なんて事が言えるわけもなく。だってよく考えてもみて欲しい。俺がシズちゃんに向かって「抱き締めて?」とか言っている場面を想像してみて欲しい。何だそれは、面白すぎる。面白すぎて逆に笑えない。そんな面白いことはこの世に存在してはならない。あってはならない。あったとしたら俺は爆発してこの世からとっくに存在しなくなっているだろう。

というワケで、だ。長々となったが最終的に行き着いた結論を、手っ取り早く俺は実行することにしたわけだ。できないならやらせればいい。よし、これで行こう。そして今現在の状況がこれである。





「さぁシズちゃん、どんとおいで」

両手を勢いよく開き、受け入れる体制は抜群だ。しかし目の前のシズちゃんはと言うと、これまた何とも言い難い顔をしてそんな俺を見つめている。見つめているというよりはいつも通り睨んでいるという方に近いけれど。

「…頭沸いたかノミ蟲」

「失礼な、ほら、早くしなよ」

「意味がわかんねーよ馬鹿」

「わかんないからこうしてるんだけど」

「手前人の話聞いてんのか殺すぞ」

「よし、抱き締めてから俺が先に殺してあげる、さぁおいで」

「………」

おっとまさかのシズちゃんだんまり作戦ですか。よくないなぁ直ぐそうやって気まずくなると黙っちゃうの。今べつに黙るところじゃないし、普通に大人しく俺の腕の中に納まるとこだろ。何でそんな俺のこと睨んでんのか意味わかんない。

抱き締めてあげるからさぁおいで、俺がそう告げたのは大体一分前くらいだ。まぁすんなり上手く行くとも思っていなかったけれど、そんな嫌そうにされても逆に何だか物凄く腹立だしい。じゃあなんだキスしてあげようとか言えば良かったのかと言ってやりたくなったが、そこはぐっと堪えておく。喧嘩になってしまっては全ての計画は台無しだ。まぁいつも喧嘩しかしてないけどね。

「別に頼んでねぇ」

「当たり前じゃん」

「…お前、自分の喋ってること本当に分かってんのか?」

「シズちゃんこそ俺の言ってることわかってるのか、そっちのがよっぽど疑問だよ」

相変わらず両の手は広げオープンな状態で俺は肩を業とらしく竦めてみた。シズちゃんはひとつ大きな溜息を吐き出して俺のことを何だか哀れむような目つきで眺めている。何だかいまひとつすっきりしないし認めたくはないが、計画は失敗したようだ。いやそもそも計画って何だっけ。

俺は広げていた手を下ろすと上手く行かないもやもやを隠すこともせずに呟いた。

「…つまんないの」

「何がだよ」

「べつに?」

素っ気無くそう吐き捨てて俺は帰る、と一言呟きシズちゃんの部屋を後にしようとくるりと身を反転させる。しかしポケットに手を突っ込み携帯を取り出そうとしたら、手首を突然掴まれぐいと強く後へと引き寄せられた。本人は軽く引っ張ったつもりだろうけれど、俺が驚くぐらいには突然でそれなりの勢いがあった。(まぁ、痛くはないけど)
そのままぽすん、と言う効果音がぴったりなほど俺は顔面からシズちゃんの胸元に飛び込んでしまう。何かちょっと間抜けだ。

「…おい、」

「へ、」

「手、こっち」

「え?」

シズちゃんの長い手が俺の手首を掴み直して、そのまま背中へと導くように移動させられる。大人しくされるがままになりながら俺はシズちゃんの背中に腕を回す。そしてもう片方の腕と一緒にシズちゃんの背中を掌で撫でてみる。するとシズちゃんの腕がするりと俺の背中に回されて、ぎゅうと更に強く引き寄せられた。

かちり、と音がしたような気がした。
これは冗談じゃない、嘘でもない、断じて望んだわけでもない。だけどそういう音がするほどぴたりと俺の中で何かがはまるような音がした。スイッチ?まぁその可能性も無いとは言い切れない。って言うかもう何が何だかよく分からない。俺の計画と言うか野望と言うか膨れ上がった好奇心は、あっさりとシズちゃんの突拍子もない行動によって実現させられてしまったからだ。

試しにシズちゃんの背中に回した腕を更に背中を包むように抱き締めれば、それに応えるようにちょっと覆いかぶさるみたいな格好のシズちゃんとの、もう殆どゼロに近い距離が更にぐっと縮められる。もうこれじゃあゼロを通り越してマイナスだ。俺の一部はきっとシズちゃんに吸収されかかっている。


「…シズちゃんさぁ、」

「あ?」

「あったかいね、湯たんぽみたい」

「手前が冷たすぎるんだろ」

「そんなことない、あとでかくて何かむかつく」

「知るか」

抱き合ってする会話としては実に色気が無い。まぁ俺なりの精一杯の感想と言うか、そんな感じだ。とくとくとくとくシズちゃんの心臓の音が俺の鼓膜を擽る。シズちゃんの癖に心臓の音が可愛らしいなんて何か反則だよねこれ。あとやっぱでかくてなんかむかつく。俺は小さくない。絶対ない。


「つーか、お前さ」

「なに」

「こうして欲しいなら最初から言えよ」


呆れたようなでもどことなく優しいようなそれも気のせいなようなよくわからないシズちゃんの一言がやたらとむかついたので、俺は抱きしめる腕はそのままにシズちゃんの足を思いっきり踏みつけてやった。勘違いもいい加減にしろ。




(もう一度言おう断じて抱きしめて欲しかったわけではない)





なんかすみませんでした。






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