なにをするでもなくそれはとろけた | ナノ




何をするでもなくそれはとろけた




先程から俺はコンビニで買って来たミルクティーを延々とストローで啜っている、まぁ今の感情を一言で表現するならご機嫌そのものだ。やはり身体は欲しているものを摂取すると大いに喜ぶ。これは当然の流れだああやはり欲望に忠実になって本当によかった。今はただこのそつのない味がたまらなく愛しい。

そしてそんな俺の真横に座るシズちゃんは、先程から黙々とプリンをその胃袋へと掻き込んでいる。シズちゃんの場合あれだよね、プリンだけ別腹。あ、なんかそれシズちゃんの割に可愛くていいんじゃない。「俺はプリンは別腹だ」って今度言わせてみたい。いや言わせよう、そうしよう。

そんな冗談はさて置き、シズちゃんは同じプリンをみっつ選んでそれを俺が買ってあげた訳だ。しかしそのプリンはもう既にふたつの容器が空になっていて、今まさにみっつめの容器を片手にシズちゃんが黙々とスプーンを動かしている。いや好きなのは分かるんだけどね、みっつも食べたら流石のシズちゃんでも胸焼けするんじゃないだろうか。あ、プリンは別腹だから大丈夫なのか。そうだったそうだった。

しかし目の前でこんなに美味しそうに(表情には出ていないのでなんとなく雰囲気での話だ)プリンをふたつもみっつも平らげられては、まぁ一口くらい食べてみたいと思うのが人間ってものだろう。余程嫌いじゃない限りは、だ。因みに念の為確認しておくがこれは所謂別腹というやつではない。断じてない。これを買いにコンビニへと徒歩で歩くことで、僅かだが胃袋には隙間が生まれたというわけである。

まぁそんな事はどうだっていい。取り敢えず俺は新たなる欲望を満たすためにじっとシズちゃんを見つめ、スプーンを持つ手が止まると同時に声を掛けた。


「ねぇ、一口ちょうだい」

「…お前それ飲んでるじゃねーか」

「プリンとミルクティーじゃ全然違う」

「飲みたいっつったのは手前だろ」

「今は食べたい気分」

「へぇ」

「あ、出たな」

「何がだよ」

「俺が買ったやつなんだから、一口くらい良いじゃん」

「………」

そういうと途端にだんまりになるシズちゃんは、多分頭の中で確かに、とか思っているに違いない。これだからシズちゃんをからかうのって止められないんだよね、見掛けに反して心が純粋過ぎるだろ。

するとシズちゃんは無言でプリンの容器にスプーンを刺した状態で差し出してきた。俺はそれを受け取るとスプーンで中身を一掬いし、口へと運ぶ。つるりとした食感のそれは実に喉越し抜群で、舌の上でとろけたと思えばあっと言う間に喉の奥へと滑り込んで行った。流石有名パティシエの文字が伊達にパッケージに躍っているわけではないらしい。実に面白い。その食感を再度味わおうともう一掬いして口に運べば、シズちゃんが実に面白くなさそうな顔をしてこちらをじっと見つめていた。


「どんだけ食う気だお前」

「一口を何回食べるとは言ってないから」

「…卑怯くせぇ」

「まぁ世の中はそんなに甘くできてないからね」

我ながらその通り、甘いのはプリンだけで十分だ。しかしシズちゃんは大好物のプリンを諦め切れないのか、俺が食べる姿をまるで犬がごちそうを眺めて無言で訴えるかのようにただひたすら見つめてくる。
やだなぁこれじゃまるでシズちゃんの好物を見せしめに食べてるみたいじゃないか。間違ってもいないけどね。て言うかみっつめだよこれ、どんだけプリン好きなんだ。こんな甘ったるいのばっか食べてるんだったらもうちょっとその怖い顔何とかしてよね。甘さひかえめどころか無糖もいいところだよほんと!

容器を覗き込めば、まだ3分の1くらいはプリンが残っている。それを俺は小さめにスプーンで掬い取ると、そのままシズちゃんの元へと突き出した。


「はい、あーん」


…うわぁシズちゃん面白い顔だね。何とか口には出さなかったものの、まぁ一瞬面食らった後に直ぐにその表情はみるみる内に難しいものへと変わって行く。何かさっきも言った気がするけど、実に面白い。

「いらないの?ほーら大好きなプリンだよーほれほれ」

「殺すぞ手前、つーか元はと言えば俺のだろ」

「違いますー俺が買ったから俺のですー」

「貰ったんだから俺のモンだ」

「そんなのどっちでも良いから、食べないの?俺食べちゃうよ?いいの?」

そう言うとシズちゃんはぐっと言葉を詰まらせる。そして頭上に擬音さえ見えそうなほど悶々と悩んだ末に、結果目の前のプリンの誘惑には勝てなかったらしくぱくりとスプーンに食いついた。

(あ、なにこれ、なんだこれ)


ちょっと、いやかなり、俺の手から与えられたプリンを大人しく口にしてそのまま口を微かに動かし咀嚼するシズちゃんの様子は、面白い。なんて言うか、餌付けしてるみたいな?試しにもうひとくち分を掬い先程と同じように差し出せば、今度はもう躊躇うことはなくぱくりとまたスプーンへと食いついてきた。

プリンを食べてる時のシズちゃんは実に穏やかだ。眉間の皺もいつもより随分と少ないし、何よりわかるかどうか微妙なくらいだけれど、口元がうっすらと緩んで見える。本当にプリンが好きなんだなぁいっそ感心するよと思いつつ、まぁ別腹なくらいだから仕方ないよね、と俺はひとつ頷いて納得することにした。別腹設定は断じて俺の妄想ではない、今この場で事実だと証明されている。

確かにこのプリンはどちらかと言うと美味しい部類に入ると思う。コンビニの数あるプリンの中でも一番か二番に値段が高かったという代物だ。いや24時間いつでもこのクオリティーが手に入ると思うと実に素晴らしい話だ。俺のミルクティーを含め全くコンビニには敬意を表さずにはいられない。コンビニ万歳。愛してるよコンビニ。まぁシズちゃんはプリンを愛してるみたいだけどね。

要らないなら寄越せ、目の前のシズちゃんがプリンの容器と俺を交互にちらちらと眺め目で訴えてくる。俺は取り敢えずまだ僅かにプリンの残った容器を素直に手渡す。予想以上に楽しかったのでぜひこれはシズちゃんにはこの楽しさを味わって頂こう、そうしよう。ああ俺って本当に優しいよねぇ。

もちろんシズちゃんはその容器を素直に受け取り、スプーンを使い中身を掬い上げる。俺はと言うと、ずいと僅かにシズちゃんに身を乗り出しそのまま薄く口を開き軽く顔を上向かせた。


「あーん」


俺の口から出た言葉に、目の前のシズちゃんが固まったのは言うまでもない。
そしてシズちゃんの手の中のプリンの行方はご想像にお任せするとしよう。





(与えた愛は返してもらわねば)





プリンが別腹なシズちゃんを妄想したらこうなった






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