ロウ・スリー・オクロック | ナノ



※正直わけがわかりません






蒸し暑さで目が覚めた。

どうしてこうも集合住宅っていうやつは熱が篭もりやがるんだ、吐き捨てる相手も居ないのでちっと軽く舌打ちだけをして、ぴたりと貼りついた前髪を掻き上げる。手探りで枕の横を撫でて、指先に触れたエアコンのリモコンを取ってスイッチを入れた。

ベッドに横たわった自らの身体とシーツの重なった部分がどうしようもなく熱を持っていたけれど、なんとなく起き上がる気にもなれず暗闇の中何度か瞬きを繰り返す。静かな機械音と風の音がして、やがて冷たい空気が肌の上を滑る感覚を覚えた。

今何時だ、思ったが暗闇の中では傍らにある目覚ましの文字盤を伺うことはできない。手を伸ばしてまた手探りで携帯を探して光った画面を確認する。時刻はやがて深夜の三時を回ろうとしていた。

熱帯夜という単語もそろそろ聞き飽きてきた頃だ、それでも今年も夏の暑さは容赦がない。昼間と違って日光が当たらないぶん些かマシかと思いきや真っ暗な室内でもこの暑さだ。くそ、一体どうなってやがる。

(…………あちい)


いやそんな事わかっている、わかってはいるがこれを思わずにはいられないのは最早一種の癖みたいなものだ。これは俺だけに限らず人間だったならば誰しもが当て嵌まることに違いない。

それでも時間が経てば、部屋の中の熱気はそよそよとした冷風により徐々にその温度が下がって行った。漸く心の中で暑いを唱えることもなくなったところで、のそりと身を起こし部屋を出て廊下に向かう。

むわりとした熱気の立ちこめるそこに出て、冷蔵庫の前にしゃがみ込む。ぱかりと扉を開いて中身を覗き見て、何か喉を潤すものはないかと見渡した。

廊下の蒸し暑さとは裏腹にその中はどこまでもひんやりとした空気が立ちこめていて、ふわふわとそんな空気が控えめに自らの方に漂ってくる。気持ちがいい。けれど別に涼を求めるためにこれを開いたわけではなかったから、取り敢えずドアポケットにあるミネラルウォーターを取り出してその蓋を開けた。

ぐいとそのまま口を付けて一気に中身を半分ほど飲み干す。冷たい水が火照り熱を帯びた身体の真ん中をするりと落ちて行く感触は何とも言えない、気持ちいいような擽ったいような妙な感覚だった。

しかしながら俺に水を買う趣味はない。これが誰のものかなんてことはいちいち考えることすらしなくとも判り切っていることだ。人の家の冷蔵庫を私物化しやがって。それでも水に罪はないので、蓋を閉めて冷蔵庫のドアポケットに放り込んだ。

冷気の心地よさに暫く扉に手を掛けたままの状態でそこをぼーっと覗き込む。時刻は深夜だ、当たり前だが辺りは音がしない。どちらかと言えば空っぽの状態に近い冷蔵庫は、開けっ放しの所為か独特の音を更に強めて、そればかりが耳を支配する。

ああ、なんだろうかこれは。明るい冷蔵庫はただ無機質なのに、そこには何もないのに、敢えて言うなら喉を潤してくれる水があるだけだと言うのに、だからと言って何となく閉め切ってしまうのが惜しいだなんて。余程喉が渇いているのか、もう一口飲むか、水。どうする、いやどうせならそれよりも。

ばん、ペットボトルを再度手にすることもなく冷蔵庫を勢いよく閉めると、俺は冷えた部屋へと舞い戻り、傍らに投げ出していた携帯を手に取った。登録もしていない目的の番号を着信履歴から呼び出して通話ボタンを押し、耳に当てる。単調なコール音が何回か鳴り響いた後で、はい、すっかり聞き慣れてしまった声が耳に響いた。


「今どこだ」


単刀直入に聞けば、暫くの沈黙を置いてから「新宿だけど」と声が返って来る。家か、聞けば今度はまだ外だけど、今タクシー乗ってる。


『どしたの、珍しくそっちから電話とかしてきちゃうからなんか気持ち悪い』

「来れるか」

『………はぁ?』

「来れるかって聞いてんだよ」

『なんで』


その言葉には直ぐに言葉を返せなかった。たぶん、何て言えばいいのかわからない以前に誤魔化す言葉さえも見当たらなかった。何となく電話してしまった時点でもう俺の立場が弱い。いいから来い、それだけ告げて通話ボタンを押して会話を強引に終えた。電話の向こうで臨也がその先何を言おうとしたかは知らない。







やがて暫くして携帯が鳴り、電話を取ればその向こうから「着いたけど」それだけが聞こえた。電話を持ったまま部屋から出て、また熱気ばかりの廊下を抜けて、玄関に辿り着き内鍵を開ける。がちゃりと回されたノブを見つめて、ドアが半分ほど開いたところで何かを言い掛けた臨也の腕を掴んだ。

そのまま強引に引き寄せたら、バランスを崩した臨也が腕の中に飛び込んでくる。のでドアが閉まるのとほぼ同時に相変わらず細っこいその身体を強引に掻き抱く。ぎゅう、自分でも強いとわかるほどの力加減で抱き竦めたら、痛い、直ぐにもごもごと篭った声が聞こえたけれど、文句はそれきり途絶えてしまった。


「…何なの、一体。悪いものでも食べてお腹壊した?」

「ちげーよ馬鹿」

「じゃあなに。ねぇ今何時か知ってるよね?よって理由次第ではタクシー代請求するから心して言いなよ」

「会いたかったんだよ、悪いか」

「は、」

「会いたかった」


どちらかと言えば有り得ないことを言っている自覚はあった。けれど会いたいような気がして呼び寄せた結果やっぱりこれで正解だったような気がした。大体全てが曖昧だったけれど、見えるわけでもない自分の感情なんて大胆そんなモンだ。ただ何となく綺麗に収まった身体を離したくないので、つまりはそういうことなのだろう。


「ねぇ、何でこのうちこんなに暑いの」

「部屋は冷えてる」

「………だったら早く入れて」


あと喉乾いた、水ちょうだい。言われてさきほど半分ほど消費したペットボトルのことを思い出した。だからやっぱり、全てを飲み干さず電話を掛けたこともあながち間違っていなかったのだろう。全ては結果論でこじ付けに過ぎないことだったが、会えたことで全てがどうでもよくなってしまうくらいにはたぶん、いますぐにあいたかった。








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