goodbye loneliness | ナノ




フリリクの吸血鬼設定の続きみたいなものです
※何でも許せる方のみどうぞ







開いた視界に、ぼんやりと天井が映る。

すっかり見慣れてしまったそれを、起き抜けではあるが直ぐに自らの部屋のものだと理解することができた。きらびやかな、それでも控えめなシャンデリアは相も変わらず神秘的な光を放ち、その他の照明のオレンジと相まってのコントラストは実に絶妙だ。何と言うか、居心地が良い。すっかり自らの身体がこの環境に馴染んでしまっていると感じるばかりだった。

ふと、眠りに着く前の一連の出来事が順々と頭に浮かんで、そこで漸くはっきりと覚醒することができた。天井にかざす様に自らの手を掲げて、じっと掌を見つめる。当たり前だけれどそこには何も無い。何らいつもと変わりない自分の白いてのひらがそこに存在しているだけで、だから、これと言って何ら変わってしまったものなどは見当たらなかった。
掌を見つめただけで変わった変わらないなどという事が、もうそもそも間違っているのかも知れない。取り敢えず何処か気怠い身体を起こして、広いベッドの上にぼんやりと佇んでみる。

「…べつに、何ともないな」

ぽつり、口に出した言葉はそのまま部屋の中の静かな空気に溶けて消えた。
次に感じたのは視線だった。首をゆっくりと回してベッドサイドを伺えば、床上に座り込んでいるのだろうか、やたらと低い位置に見慣れた金色がちらついた。

「起きれるか」

「うん。シャワー浴びたいかな」

「なら、紅茶でも入れる。他に何か食うか?」

その問い掛けに首を横に振ると、そうか、と静かに呟いて彼が床上から立ち上がる。俺ものそりと足をシーツの中から抜き出して、とん、床上に降りるとすぐさま横から室内用のスリッパをシズちゃんが傍らに準備してくれる。どことなく、いつもより更に気遣われているような気がしてどうにも擽ったい。

ぺたぺたと摺り足気味に床上を進み、俺はバスルームへと移動した。昨日はどうやらそのまま眠ってしまっていたらしい。目が覚めて隣に居てくれるなんて些細なことすら、俺にとっては何物にも代えられないことだった。彼はいつも夜は帰りたがっていたから。

それなりに広いバスルームは、大理石の洗面台に浴槽、金色に光るコックなんかがオレンジのライトに反射して適度にまばゆい光を放つ。その端のガラス張りのシャワーブースに移動して、少し熱めのシャワーを頭から被った。

ぺたりと水分で貼りついた髪をタオルで軽く拭い、バスローブを羽織って狭いそこから抜け出した。ほんの少し気怠い身体にシャワーは中々効果てき面だったようだ。身体を纏う柔らかい温度に思わずほっと息を零す。今頃は部屋できっとシズちゃんが暖かいダージリンを用意してくれているに違いないから、それを飲んで更に内側からもこの身をあたためれば、きっと癒されることができるだろう。


ふ、と。

鏡に映る首元の傷跡に視線が留まり、そのまま更に近寄りそこを確かめるように撫でてみた。赤く貼れたようなふたつの傷、シズちゃんの跡だ。そっと我ながら愛おしげにそこを何度か撫でて、知れず映る口元が笑んでしまって更に自分でおかしくなる。こんなことで一人にやついているところはちょっと変態臭いかも知れないが、それでもこれはずっと俺が何よりも欲しかったものだ。だから無理もない。

(……………あれ、)

ぴたり、思わず首元に触れていた指を止めて、俺はもう一度目配せをして自らの姿を見つめた。その瞬間まるで金縛りにでもあったかのように身体は硬直し、すっと自然に呼吸が止まる。見つめる先には、どちらかと言えばどこかしら間抜けな表情を浮かべた、そう、やっぱり自分の姿があった。

ばん!勢いよくバスルームの扉を開いてそのまま部屋へと飛び出し、呑気にティーカップに紅茶を注ぐシズちゃんへと歩み寄って強引にその手を取った。ぐいぐいと引っ張り再度バスルームを連れ戻そうとした後ろで、かちゃんとカップがテーブルの上で倒れる音がした。けれど今はそんなことに構っていられる余裕が無い。

「っ、おい、臨也」

焦る声も知ったことではない、漸くその身体を未だ熱気のたちこめる狭い室内に連れ込み、ふたりしてそこに並んで目の前の鏡を見つめた。


「……なんで」


壁一面の馬鹿でかい鏡張りのそこに、映っているのはバスローブを羽織った俺の姿だけで。俺が掴んでいるはずのシズちゃんはそこには居ない。自らの腕は不自然に折れて宙を掴んでいるようにしか見えなかった。どうして、なんで、だって、そんなはずは。

別にシズちゃんが鏡に映らなかったことが不満だったわけじゃない、何故なら吸血鬼の彼はいつだって鏡にその姿が映り込むことはない。だから寧ろその逆で、「映っていない方が良かった」のだ。寧ろそうなっていなければ、いや本来はそんなことは有り得ないのだが、そうなっていなければならなかった。

そう、だから、俺は今ここには映ってはいけない筈なのに。




「吸って、ないの」




言葉にしてみて、その返答を聞くよりも先に身体が絶望を感じた。だって答えはわかりきっている。今こうして鏡に映り込んでしまっている時点で事実は何よりも明確だった。鏡越しに目を合わせることは叶わないので、ゆっくりとそのまま首を横に回してシズちゃんの表情を伺うと、彼は静かにこちらを見つめて呟いた。


「…お前は人間だろ」

「なんで」

「人間なんだから、人間のままでいい。俺みたいになる必要なんかねぇ」


言葉が、俺の胸の辺りを抉っては貫いてゆく。痛いばかりであとはどうしようもない。だって、だってこんなのは違う。俺は彼に血を与えて、そうして彼と一緒に生きて行けるものとばかりそう、思っていたのに。

「…吸ってよ!」

ぐっと喉にせり上がる感覚を堪え飲み込んで叫び、彼の燕尾服のジャケットの襟を鷲掴みにする。そのまま力任せに引き寄せて詰め寄ると、彼の表情は酷く悲しいのもに変わってしまった。

「はやく、ねぇはやく、はやく!」

がくがくと頭を揺すり続けると、その手首が掌に捉えられてあっさりと抑え込まれてしまう。力では到底叶わない、それでも腕は勝手に震えた。頭の奥で落ち着けと思う自分と、ぎりぎりのところでそれを抑え込むことができずに自分のバランスをうまくとる事ができない。

「吸わねぇって言ってんだろ!わかれよ!」

「うるさい!吸えって言ってるだろ!………はやく!」

焦れるばかりでなにひとつ俺の思うことは通らない。頭の奥が熱く痺れて、先程の穏やかさなどはとっくに何処かに消え去ってしまっていた。自らの姿を映す鏡なんて今すぐこの手で叩き割ってしまってやりたいくらいに。

「…………俺と一緒にいるのがそんなに嫌?」

「違う」

「違わない」

「違うって言ってんだろ!!」

怒鳴りつけまるで子供に言い聞かせるようなそれに反射的に肩が跳ねる。くるしい、くるしいくるしい、何だか呼吸が上手く行かない気がする。けれど、それよりもずっともっと、目の前のシズちゃんの表情は苦しそうに歪んでいた。

「何日か、何年か、春なのか冬なのか、そんなことすらわからなくなる」

最初は数えた、でも止めた。幾ら数えたって俺は年を取らない。鏡にだって映らない、自分が居るのかどうかすらわからない。それでも眠ったって必ず朝が来る、また夜が来て、ずっと眠ることは永遠に許されない。繰り返して繰り返してそれでもただ漂うだけだ。

「…俺は、お前に俺と同じような気持ちを味わって欲しくねぇんだよ」

わかれよ、やっとのことで絞り出したような声が、触れた手と手の間でふるえた気がした。

「しか、ないのに」

だから、俺の声がふるえてしまったのもきっと、シズちゃんの所為だと思った。それでも泣くようなみっともない真似はどうしてもしたくなくて、ぎゅっと眉根を寄せては堪える。

「これしか、ないのに」

俺はどうしたらいいのだろう、彼は生きて、俺は死んで行く。それがこの世の流れにおいてマトモなルートだとして、彼が俺の血を吸う事により永遠の命を手に入れて傍に居られる時間がただ伸びるばかりなら、それは寧ろ願ってもないことだというのに。


「俺はいい。お前のいない百万年を過ごすより、お前の事を覚えていられる百万年のほうがずっといい」


ほんの少し、苦しげな顔がふっと緩む。それでも悲しそうな色ばかり見せているというのに、どうして彼をひとりにしろと言えるのだろうか。奢りだとしても何だとしても、彼が俺を好いてくれたことが既に奇跡だったと言えるのに、それでも俺は彼をひとりにする。傍にいる方法があって、けれどそれは駄目なのだという。

「じゃあ、俺は」

握り締めていたシャツから、力が抜けてだらりと腕が落ちる。

「………一生片思いのまんまだ」

口に出してそれはとてもかなしいことだとそう思った。だって言わば俺の気持ちは永遠にそうで、まるで別れるために一緒にいることを認めざるを得なくなる。

彼は優しすぎる。きっと彼は誰の血も吸うことなんてできやしない。だから彼はずっと一人バンパイアのままで、彼の周りだけ時が流れ続けてその中でひとり生きて行く。

彼が眠りにつくまでの一生が欲しかった。彼を一人にしたくなかった。どこぞの金持ちのように欲にあぶれた永遠なんてこれっぽっちも要らないから、ただどうしても彼の時間が欲しかっただけだというのに。

言葉が見付からなかった。すっかり熱気の抜けてしまったぼんやりと穏やかな明かりが照らす浴室の中で、表情も声もないままにただ二人ぼんやりと立ち竦むことしかできない。ああ、俺は今までこんなふうに誰かを好きになったことなんてないから比較のしようもないけれど、片思いとはこんなに切ないものなのかと空虚さばかりを噛み締める。

視線を上げると、目が合った。抱き締めて、言ったら彼は無理だ、と首を横に振る。

「十秒くらいでいいから」

「…三秒が限界だ」

「じゃあ、五秒でいい」

ささやかな我儘に、何も告げず彼はそっとその手を俺の身体に回し実にやんわりとした力加減で抱き寄せてくれた。瞳を閉じて、心の中で十を数えても身体は離されず、結局三十秒経ってから腕は解かれた。
抱き締められているあいだ、俺の視界には浴室の鏡に映る自分の姿が映っていた。そこに背を向けた彼は、確かにこの腕の中に居るのに鏡に映るのはおかしな格好をとった自分の姿だけで。

握り締めた指先は確かに彼の上着を掴んでいて、感触だって存在するのに鏡の中には何も映らない。俺の手は宙で彷徨いその行先を見付けられない。そんな滑稽な自分の姿にかなしいのにどうしてか笑ってしまいそうだった。

ああ、嫌でもこれは人じゃないのだという現実は、ありありとこうして目の前に突き付けられる。どうせなら人じゃないものに惚れた自らさえも、人でなかったらいいのにと、そんなことすら思った。







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