フォーリン・ミー | ナノ



フォーリン・ミー




「俺今から飛び降りてみるよ」

そう臨也から非通知設定での連絡があったのが10分前、俺がこのビルの屋上に辿り着いたのが5分前、臨也が屋上の端ぎりぎりの位置に立ったのが、大体1分前だ。
目の前のこの男はひらりと両手を広げて風を浴びてさぞ気持ちよいのだろう上機嫌な笑みを浮かべている。短い前髪が宙に泳ぎ、黒いコートの裾もぱたぱたとはためく。そのまま本当に飛べるんじゃないのかと思ったが、そんな事を言えばからかうように笑われるのは分かりきっていたので口にはしないでおいた。いっそ飛べるかどうか試してそのまま落ちてみろ。そうすりゃそのいかれた頭も少しはマトモになるんじゃねぇのか。

「シズちゃん、俺のこと心配した?」

「手前が死ぬ所見とけば一生気持ち良く眠れる気がするからな」

「あはは、自分の心配とか、ひどいなぁ」

誰がお前の心配なんざして堪るか。つーか飛び降りる宣言しておいて心配してくれたかどうかなんて見当違いも良い所過ぎるだろ。落ちるならさっさと落ちろ、寧ろ今直ぐに落ちて俺を安心させろよ色んな意味で。

臨也がわざわざ連絡をしてきたことなど知った事ではない。寧ろ俺の番号をどこで知ったと問い質したかったが、まぁこいつの事だから不正なルートでいとも簡単に手に入れたに違いない。寧ろそんなもの聞いてもこっちが胸クソ悪くなるだけだ。

一方臨也はというと、けらけら笑いながら相変わらず風を受けてその細いというか薄っぺらい身体はひらひらと今にも宙に舞いだしそうだ。それでも、その身体を後の空に投げ出せばあっという間に地面に吸い寄せられるようにしてその身体は叩きつけられるのだろう。人間は飛べない、なのに風の抵抗を受ける、目の前の臨也を眺めて俺はそんなことばかり考えていた。何かこいつ突き落としても死ななさそうで嫌だ。

「シズちゃんも来る?気持ち良いよ」

「行かねーよ」

「ふーん、遠慮しなくていいのに」

「俺がお前に遠慮したことがあったか?」

「ないね、少なくともいつも全力で人のこと殺す気だし」

「わかってんならさっさと殺られろ」

「シズちゃんが俺に殺られろ」

「いや手前だ」

「シズちゃん」

「ノミ蟲」

「単細胞」


つーかこいつ飛び降りるって言っていつ飛び降りんだよ、俺が此処へわざわざ仕事を中断してまで足を運んだ労力を無駄にする気かこのノミ蟲は。

「おい」

「なに?」

「飛び降りねぇのかよ」

「降りるよ」

どうやら別に降りる気が無いわけではないらしい。こいつがこういう頭のおかしい事を言い出したのはまぁ今に始まった事ではない。元々マトモという基準からは大きく外れているが、何と言うか、こういう一面は本当に電波だ。電波過ぎて俺には到底理解できない。その癖おかしなことを言い出す度に呼び出される俺としては堪ったもんじゃない。生憎とお前の電波は俺には受信不可能だ。できるようにするつもりも更々無い。寧ろ仲良くどころか会いたくない部類だと思っている。

それでも人間は一度記憶したものをそうそう忘れることなんてできやしない。全く不便な生き物だ。こんなに鬱陶しく思うくらいなら俺としてはいっそ忘れてしまいたいくらいなのだが、より鬱陶しく思うからこそ刻み付けられた感情は余計に中々消えない。特定の記憶のみをリセットできるボタンがあれば、もっと世の中は、いや俺の身の回りはもっと平和で穏やかな筈だ。

「シズちゃん、」

こっちこっち、と手招きをされてビルの縁1メートル50センチくらいの部分に立っている臨也が俺を見下ろす。新鮮な光景だ、まぁ、腹は立つけど。(見下されてる気がするいやこいつの場合いつもだが)

「こうやって、手広げてみてよ」

ほら、と先程からそれと似たようなポーズをしていた臨也が更に真横に手を広げる。俺は当然の如く意味がわからないノミ蟲の発言にそのまま軽く睨み付けた。取り合えずポーズは取らないものの、ポケットに突っ込んでいた手を抜いてみる、それとほぼ、同時だった。

臨也が上から降ってきた。正確に言えば飛び掛ってきたに近いかも知れない。そりゃそんなまさか今反対側に飛び降りると言っていたやつが飛付いてきたりすれば、幾ら何でも、誰だろうと驚くのが普通だろ。しかし結果的に俺はノミ蟲を抱き止める形になってしまい、そんな臨也はと言うと俺の首に腕をがっちりと回し相変わらず上機嫌そうに笑っている。俺は勿論不機嫌そのものだ、腹立だしくて仕方がない。しかし驚いてもいる以上そんな一気に沸き起こる感情を整理するなんて、容易くできることではない。



「ほら、落ちた」



得意気にそう言っておかしそうに笑う臨也に、最早俺には掛ける言葉が見当たらなかった。





(怒る気も失せるほどわけがわからない)







ちょっと電波な臨也







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -