14 | ナノ





「最近ひとりが多いな」

突然ドタチンにそう言われて、俺は常日頃元々一人なつもりなのだけれど、そんな事を思った。紙コップに入ったコーヒーを差し出され、自販機の傍らの長椅子に座ったままで受け取る。ありがと、小さく礼を告げて大して美味くもないそれをほんの少し啜った。

「それってもしかしてシズちゃんの事言ってる?」

「他に誰が居るんだよ、あれだけべたべた張り付いてたのに最近さっぱりじゃねぇか」

「仕事が重ならないってのも原因のひとつだけど?あとたまには引いてみるのも悪くないかなって思って。シズちゃん意外と寂しがり屋っぽそうじゃない?それで向こうから靡いてくれたらもっと面白いのになぁ」

くすくすと勝手に零れる笑みを抑えられず零すと、ドタチンは引き攣った笑みを浮かべて立ったまま俺を見下ろす。相変わらず最低だな、どう考えても褒めていない言葉にどーも、見当違いな相槌を打ってまたコーヒーを一口飲んだ。

仕事が互いに忙しいというのは紛れもない事実だった。寧ろ以前までが被り過ぎていたと言った方が正しいのかも知れない。それに付け加えて、ここ最近はシズちゃんの態度も何処かおかしかった。

今までだって不機嫌ではあったけれど、ここ最近はその中に何処か無気力さを孕んでいると言うか何と言うか。シズちゃんの家に行ったのは既にひと月ほど前を最後に、あとは撮影で何度か、数えるほどしか顔を合わせる機会は無かった。

引いてみようと思ったのも嘘じゃない。引いたら向こうから勝手に近づいて来るだなんて期待も、口に出してはみたものの然程はしていない。ただ近づいては来ないだろうけれど、きっと彼は気にはする筈だから俺としてはそれで十分だ。

「俺ってやっぱり性格悪い?よく言われるんだけど」

「最悪だな」

「…せめてもうちょっと躊躇う演技するとかそのくらいしてよ」

「普段自分に嘘吐きまくってるやつには言われたくぇよ」

「なにそれ。ドタチンって時々難しいこと言うよね」

肩を竦めて見せれば、ドタチンは一足先にコーヒーを飲み干して自販機の横に備え付けられたそれ専用のゴミ箱に、くしゃりと潰したゴミを投げ入れた。

「まぁ何でもいいけどよ、お前知らねぇみたいだからこれやるわ」

「………なに?」

投げやりな言葉と共に文字通り俺に投げ付けられたのは一冊の雑誌だった。よくあるメンズ系のファッション誌で、表紙も煽り文句が少ない至ってシンプルなものだ。取り敢えずドタチンの言葉の意味はわからないままなので、言われるより先にページをぱらぱらと捲る。

表紙を裏切らず中身は、更にそのまた上を行くシンプルさである。モノクロのページ、文字の無いカラーページ、服を魅せる反面、まるで一枚の絵のような写真の数々が綴られた中身は、割合好みのものが多いように感じられる。

けれど数枚ページを捲ったところで、ぴたりとその手の動きは止まってしまった。


「……………なにこれ」



見開いたページには見慣れた姿があった。

右側に視線を外した伏し目がちの表情、左側には伸びた前髪の隙間から覗く流し目。思わずそれと視線が合ったけれど、そのまま言葉を失ってしまったのはそれがいつもとは違う俺の知らないものだったからだ。

そこに居たのは、俺じゃない誰かが撮ったシズちゃんだった。





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鍵を開けて帰って早々、玄関に見覚えのある靴を見付けた。それが臨也のものだと直ぐに判ったが、それよりも廊下の向こうから吹き込む風に気を取られ思わず床上に落としていた視線を上げた。
ぶわりと一際強い風が吹いて、解放されたリビングの扉の向こうから白い紙のようなものが何枚かこちらに飛んで来る。靴を脱いで床上に貼り付いたそれを拾い上げて伺う。それらは全て写真で、映り込んでいるのは自分ひとりだった。

あの馬鹿また人の部屋で何仕出かしてやがる。ちっと軽く舌打ちをして、やはり廊下の至るところに落ちているそれを順に拾い集めては行く。別に自分の写真なんて見たくもないが、実に様々なシーンで撮られたものが混ざり合っていた。

覗き込んだリビングでは風にカーテンが舞って、写真が床上を踊っている。数えきれない程のスナップが部屋中に散乱していた。窓は空いていたから、つまり写真が玄関まで飛ばされてきたのもこの所為だ。電気も点いていない部屋で、自らが勝手に持ち込んだソファではなく床上に寝転がる臨也の姿を視界に捉えた。

「…何やってんだお前」

傍に歩み寄り声を掛けても返事はない。窓の方に身体を向けこちらには背を向けた状態で寝転がった臨也は、どこか力無さそうに横たわって瞳を閉じたままでいる。
時折風に煽られたカーテンが揺れるたび、部屋の中に明かりが差し込む。とは言え時刻はほぼ夕刻に近いので、その光はややオレンジ色を帯びていた。

寝そべった臨也の周りには兎に角俺の写真が散乱していて、どうにも拾い集めるには見た限りでは一苦労しそうだ。どうせこいつは散らかすだけ散らかして、掃除をするのは大抵俺だ。それにしたって何が楽しくて自分の写真などを掻き集めなければならないのか。

取り敢えず後でもいいか、そう思い一先ずこれ以上写真が散乱しないように窓を閉めようとベランダの方へと足を進める。寝転がる臨也を通り過ぎて、カーテンを半分程開く。
するとそこで窓の向こう側、ベランダの囲いの前に、ぺしゃりと潰れた本のようなものを見付けた。

何投げ付けたんだこいつ、直ぐに臨也がリビングから外に投げたものだと判断することができた。そのままベランダに出て、取り敢えずそのくしゃくしゃになった紙の冊子を指で摘み拾い上げる。手にしたそれを伺おうとした瞬間、後ろから声が響いて思わず振り返った。




「なんで勝手に撮られたりしてんの」

呟くに近い言葉は、ひゅうひゅうと吹き付ける風に混じっても凛として俺の耳によく響いた。けれど言葉の意味はわからないままだ。ので、手にした雑誌と薄くその瞳を開いてこちらを見つめる臨也を交互に眺めて頭を働かせる。
今俺の手にある雑誌は、確か数日前に発売になったばかりのものだった。自らの脳内にもそんな仕事をこなした記憶がある。これを見て、投げて?なに、俺が勝手に撮られたって?



「…仕事だろ」

勝手も何も手前のモンでも何でもねぇよ、呟けば臨也の周りでまた写真が風に舞った。何とも異様な光景だ。一旦窓に向き直りそこを漸く閉じると、リビングの中を這い回ってはいた風がふっと止んだ。生き物のように動いていた写真達も落ち着き、そこで漸く臨也に歩み寄る。見下ろしたままの状態で視線が合った。

「わかる?俺いま凄い怒ってんの、って言うかムカついてんの」

「知らねーよ」

「…苛々する」

「手前だって仕事で誰構わず撮ってんじゃねぇか」

普段饒舌な臨也が珍しくそこで黙り込んだ。視線も逸らされてしまってまた瞳は閉じられてしまう。こいつのこういう所を見るのは実に新鮮だった。
手元にある投げ付けられた雑誌を見て、臨也が何を思ってここに来たのかは知らない。それでも会うのは随分と久しぶりだった。元より俺からは連絡などはしないから、臨也がここに来なければ俺達ふたりはそれまでだった。仕事も忙しければ、互いに何をしているかもわからないままで。

臨也がカメラに固執しているのは、近くに居る事で今では随分と把握できた。逆にそれ以外には然程興味がない。俺との事にしたって、暇つぶしがてら遊ばれている事も本当は承知している。

ふたたびその瞳を薄く開いた臨也が、歩み寄った俺の足首をその指先で掴んだ。どちらかと言えば添えるに近かったが、それでも今日は珍しいことだらけだ。調子が狂ったわけでもないが、一先ずそのままそこに座り込んだ。すると臨也がずりずりと力無く横たわっていた身を起こし、更にこちらに近寄ってくる。
やがてその丸っこい頭は胡坐をかいた俺の片方の足の上に乗せられ、俗に言う膝枕の恰好となった。横向きに眠っていた顔が仰向けになり、また視線が重なる。ゆるりとした動作で両手を上げた臨也は、指先で四角いフレームを作りそれを俺に向けた。


「…シズちゃんは笑わないね」


言葉の意味はわからなかった。元より意味すら無かったのかも知れない。何処までもらしくない臨也の様子があの雑誌だとして、だったら何かが変わるのかと問われればそうでもなかった。所詮そういうことだ、俺が仕事を辞めてしまえばいいだけの話で、そうすればこのぐだぐだの関係も終わらせることが出来る。

「シズちゃん」

「何だよ」

「キスして」

「断る」

きっぱりと言い放ってやれば、臨也はほんの少し眉を顰めてなんで、と不服そうに口にした。何でかって?そんなの決まっている、無意味だからだ。

「…………けち」

拗ねたような口調に、それを慰める言葉など思いつきもしない。

「したいならしろって言ったのは手前じゃねぇか」

「…起きないとできないじゃん、してよ」

まるで子どもの我儘だ。それでも与えてやる事はしない。すると臨也はまたゆっくりと俺の膝上から起き上がり、床上に手をついて身を寄せて来た。そっと縮んだ距離に、合わせるようにして唇もそっと重なる。
ぐいと押し付けられた感触に、幾度となく繰り返したキスには無い言いようの知れない感覚を覚えた。終わりは限りなく傍まで差し迫っている。それでも初めて、その瞬間どうしてか求められている気がしたのだ。





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