09 | ナノ





携帯の無機質なアラーム音が部屋に響き渡る。

目は閉じたまま手探りで音のする辺りを探してはみるが、どうしてもけたたましい音を鳴り響かせるその原因を見付けることはできない。
うるせぇ、寝る前に電源切って寝りゃあ良かった。探れど探れど見つからないそれに大人しくその音が止まるのを待とう、そう心に決めてシーツを頭の上から被ろうと思った瞬間だった。

どさ、という音と共に腰元に急激な重さを感じて、思わず小さく呻き声を上げる。
なんだ、恐らくは俺の上に圧し掛かる音の原因を伺おうと目を開き視線を向ける。そこには身体を跨いで俺の上に座り込んだ折原臨也が、カメラをこちらに向けてさも上機嫌そうに笑っていた。

「ロックオーン!なーんちゃって」

カシャ、

シーツから半分程顔を覗かせた状態で、自らの上に跨る折原臨也をきっと睨み付けた瞬間シャッター音が部屋に響いた。当の本人は呑気に「寝起きうばっちゃった」なんて事を嬉々として呟いたりしているが、正直こちらは堪ったものではない。
寝起き早々勢いよく乗りかかられ、写真を撮られ、調子の良い声は相変わらず騒がしいし、ついでに言うなら未だ鳴り止まない携帯のアラーム音もピリピリと部屋中に響き渡って煩い。うるさい、うるさい!

「………くっそうぜぇ」

掠れ気味の声で吐き捨て、向けられたカメラから顔を背けるようにシーツを被り直す。もう正直携帯とかどうでもいい。それも間違いなく煩いが、ただその音を発し続けるだけの方が今俺の上でけらけらと笑い写真を続けるこの馬鹿よりかはずっとマシだ。

「まだ寝る気ー?俺ずっと起きるのリビングで待ってたんだけど、それってちょっと酷くない?」

「っせぇな…起きたならとっとと帰りやがれ」

「いやあ何も言わずにそーっと出て行くのも何か失礼かなと思って」

「………深夜に酔っぱらって人の家押し掛ける方がよっぽど常識から外れてんだろーが!」

半ば怒鳴りつけるように叫びながらばさりとシーツをわざと折原臨也に向けて捲り上げる。おっと、そんなわざとらしさすら感じる飄々とした声を上げながらそれをかわして、手早くまたカメラを構えてこちらに向ける。すぐさま響くシャッター音に思わずまた顔を顰めた。

「ふふ、怒るとより一層男前だねぇシズちゃんは」

どこまでも一人見当違いな発言を繰り返しながら、ぐっと詰め寄り更にもう一度シャッターが切られる。ピントを合わせる為にレンズに添えられた指先が器用に揺れて、シルバーのリングがちかちかと朝日に反射して輝いていた。

「別に酔ってたって程でもないと思うんだけどなー…あれくらいが標準なつもりなんだけど」

「………確かに普段からうぜぇ事に間違いはねーけどな」

「ははっ!失礼しちゃうなぁ、シズちゃんはそれが口癖なだけでしょ」

人の事まるで名前呼ぶみたいにうざいって言うんだもん、酷い話だよねぇ。別に同意などこれっぽっちも求めていない事がわかってしまうだけに、まともな返事を返すことは止めた。
だからその呼び方止めろ、何度目になるかわからない忠告だけに留めて漸く頭の上に見つけた携帯電話を手に取り、終始鳴り響いていたアラーム音を解除する。

眠い、当たり前だがこの馬鹿に夜中散々付き合された代償は余りにも大きい。元々寝るのが趣味のひとつみたいなものだから、数時間の睡眠は最早仮眠にすら値しない。強いて言うなら居眠り程度のものだ。数少ない自分の楽しみも含め、この男は俺のささやかな幸せを何もかも全て奪ってしまって行く気がしてならなかった。

「臨也でいいって言ってるじゃん、だから俺もシズちゃんって呼ぶけどね」

「…いらねーよ。気安く呼ぶな、仕事以外で撮るな。あとさっさと出てけ」

「つれないなぁー……キスまでした仲じゃない」

にい、と口元が笑みを象りまるで隠し事をそっと告げるかのように俺に囁きかける。その様子に、起き抜けで遠い記憶となりかけていた昨夜の忌々しい出来事が、じわじわと脳裏に蘇ってきた。

口移しで飲まされたカクテルは、甘いものがそう嫌いじゃない俺からしても中々相当に甘ったるかった。それだけは何となく覚えている。とは言っても味覚機能が正常に働いてくれたのは、三度目の酒を咥内に流し込まれた辺りでだったが。

つーかあれだけ飲んで何でこんな無駄な程元気なんだよこいつ、人間じゃねぇんじゃねーのか。そんな事を思わずには居られないほど、俺から見ても昨日のこいつは馬鹿みたいに酒を煽ってはいたからだ。あまつさえあれでこの家に押し掛ける前にも飲んでいたと言うのだから、本当に信じられないと言ったらない。
いかれてるいかれているとは常々思っていたが、身体の神経までいかれてんじゃねぇのか。だったらこのわけのわからない突拍子もない言動なんかも不思議と納得せざるを得なくなってしまうのだけれど。

「したくてした訳じゃねぇ。死ねよ」

「ふーん…」

「………ああ?何だよ」

含みのある笑みを浮かべる様子が気に入らず、寝転んだまま乗り上げる折原臨也を目一杯睨み付ける。漸くカメラからその視線を外し、顔全体でその表情を捉えることで、俺の中の苛立ちはより一層増した。

「その割には気持ちよさそうに俺の腰に腕回してきたじゃない」

ふ、更にまた笑みが零れて、突き付けられた言葉に俺は心臓のどこか、敢えて言うなら裏側辺りがじんわりと震えたような気がした。ありもしない事を言われるならまだしも、あの程度の量とはいえアルコールに当てられた浮ついた思考の中にそんな記憶が無い事もなくはない。やましさも相まっての身体反応は実に正直だ。

大半はカクテルのそれの所為だったろうけれど、重なった唇はどこまでも甘く、触れる感触は想像したよりずっと羽に触れるように柔らかかった。時折触れる舌先がそこを撫でるたび、じんと痺れては頭の奥が熱を生んで、更に思考回路をうやむやにして行った。髪を撫でる酔っ払いの指先のぎこちなさも手伝って、情けない事に興奮を覚えて気付けばその細い腰に腕を回し抱き寄せてしまったような気が、まぁ、しないでもない。

全ての事実がどこかしら曖昧なのは、やはりアルコールの所為だという他ないのだが、それにしたってやって良い事と悪い事がある。どちらが正しいとも到底判別はつかないが、それでも俺のやらかしたことはどちらかと言えば後者に当たるのだろう。それだけは嫌でも自覚せざるを得なかった。

「…酔ってただけだ。勘違いすんなこのド変態野郎が」

辛辣な言葉を吐こうと何処か弱々しい防御めいたものにしかならないのは、その中に大いに事実をも含んでしまっているが故だ。酔ってた、酔っていなければたぶん、あんな真似はしなかった。そうだと言い聞かせなければ俺が今まで自分に吐き続けた嘘が全て水の泡だ。こいつは何も深くなんて考えちゃいない。それこそ俺が言うように酔っていたからこそのあの行動だと。

それなのにあろう事か折原臨也は、今度は俺の身体に更に覆い被さるように圧し掛かると、顔の横に手を付き馬乗りの体制になった。そのままずいと詰められた距離を近いと思うより先に、唇の端にキスが落とされる。抵抗する余裕も無く軽く押し当てられた唇はそのまま直ぐにゆっくりと離れた。

「ふ、あはは!最っ高!その顔」

やばいたまんない、上体を起こしまた跨いだだけの体制に戻るなり、呆気に取られた俺の顔にカメラを向けて折原臨也は実に楽しそうにシャッターを切り続けた。

「…シズちゃんはねぇ、撮る角度によって全然表情が変わるんだよ。自分じゃわかんないでしょ?」

言い聞かせるような口調で言葉を投げ掛けながら、首を傾げてまたシャッター音が響く。耳にいつまでも残る音だと思った、俺の勘違いじゃなれければこいつのものは特に。

「おまえ、」

「ん?なに?」

「…何で俺にそういう真似しやがんだよ」

「へ、なにが?写真?」

「違ぇよ!」

「ああ、」

キスのこと?しれっと答えカメラから視線を外し、きょとんとさせていた表情はまたしても笑みを象る。こいつが笑っている時ほど胡散臭いものはないのに、逆にいつでもこの顔だからこそほぼ常に胡散臭いという事になってしまう。まぁこの馬鹿の場合その方が逆にらしいと言えばらしいのだけれど。

更にまたぐっとその身を寄せて来て、顔と顔との距離は一気に縮まり至近距離でその瞳が俺を覗き込む。近い、言いたいけれどそれは言葉にはならない。だから、違う、勘違いだって、そう言ってんじゃねぇか!




「…したかったから」


そう言ってちゅ、というリップ音と一緒に今度はまた更に軽いキスが施される。けれど次はカメラも向けられずシャッター音も響かなかった。代わりと言っては何だが離れた唇はまた直ぐに重なり、感触を教え込むようなゆっくりとした丁寧な速度で押し当てられる。そしてまるで猫が何かが懐く様に唇が弱く擦り寄せられると、段々とその心地よさに思考回路がじわじわと麻痺して行くのがわかった。結局の所済し崩しでしかない。

酔ってもいないのに口付ける折原臨也の後頭部に自らの掌を回しながら、頭の端では勘違いだと必死に誰かに言い訳をしていた。そうじゃなければ居た堪れなくてきっとどうしようもなかったのだ。





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