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「23でやめよう」




その言葉をの意味を、当時そこそこ足りない頭ながらに色々と考えてみた事を今でも覚えている。

強いて言うならその可能性は少なくとも俺の中ではふたつ、「23になった瞬間やめる」のか、「23が終わる瞬間やめる」のかというものだった。その頃はそれしか俺の中に選択権は無く、どうしてかそれ以外の可能性みたいなものはひとつとして思い浮かばなかった。最初からたったふたつ。それでもどちらかは確実なのだろうとそう信じて疑わなかった。途中で終わることだって、考えようによっては存在していたかも知れないのに。

それでも此処まで延々、一言で表すならぐだぐだの関係を続けて来られたのは決して互いに寄り添わなかったからだったに違いない。傍には居た、勿論距離的な意味でだ。それでも凭れ掛かる事は無かった、例え触れ合おうとキスを交わそうと、一度だって俺と臨也は寄り掛かるだなんて事はしなかった。

それが暗黙の了解で、続けるための全てだった。その為に互いにありとあらゆる意味を読み解き、そうしなかったと考えれば何とも健気な話だった。但しこれはあくまで可能性のひとつであって、限りなく有り得ないものの枠内のひとつだったのだけれど。

臨也が「23でやめよう」と言ったのは、高校時代。蒸し暑い夏の昼間だった。クーラーも効かない体育倉庫で授業をサボり誘われるがままにセックスをして、事後の倦怠感に互いにだらりとした空気の中後始末をしていた時、臨也がぼそりと呟いた。23で、やめよう。

「……ああ?」

当時ですら別に大した感情を把握するわけでも無く毎回そういう「こと」に及んでいた俺からしたら、言葉の意味はどうにも図り兼ねるところだった。意味どころか、もはや言葉そのものとして成り立っているのかどうかに疑問すら覚える。それが故のこの相槌だ。

「こういうの、もしかしたらだらだらと続くかも知れないじゃん。すごい癪だけどシズちゃんと身体の相性は悪くないみたいだからさ」

「…生憎と良くもねぇよ」

「はは!それは仕方ないよ、俺たち二人なんだから」

でもシズちゃんだって気持ちいいから俺とするんでしょ、呟きにも問い掛けにも似た言葉に、俺は返事をしなかった。例えば今本音を言おうと、もしくは逆にそれ以外の事を取り繕って口にしようと、どれも失言になってしまう気がしてならない。むかつく事に口ではいつも大概丸め込まれてしまうからだ。

ぴたりと汗で額に張り付いた前髪を指先で掻き分ける様子を横目に見る。肩が触れそうで触れない距離と閉め切った体育倉庫は、より一層臨也の匂いを強くした。薄暗いそこは、唯一ある小さな窓から零れた光だけが照らし出す実に狭い空間だった。

臨也の事は嫌いだった。けれど互いに抱き合いその細い身体を突き上げたりすることで、それが一瞬だけどうでもよくなるくらいには臨也との行為はそれなりに気持ちが良かった。
別に歪んだ顔が見れて心地いいだとか、それこそ臨也みたく下衆のようなことは言わないが、どちらかと言えば必死に縋りつくさまの方が見ていて酷く興奮したのを覚えている。今も年を食ったようで大してそうでもないが、それでもあの頃よりは少し年を取った。若かったのだ。
大人になれたかどうかは微妙だ。それがわからないのはまだ、子どもだからなのだろうかとも思ったがしかし漂う堂々巡りの気配を感じて、思わずそこで考えるのを止めた。

「だから、」

蝉の鳴き声がそう遠くない距離で響く、埃がきらきらと差し込む太陽の光に反射しては煌めいた。あつい、べとべとして気持ち悪い、タオル、持ってくりゃ良かった。



「23でやめよう」



月日は放っておいても流れ、俺達をこのぐだぐだの関係ごと道連れにして繰り返し、年を取ってやがて23になった。それでも臨也は俺の目の届く範囲に居た。どうやら23になった途端という意味合いでは無かったらしい、けれどそこで、俺はそんな臨也の宣言にも似た「23でやめよう」という言葉をどうしてかすっかりと忘れ去ってしまっていた。











「おめでとうって言ってみてよ」

誕生日なの俺、知ってた?小さな笑い声混じりに呟いて、ベッドの上に座り込んでいた臨也がこちらを向いた。ベッドに寝転がり煙草を吸っていた俺は、そこに持ち込んだ灰皿に一度灰を落としてその黒い影を見返す。何がそんなに面白いのかと問いたくなるほど日々常々臨也は笑ってばかりいる。その笑みに含まれるものはきっと様々だ、どうせ知りたくもないような事ばかりに決まっているのはわかっていた。

「…手前でも一丁前に祝われたいとか思うのか」

「祝われたいって言うか、そうだね、じゃあそれでいいから言ってみてよ」

素肌にシーツを羽織っただけの臨也が横になった俺を見下ろす。明け方の部屋は薄暗い、白いシーツだけが発光しているような錯覚に囚われがちだ。

「言うと思ってんのか」

「これでもお願いしてるんだけど」

「ならもっと頭下げろ」

別に下げたところで言ってやるつもりは毛頭ないが、試しに言ってみたら臨也は「じゃあいいや」とさして悔しがる様子も無く静かに答えた。その顔はやっぱり笑っている。
短くなったフィルターをぐいと灰皿に押し込んで、新しいものに火を点けようと水色のパッケージに手を伸ばす。臨也がおかしな事を言い出すのはいつもの事だった。
臨也の部屋のベッドは馬鹿みたいにでかい。俺だって身体は長いがめいっぱい手を伸ばして漸く届くベッドサイドまでのその距離に、思わず掴み損ねて指先に触れたライターと煙草がぽとりと床に落下した。

ちっと軽く舌打ちをして、拾う為に起き上がろうとした所でベッドの上の影が先に動き出し、俺が落としたライターと煙草を白い手が拾い上げる。
礼を言うつもりも無かったが代わりに当たり前のように手を差し出すと、そこに乗せられたのはつがいの片割れのライターだけだった。そのまま手を出したままの状態でいても、一向に煙草が返ってくる気配はない。

「何やってんだ、返せ」

「これ頂戴」

「…はぁ?手前吸わねぇだろうが」

「誕生日プレゼント」

いいでしょ、貰うね。勝手に決め付けて再びベッドの上に舞い戻った臨也が水色のそれをくるくると手の中で回してただ眺める。今更何がそんなに物珍しいのか、それでも余りらしくない様子で告げられて思わず否定することを忘れてしまった。やがて眺めていた視線は臨也のそれとぶつかり、また笑う。

「ねぇ、もう一回しよう」

そう告げて俺の横に滑り込むように臨也が寝転がる。キスして、される方が好きなんだ。伸びて来た指先が俺の鎖骨を軽く押して、ほんの少し爪が立てられる。かり、ほんの少し引っ掻かれるようにされてぴくりと目元が勝手に揺れたのが自分でもわかった。別に断る理由も思い付かなかったのでそのまま詰め寄り小さな唇を塞いで口付ける。キスはセックスの合図だ、それはここ何年かの間もずっと変わらないことだった。

細い身体を身に纏っていたシーツごと押し倒し無我夢中で何度も繰り返し口付ける。シーツの上に投げ出された臨也の細腕のてのひらの中で、煙草のパッケージがくしゃりと歪む音がした。

どういう意味で「おめでとう」を欲しがったのかは知らない。その日を境に宣言通り、臨也は俺の前に姿を現さなくなった。
5月の連休の真っ只中、翌日俺はまだ23で、臨也は一人24になっていた。





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気分でつづく




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