04 | ナノ




エレベーターで部屋番号を頼りに上階へと昇り、辿り着いたドアをこじ開けて何とか部屋に入ることに成功した、までは良かった。肩に背中に背負ったそれをそのまま玄関に転がしておこうかとも考えたが、風邪を引かれて今後の仕事に支障が出ても困る。
俺の記憶が正しければ、スケジュールにはまた彼と組む類の仕事があった筈だ。だからこれは断じて彼の為では無い、俺の後々の保身のためだ。

よってその重さに今直ぐにでもこの馬鹿をその辺りに捨ててしまいたいと、数えきれないほここ十数分の間に思いはしたが、それを何とか踏みとどまり今に至る。心の底から俺はこうも寛大だったのかと、自分で自分を絶賛したい衝動に駆られながら。

玄関で一旦身体を壁に寄り掛からせて自らの靴を脱ぐ。そのあと一度床に座らせてから彼の靴を脱がせた。玄関に転がった身体を再度持ち上げようとしたが、すうすうとこれまた何度目か数えきれないほどのうたた寝モードに切り替わってしまった身体は、尋常じゃない程重みを増していた。

ふざけやがって、カメラより重たいもの持ちたくないんだよ馬鹿みたいにすくすく育ちやがって。普段何食ってたらこれだけ縦に伸びるんだと、心の中で目一杯罵ってから、結局両腕の下に自らの腕を差し込み、そのまま床上を滑らせる方法で身体を運んだ。

けれどリビングのドアを開いて、思わず声を失った。元より一人だから声を発する必要などは何処にもないが、それでも余りにも予想だにしない光景がそこには広がっていた。
だだっ広いリビングには、何も無い。この言い方だと若干の語弊があるかも知れないが、生活するという意味合いにおいて表現としてそれは何の間違いも無い筈だ。取り敢えずそのくらいには何も、無い。

「………、」

壁際には馬鹿でかいテレビが、スピーカー付きのテレビ台の上に鎮座している。ただし家具はそれだけで、敢えて言うなら天井近くにエアコンが備え付けられているくらいだった。そしてもうひとつ、フローリングの真ん中に敷かれた真っ黒なラグ。要するにリビングにある家具らしい家具はそれらだけだった。

まるで生活感が無い。正直なところ俺も人の事は言えたものではないが、それにしたってこの部屋よりはマシだ。寧ろ俺の部屋も、この部屋を比較対象にする事で生活感に満ち溢れた仕様となるに違いない。断じてこれは大袈裟な表現にはならない筈だ。

それはさて置き辺りを見渡すが、そろそろ腕が限界を迎えている。痛い、怠い、もういやだ帰りたい。思う事は大体そんな事ばかりだ。
ふと移動させた視線が入口にもうひとつのドアを見つけ、片手を彼の身体から離しノブを捻る。
部屋の中はこれまたリビングに負けず劣らずの質素具合で、但し此処にはベッドが置かれているぶん、幾らかその簡素さや虚しさがマトモに見えてならなかった。

助かった、やっとゴールだ。そこから更に時間を掛け、何とか床からベッドへとその身体を乗せる。上半身のあと片足ずつ、その地道な作業には結構な時間を有した。何で俺がこんな事しなくちゃならないんだ、そんな事で終始頭の中は一杯である。
いや、結局律儀に運んじゃってる自分も色々あれだけれど、逆にここまで来ると運び終えた事に達成感すら感じる。はぁはぁと息も切れ切れになりながら、思わずベッドに腕を付いて暫くの間項垂れた。

「………帰ろう」

まるで自らに言い聞かせるようにぽつりと呟いた瞬間、くしゅんとその体格に不釣り合いな可愛らしいことこの上ないくしゃみの音が、静まり返った部屋に響き渡った。あーもうほんと何なのめんどくさいって言うかもう、ええい、くそ。

勢いよく壁際のクローゼットの扉を開き、中を見渡す。衣装ケースがほんのちょっとと、ハンガーに掛けられている上着が何着か、そしてあとは何が入っているか知れない段ボールが伺えた。何なんだこの男、部屋だけじゃなくて収納までスカスカだとか。これじゃあ収納上手と褒めようにもそれ以前の問題である。

毛布とかそういう確実性のある寝具の存在は期待できないな、と思いつつ駄目元でクローゼットの中を漁るが、期待を裏切らず手の届く範囲には何も見当たらない。つーか普段あんなベッドの薄っぺらいシーツのみで寝てるとか、馬鹿じゃないのか、いや馬鹿か、馬鹿だから風邪は引かないのか、じゃああのまま放っておいても平気だろうか。
一通りそれだけ考えながらも俺の手は何かしら暖の取れそうなものを探しては彷徨うばかりで、正直そんな自分に何処かしらうんざりとした感覚を覚えた。ああもうだから、帰りたいって言ってるのに!

しかし結局のところ掛布団として役に立ちそうなものは、このクローゼットの中には不本意ながら真冬の上着として重宝するダウンジャケットくらいだった。無いよりましだろいや寧ろこうして掛けてやるだけ有難く思え、そんな念を口に出すことは出来ず力に込めてばさりとジャケットを、少し乱暴な手付きで彼の上体に掛ける。
するともぞもぞと放り出されていた身体を丸めるようにその身を縮め、すらりと伸びた足以外は綺麗にその簡易な掛布団の中に収まった。

何かもう、何だろ、正直突っ込み所が多すぎてもう全体的に面倒臭い。冷静になって考えれば考えるほど今自らが、こうして彼の住まいであるマンションに居ること自体がおかしいと、最初から間違っている事に気づかされざるを得なくなってしまう。
正気に返っては終わりだ、十分俺も俺で、普段からしたら有り得ないほどの行動を犯してしまっている自覚はある。だから、認めてしまったたぶん、そこで終わりだ。

今度こそ帰ろうと思った所で、しまったクローゼットの扉閉めないと、気付いてまた壁際へと歩み寄る。極端に中身の少ない収納スペースを視線で追い、ふと視線を上げた所で小さな箱に目が留まった。

(……なんだ?箱?)

彼の持ち物としては、まぁ決め付けているだけに事実かはさて置き不似合なプラスチック製のケースが上の段にそっと仕舞われているのが見えた。
前も言ったように、彼にさし当たって興味は無い。被写体としては気には入っているが、正直性格の面からしたら寧ろ願い下げたいほどの相性の悪さだった。から、そういう意味合いでの他意は無かった。だから、興味本位と言わずして何と言ったらいいのかは、後々考えてみても俺自身ですらそれは判断の仕様が無い。

クローゼットの扉を閉めようとしていた手を伸ばし、それに触れようとしたが少し高めの段にはあと少しの所で手が届かない。
ぶん、と手を振ると指先が四角い箱の角に触れ、少し位置のずれたそれがバランスを崩してぐらり、こちら側へとその身を預けるように落下してくる。

(や、ば、)

しかし時は既に遅く、箱はその蓋ごと自分へと襲ってきた。慌てて掴もうとしたら、逆に蓋は外ればさりと中身がそこから飛び出して床一面に綺麗に散らばる。中身は守れなかったが箱を腕の中に死守した事により、騒音的な意味での安全は一応守れたようだ。

「………あっぶな」

ぼそりと思わず小さく呟いてから、恐る恐るベッドの方を振り返るが未だダウンに包まった身体はすうすうと寝息を繰り返すだけでそれ意外の反応は無い。良かった、別に起こすのは大いに構わないしそんな事は別にどうだっていいのだが、多分勝手にクローゼットを漁っていたとなればまた話は別だ。
幾ら最初は彼のためだったからと言ったって、結果として意図的にこれに手を伸ばしたのは俺だ。思わず箱を抱えたままほっと安堵の息を吐く。が、次の瞬間、ひらりと床上に散らばったものを視界に捉えた瞬間、呼吸が止まった。





なんだ、これ。

フローリングの床上には、結構な広範囲で箱に入っていたらしい紙切れが散乱していた。その大きさは大小まばらで、一目で写真、というか雑誌の切り抜きだと判断できる。しかし問題はその中身と言うか、映っているものに関してだった。

黒髪が特徴的な容姿と、それ用のニュアンスを含んだ笑みを浮かべる表情、それはある意味一番よく見知ってはいるがそれでも、いや、どうして。

クローゼットの前に茫然と佇む自らの足元を隙間なく埋めるほどの切り抜きの数々に映り込んでいるのは、他の誰でも無い俺自身だった。

正直理解しようにはそこまで脳は万能な回転を発揮してはくれない。驚く事で今のところ手一杯だ。何故かって、此処は彼の部屋であまつさえ寝室で、そのクローゼットから俺の写真が大量に出て来たのだ。ここまで俺が声も出ないほど驚くだけの材料としては、十分過ぎるほど出揃っている。



ひらり、服に付いたままだったらしい切り抜きの一枚は、そんな俺の思考回路を嘲笑うかのように滑るようにしてまた床上に落ちた。



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