フレンチレターしずかん | ナノ




※完全女体化の静甘です、苦手な方はご遠慮下さい










※静雄視点



「お風呂、空いたよ」



声の方に視線を向ければ、白い剥き出しの足が視界に映り込む。バスローブを身に纏った細い体は、更にまたその細い腕で頭の上から被ったタオルでがしがしと乱暴に髪を拭いた。長い髪からぱたぱたと雫が床上に零れては静かに落ちる。

目に毒だ、そんな事を思う俺の気持ちなど全くお構いなしに呑気にそいつはぺたぺたとスリッパの情けない音を響かせてベットの端に腰かけていた俺の前を横切って行った。グラスに水を汲みこくこくと中身を飲み干して、ことりとサイドボードにそれを落ち着ける。
頼りないぼんやりとしたライトが照らすグラスの横に、小さな灰皿があった。ああそうか、一人でクサってねぇで煙草吸えば良かった。

申し訳程度に羽織ったシャツのボタンを留める気にもなれず、それでも先程まであんな事をしていたベッドの上で寝転がっているのも何だか気が引けて、身を起こしたままただぼうっとシャワーの音を聞いていた。だから、結局の所考えはなにひとつとしてまとまってはいない。

「お前、もう池袋来んな」

それらを全て総合して、今の俺に言える事はこれしかなかった。口は悪いかも知れないが、それだって言わば全てを考慮した上での言い回しだ。来るな、頼むから、本心はそんな所だ。できるだけ簡潔にしようと呟いた言葉に、何一つ嘘も偽りも存在していなかった。

「あと、俺のこと一発殴れ」

何も返事が返って来ないことを良い事に、ここぞとばかりに続けて口を開く。言い包められるとは思ってはいないが、どうしても先手を打ちたかった。
実に情けない事だが早くこの居た堪れない状況から逃げてしまいたかったのかも知れない。何とも情けないことだ。語尾は消え入りそうに弱々しいものにしかならない。

「…なんで」

座って俯いたままの俺の斜め前で、小さく呟く声が響いて消える。床上に落とした視線の先に、スリッパを履いた細い脚が映る。ああ、やっぱ細えな、ベッドの上でも思ったけど、やっぱ細すぎんだろお前。

「やだよ、俺が何処行こうと俺の勝手だろ」

「来んな。あと殴れ」

「やだって言ってるじゃん。なんで」

「引っ叩かれて嫌いって言われたらちゃんと諦めるから」

言い方はどうあれ、言っていること自体が情けなくなってしまってやっぱり駄目じゃねぇか、結局情けないばっかだな、俺。何も聞かず連れ込んで、何も言わせず口を塞いで、抵抗しないのを良い事にそのまま抱き締めた。そう、抵抗が無かっただけでやってることは強姦と変わりねぇだろ、どれだけ最低なんだよ。

そこまで考えて、それでも全ての根源が自らにあると思えば頭の中はどうにか冷静なままだった。仕出かしてしまったからこそ冷え切っているのかも知れない。手の先から徐々に熱が引いて行くのがわかる。本っ当、情けねぇ。

今度はいやだとかなんでだとかいう言葉すら返って来なかった。流石に呆れられたかな、そうだろ、俺自身がこんなに自分に呆れてんだから無理もねーか。
視線をほんの少しだけ上げれば、バスローブの傍らにだらりと力無く垂れた細い手首が見えた。手を伸ばしてそれを掴み、そのままほんの少し自らの方へと引き寄せる。俺と細い身体の間で一方的に繋がれた手と手は余りに頼りない。掴んで離せない自らも頼りなく、ばかみたいに細い手首もひどく頼りなかった。

「…高校ん時から」

「……なに」

「高校ん時からずっと好きな女がいんだよ」

「……………、」

「毎日毎日喧嘩ばっかしてて、一緒にいる理由が喧嘩しかなくて、自分だけのものにしたかったのにどうしても言えねぇままで、ずっと」

だから、そうか、喧嘩ばっかりしててちゃんと触れる理由が無かったから、やっぱり今こうして掴んだ手首がこんなにも細いことをは俺は知らなかったのだ。色んな意味で自業自得で、やっぱり触れるべきでは無かったのに違いない。触れて自らで確かめる事で、多分俺は気付いてしまった。

「こんな細っこい手首で刃物振り回して、強がってばっかで、危なっかしくて見てらんねぇ」

何てつまらないエゴだろうか。頼まれたわけでもない癖に俺はどうしてかこいつを守れるのは俺しか居ないと思い込んでいた。守ってやれた事など事実ただの一度もない癖におかしな話だ。何も言わないのはやはりきっと呆れられているに違いない。

「…けど、結局あんな風にしちまって、悪い」

謝ったところで許されるものでも何でも無いが、これは多分自らへの気休めだ。非は全て自分にあるからこそ、自分で自分を許したいのだろうか。こいつには何も与えないで一方的に全部押し付けて最後一言ごめんって言やあ済むとでも思ってんのか俺は。なぁ、一体何処まで最低なんだよ。

「シズちゃんはずるいね」

聞こえてきたのはいつも池袋で俺に見つかった時とそう大差無い声音だった。いつも通りだからこそ、俺は未だに顔を上げてその表情を伺う事ができない。なんだ、怖いのか。ここまで最低に成り下がっといて今更嫌われんのが怖いだとか、そんなまさか。

「俺が引っ叩いたってシズちゃんがしたこと、なくなるわけじゃないよ。楽になるのもシズちゃんだけだ」

つらつらと並べられる言葉はどれも真実で、俺には一切否定のしようが無かった。ここまで来るとまるで犯罪者の気分にも似ている、まぁ強姦紛いの真似を仕出かしている時点でそこにも間違いは何一つ無いのだけれど。

「…なんで謝るかなぁ」

珍しく震えた声と、掴んでいた手の指先がそっと俺の手首の裏側を撫でる。擽ったい。だからそれをやり過ごす為だと言い聞かせながら掴んでいた手首を握る手に、更にぎゅっと力を込めた。

この行動と同じで、何もかもが全く子供染みた感情で構成されていた。一旦掴んでしまったら離したくないだとか、触れてしまえば所有権があるのかも知れない淡い期待だとか、なぁ、どこまでバカなんだよ。こいつに俺のガキが出来れば自分のものにできるとか思ったのか、俺は。

細い手首は俺の指で容易くそこをぐるりと一周してしまえるほどだ。本当は守りたかった。こんな風に傷付けるんじゃなくて、もっとそっと大事にしてちゃんと守ってやりたいとそう、そう思っていたのに。だから今ちゃんとその顔を真っ直ぐ見れないなんて。

「…高校の時からずっと好きな人が居るんだ」

マジかよ、正直頭を何かで殴られたような衝撃だった。実際殴られた所でそう大したダメージは無いのかも知れないが、物の例えだ。
様するに余りにも唐突に突きつけられた真実に驚いたと同時にたぶん、俺は馬鹿みたいな衝撃を覚えた。よりにもよって今そんな事聞きたくねぇよ、やめろ。

「馴れ合いたかったわけじゃないけど、喧嘩ばっかりしてた。でもそれでも良かった、傍に居れる理由はそれしかないと思ってたから」

喧嘩?なに、何言ってんだこいつ。意味わかんねぇ。

「…ねぇ、俺がシズちゃんのこと殴ったらどうなるの」

終わるの?始まるの?どうなの?どうにもならないじゃん。

余りにも正論過ぎる言葉が降ってきて、そこで漸くゆっくりと顔を上げて俺の前に立ち尽くす身体を見上げる。泣き出しそうに歪んだ顔と目が合う。瞬間きゅっと噛み締めた唇がほんの少し震えて、その瞳がに張った水の膜がゆらゆらと揺れては俺を映していた。

「なんで、あんな、勝手に抱いたりしたくせに、いま抱き締めてもくれないの。なんでそうやって全部勝手に決めるの」

「……わ、」

わるい、と言おうとして躊躇った。悪い事をした自覚はある。でも震える顔を見たら言葉は上手く出て来ないままで、呼吸すら上手くできない。正直余り回転のよくない頭では、それらの情報を全て吸収しても分析などは到底できない。わからない。ぐちゃぐちゃだ。だから、抱き締めろと言われても、無理だろ。

「…なっさけない顔」

「……うるせーな、手前もだろ」

「誰の所為だよ、ばか」

「なぁ」

「…なに」

「抱き締めたらおまえ、俺のモンになんのかよ」

ゆら、見つめた瞳はまた揺れた。それでも水の膜がそこから零れてしまう事はない。その分、噛み締めた唇はただ震えるばかりで、なんだよ、くそ、だから殴って嫌いって、二度と顔も見たくない池袋になんか来ないって頼むからなぁ、言えよ。言えよ。

震えるのは俺も同じだ。じわじわと身体の内側を得体の知れない何かが駆け抜けては、どこもかしこも冷え行くばかりで。それでも一方的に繋いだ手は離せない。

「…ふざけんな、なるわけないだろ」

吐き捨てられた言葉はあからさまにそんな俺を拒絶していた。どうしてか俺はそれが自分の事だと言うのに、ざまぁみろとすら思い何処か蔑んだような感情でいっぱいだった。こいつが俺の事をそうしてくれないなら自らそうするしかないと思ったのだろうか。やっぱり何処までも勝手だ。



「情けないことばっかり言わないで、力ずくで奪ってくれるくらいしてくれないの、ばか」



白い指先の、ほんの少し伸びた爪が今度は俺の手首にちくりと食い込む。とんだ甘い痛みだ。間髪入れずに掴んでいた腕をぐいと力ずくで引き寄せてベットの上で飛び込んで来た細い体をめいっぱい抱き締める。呼吸をしようと吸い込んだ息はやっぱり情けなく震えた。

腕の中にすっぽりと収まった身体は、抱いた時も感じたように細くて細くて壊れそうに弱い。こいつだって女だ、見下してるわけじゃない、細くて当たり前だ。
守ってやりたかったし守ってやる理由がどうしても欲しくて欲しくてただそれだけだった。
ああ、いっそ俺がお前ごと守れるように本当に子どもができてしまえばいいのに。そんな事を考えてしまう辺り、やっぱり俺はどこまでも最低だ。





ついったーでお世話になっている信玄餅さんに捧げさせて頂きました
掲載許可頂きありがとうございますたのしかったです!




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