オブリーズン | ナノ





オブリーズン





何をするにも理由というものは必要だ。

例えば俺たち二人が同じ部屋に居ることにすら理由が必要で、とりあえずや何となくが許されるような関係では無いということは嫌と言うほど分かり切っていた。

会えば俺とシズちゃんは口数が少なく、いや寧ろ俺が一人で喋っているに近い感覚だった。聞けばうるせぇとか黙れとか死ねとかそういう相槌(だと俺は思っている)が返って来るので、無視されるよりは随分とマシだった、のかも知れない。

狭いシズちゃんのアパートのそんなに大きくも小さくもないベッドにごろりと横になって、その下に座り込むシズちゃんの後頭部をじっと見つめる。シズちゃんは見ているのかどうか知らないが視線の先のテレビに意識を集中しているらしく、俺の視線には気づきもしない。
些かこの状況にも飽きてきていたので、寝転がったままでそっと手を伸ばしその後ろ髪をくしゃりと掴み引いてやれば、あからさまな程不機嫌な顔が半分、こちらを振り返った。

「…いてぇんだよ、離せ」

「ははっ、うっそだぁ。対して痛くも無いくせに」

「生えてるモン引っ張られたら誰だって痛ぇだろ、離せこのクソノミ蟲が」

「んじゃもうちょっと痛そうな顔してよ」

シズちゃん分かりにくいよ全体的に。そうして引っ張る力を弱めそれでも握りしめた髪は離さず、ゆるやかな動作で起こした上半身を寄せる。ぐっと縮まった距離は、ざっと30センチ程だ。近くも無く遠くも無く、この位が俺とシズちゃんには丁度いい。

至近距離で覗き込んだシズちゃんの瞳は、ほんのちょっとこげ茶色に透き通っていた。綺麗な目だ。彼は俺と違って本質的な部分は純粋なもので構成されているだろうから、納得はできた。俺は濁っていると言っては何だがそうも透き通っている自覚も自信もない。そんな下らないことを考えた。

態度こそ極悪だが、俺からしてみたらその金髪との瞳のコントラストは酷く柔和だ。シズちゃんが真っ黒っていうのも中々ストイックでそそられるけれど、黒いのは俺一人で十分だ。同じじゃつまらないし、そんなものには興味も無い。俺の場合は意図して黒いのだから。

「キスしていい?」

言えばシズちゃんは眉根を潜めて、けれど引き結んだその口は何も言わなかった。抵抗しないのをいいことにぎりぎりまで顔と顔の距離を詰めると、唇が触れるほんの一瞬手前でぴたりと動きを止める。

「ねぇ、キスする理由、考えてみてよ」

言い逃げるようにそっと唇を重ねて、髪を握り込んでいた手はそのまま首を撫でるように辿って肩に落ち着く。特に何の変哲もない、お手本のようなキス。押し当てた唇の感触に安心感を覚えるくらいには、シズちゃんとのキスもすっかりお決まりになってしまった。
柔らかい感覚を惜しみつつも暫く押し当てていたそこを離し閉じていた瞼を開く。既に薄く瞳を開いたシズちゃんは酷く曖昧な表情をしてこちらを見つめ、誰がしていいなんて言った、そんな場にそぐわない台詞を吐いた。

確かに俺達は世間一般の恋人同士とかそういう関係じゃないから、それで間違いはないのだが、それでもシズちゃんは諦めが悪いと言うか何と言うか。幾度となく重ねた唇を再度重ねる事にすら許可が要るというのか、何とも乙女な事だ。

「…で?何か面白いことわかった?」

キスをする前に投げ付けた宿題の答えを聞くべく嬉々として問い掛ければ、シズちゃんはやっぱり曖昧な表情のままで俺を見つめ、そして何も言わない。閉じられた唇とは裏腹に、その表情は何か言いたげだというのに。

「なに、何か言いたいことあるなら言ってよ」

「……手前と」

「うん、俺?」

「こういう事しなくても良い理由を探してんだ」

それが理由だ、そう告げてその唇はまた閉じられてしまう。おかしいなぁ、おかしいねシズちゃん、理由が理由だなんて矛盾してるよ。いいや違わないのか、そもそもこの世は矛盾だらけだ。俺も君もすべてのものが矛盾している。理由の理由を辿って、それでも理由らしい理由は見当たらない。

要はかたちが存在しない。キスは好きだ、セックスも好きだ、けどそれらが好きだという理由は、相手がシズちゃんだからなのかどうかはまだ今の俺には自覚がない。決定的な根拠など何処にも存在しないからだ。

それでも何となく一緒に居ることに意義を感じていた。何故ならシズちゃんにはそう人が寄り付かない。優しく触れることができない。だからと言って俺に対して優しいかと言われればそれは勿論違うのだが、彼だって触れることを恐れているだけの人生は御免な筈だ。付け込んでいると言いたければ言えばいい、けれどそれはあくまでシズちゃんの相手ができるという絶対的な自信と根拠に基づいてのみ許されることとなるだろう。

「やだなぁ、シズちゃんそれは理由じゃなくて言い訳だよ」

「どっちも大して変わんねぇだろ」

「ふふ、まぁ、確かにそうだね。俺とシズちゃんだったらそっちのが正しいのかも知れない」

あくまで全てに理由が必要だとして、俺達ふたりの間にあるものは大抵言い訳染みた理由ばかりだ。それでも離れられなかった。言い訳を繰り返して次第に罪悪感や余計なものは嘘に溶けて行ってしまった。今じゃあもう見付けることはきっと困難な状態だ。

触れたいから触れるというのも理由のひとつだろう。けれど俺からしたらそれは邪な感情がそこにあってこそ認められる真実だった。例えば好きとか愛とかそういう、はは、もしかしたら俺たちにもそういうものがほんの少しでも存在するのかと思うとぞくぞくするね、これだから人間は面白くて堪らない!

ベッドの上で漸くその身を完全に起こすと、俺はベッドに寄り掛かるシズちゃんの頭の横に両手を包み込むようにそっと添えた。また嫌そうな顔をしたシズちゃんは「触るな」、低くそう呟いて俺を睨み付けてきたけれど、頗る上機嫌な俺はそんな些細なことは全く気にはならない。

そのままそっとその金色を腕の中に抱え込み、シズちゃんがまるで子供になってしまったような気がした。不思議なことに彼は抵抗しないまま、大人しく俺の腕の中にその顔はすっぽりと収まる。

透き通ったうつくしい瞳も、きらきらの金色も今は全てこの腕の中だ。今地球上に生きている人類の中でシズちゃんをこうして自由にできるのはきっと俺一人だけで、そんな事を思うとやはり口元は笑む事を止められない。

ああ、かなしいばけものめ。きっと彼には俺しか有り得ない、それこそが言い訳だと知ってはいても、理由なくして俺たちはこんな事をする訳には行かないのだ。出会ってしまった、その瞬間から延々と言い訳を繰り返し、どうしてか離れるという術を忘れてしまったのだから。







臨也が病んでいてすいません





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -