突き立てた刃が喉元を掠める。
その感触が酷く心地良い。
心が安らぎ一種の快楽へと摩り替わる、気持ち悪いくらいの快楽を味わう。
刃が静かに右へと動く。
触れるか触れないかの瀬戸際で、触れた部分は紅い筋が浮かんだ。
それが、快楽。
ぴりりと走る電流のような痛み、それすらも愛しくて。
その切先が、この喉を裂いてくれないかと願いながら柄を握る彼の手を握る。

「なぁ、クラトス。」


大好きだから。
願いを聞いて欲しい。



「大好きだよ。」


その言葉が、この口から漏れた事などないけれど。
歪な関係が生まれたその時から願っていた。



「だからさ。」


お願いだ。
この喉を、裂いて欲しい。



「ずっと、一緒にいような。」

切れ切れの言葉の裏に溢れたのは、別の感情。
別に生きる事が嫌になったわけではない。
直感で悟った“永遠”の離別、漸く再会出来たはずなのに。
彼はいなくなってしまうのだろう、この星から。
だから喉を裂く事を求めた。
ただ愛しい彼の手に掛かり、永遠に彼の傍にいられるように。
それはまるで、呪縛のように。
つう、と刃が肌を通り、紅の道が生まれる。
それと同時に冷たい雫が降り注いだ。
何だろうかと訝しく思い僅かに視線をずらすと、其処に在ったのは普段の寡黙で無表情な顔ではなく、涙に濡れた悲痛な顔だった。

「クラトス…?」

どうして、そんな表情(かお)をしてるんだろうか。
理解が出来なくて。

「如何したんだ?」

言葉に出して問うてみると、涙に歪められた瞳はより一層傷付いたものに変わり。
カラン…と投げ捨てられた硬質な音が、剣だと分かったのは抱き締められてからだった。
温かなぬくもり、其処に在るという証の体温。
きつく、強く抱き締められて息が苦しかったがそんな事は如何でも良くて。

「……ロイド、私は同じ過ちを犯したくない…」
「過ち…?」

何が、過ちなのだろうか。
まだ何も言っていないのに、何が過ちだと言うのか。

「クラトス…急に如何したんだよ…?」


この想いなど口にした事はない。
それを言ってしまえば、全てが崩壊するから。



「俺、何も言ってないぞ?」

煌々と差し込む月光がやけに明るくて。
彼の顔が逆光になって、どんな表情をしているのかが分からない。
それでも、凄く悲しい顔をしていると言うのは何となく分かった気がした。

「ロイド。」
「何?」
「愛している。」
「うん、俺もだよ。」
「…だから。」
「……?」
「軽々しく、命を擲(なげう)とうなどと、考えないで欲しい。」

その言葉が、ずくりと心臓に突き刺さる。
心を読まれていたように、言い当てられたその感情を。
刃を突き立てて喉元を裂いて欲しいと言う、醜悪な願いを。

「私を愛してくれるのなら、私を罪人にしないで欲しい。」
「…え?」
「もう、私は愛した人を殺めている…もう一度あの惨劇を繰り返したくは…ないのだ。」

最愛の母の最期を看取った彼の瞳は、普段では想像出来ないくらいに歪んでいて。
ああ、なんて愚かな真似をしてしまったんだと自己嫌悪に陥る。
彼は知っているのだ、愛する人を殺めた虚無と絶望を。
それをわざわざ、何故もう一度繰り返せと言うのか。

「…ごめん、クラトス…俺…」
「理解してくれたのなら、それで構わない…私はお前に説教をする気ではなかったからな。」
「ごめん。」

その言葉の本当の意味を、きっと彼は理解していないのだ。
落ちた剣の先に光った紅の液体にぞくりと身体が震え、それすらも神々しいもののように。
宿った邪な感情が消える事は、なかった。



そして彼は刃を棄てる
(その想いが破滅に向かうとしても。)




+++
病んでるロイドくんを書きたくてやってしまった産物。
普段の凄く底抜けに明るいロイドくんも大好きですが、こんな風に歪んじゃったロイドくんも大好きです。
何だか背徳的な感情に支配されてゾクゾクする〜って言うのは凄く危ない気もするけどね。
想いのベクトルはクラトスよりもロイドくんの方が強く向いてる感じ、デリス・カーラーンに行くならば俺の魂も連れて行ってよ、そう言いたい。

10-08/31
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