ウィズ・ラブ | ナノ
今朝からものすごく気になっていることがある。
会う人会う人皆態度がおかしい、ということだ。私と会うなり視線を逸らしたり、あるいはニヤリと笑ったり。顔に何かついているのかと問えば、そんなことは全然ないと笑顔付きで返ってくる。エルヴィンに至ってはなぜか哀れみが込められた視線を向けられ、ポンと肩を叩かれた。
全く意味が分からなくて困っていたのだが、ハンジと会った瞬間にその理由が判明した。
「えっ、ナマエってばそれ、キスマーク!?リヴァイってば大胆だなぁ!いやー、お熱いね!」
一つだけボタンを開けたシャツから見えるであろう首筋を指差しながら、ハンジはそれはもう楽しそうに笑った。瞬時に意味を理解して私は首筋を隠すため急いでボタンを上まで留める。
――リヴァイの奴…!
昨日の出来事を思い出し顔に熱が集まる。あまりの疲労のせいで昨晩も今朝もちゃんと確認出来なかった私も悪いが、まさかこんな醜態をずっと晒していたなんて。
全ては昨日、旧本部での出来事が原因である。
「ナマエさん、本当にすみませんでした…!」
昼食の後すぐさま席を立ったエレンは、土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。
旧本部内の掃除を買って出た私は、浴室の掃除中にシャワーを頭からかぶるというドジを踏んでしまった。頭からびしょ濡れになった私を見兼ねたペトラにシャツを借り、風邪を引く前に着替えようとした所にエレンがやって来たのだ。ちょうど濡れたシャツを脱いだところだった私は、下着は着けていたにしてもほぼ裸。私なんかの裸を見せてエレンには本当に申し訳ないことをした。何を勘違いしたのかリヴァイに蹴られまでして、謝りたいのは私の方だ。
「エレン、もう気にしないで?私の方こそ、本当に見苦しいものをお見せしました…」
「い、いえ!見苦しいなんてとんでもありません!…むしろ、その…」
「…え?」
「…っ…なんでもないです!本当に申し訳ありませんでした!」
何を言いたいのかよく分からなかったがエレンはもう一度直角に上半身を折って大きな声で謝罪をし、顔を真っ赤にして走り去っていった。
残された私は彼の一生懸命さに少しばかり頬を緩めたが、後ろからビリビリと突き刺さる視線に小さく息を吐いた。
「リヴァイ…視線が痛いんだけど…」
「てめぇらがくだらねぇことやってるからだ」
それだけ言うと、フイとそっぽを向いて踵を返してしまった。あれ、ご機嫌斜め?
浴室でのエレンに対する殺気はあまり感じられない。少しばかり気になった私は先を行く彼のあとを小走りで追いかけた。
「何だ?」
自室へと入っていった彼に続き、私も彼の部屋へと入る。向けられた鋭い視線は、やはり機嫌の悪さを物語っていた。声色はいつもと大差ないが、その突き刺さるような視線だけで縮こまってしまいそうなほど怖かった。
「リヴァイ…あ、あのね…?あれは、不可抗力、というやつで…」
「なぁ、ナマエ」
「……はい?」
私の言葉を遮るように名前を呼んだ彼は、ゆっくりと一歩私に近付く。なぜだかものすごく彼が怖くなって、思わず後ずさる。低い声で紡ぎ出される言葉に、心臓がスピードを上げる。
「お前は分かってねぇようだな」
「…な、にを…」
「お前は一体誰のものなのか。他の男に肌を見せるなんてことをして、俺がどう思うのか」
「だ、だから、あれは…」
「事故だろう?あのクソガキが自ら覗くなど、そんなことをする勇気があるとも思えねぇしな」
「じゃあ…!」
下がるところまで下がり切った私の背中はついに壁にぶつかった。ドン、と両肩を押さえつけられ、彼と視線が合う。ようやく見ることのできた彼の両眼は、まるで獲物を逃さないとでも言いたげな獣のそれだった。思わず背筋に冷たいものが走る。
「だがな、ナマエ」
「…え……っ、!?」
ぴん、とボタンがひとつ飛んだのが視界の端に映った。
そのままシャツを大きく広げられ、はだけさせられた首筋にそっと彼の指が触れる。ひくりと身体が跳ね、心臓が嫌な音を立て始める。けれど怖いはずなのに、なぜだか不思議と嫌ではなかった。何をされるか分からないのに身体は熱を帯びていく。
そして彼はゆっくりと私の首筋へと唇を寄せた。
「…っ、え?り、リヴァイ…!」
「俺は自分のものを必要以上に他人に見せたくはねぇんだ。お前も知っているだろう」
「っ、ん、…や ぁ、」
小さく音を立てながら彼の唇が何度も私の首筋に触れる。押さえつけられた肩にぐっと力がこもって、ますます逃げることなど不可能だ。
嫉妬深い彼の本能が剥き出しにされたこの瞬間、私は今すぐに彼に抱き着きたい衝動に駆られていた。こんなにも真っ直ぐな気持ちをぶつけられて、嬉しくないわけがない。
「リヴァイ…っ」
「……っ、」
ゆっくりと腕を上げ、そっと彼の腰に触れる。震える声で名前を呼べば、彼は小さく息を呑む。そしてそれを合図にようやく首筋から唇が離れたと思えば、今度はそれまでの強引な行為など感じさせないほど優しく抱き締められた。
「……こんなガキみてぇな俺を、笑うか」
「…っ、…笑わない…」
ぎゅっと抱き合い、熱を分け合う。
彼の声色からようやく機嫌を治してくれたのだと分かった。多少の強引さも乱暴な行為も、すべて私を想うが故であると確信してやまない私はどうかしているだろうか。
「リヴァイ…好き…」
小さく呟いた本心に、私を抱き締める腕にさらに力が込められた。
「あの時か…」
素早く自室に戻って鏡を見れば、私の首筋にはいくつもの鬱血痕が残されていた。一体何人にこれを見られた。ハンジが教えてくれたからよかったものの、最悪の場合は気付かずに今日一日を終えていただろう。エルヴィンも教えてくれたらよかったのに。
――明日また意味深な視線を向けられるんだろうな。
私はきっと明日から、シャツのボタンを一番上までしっかり留めて過ごすことになるのだろう。彼からの情熱的な愛の痕が消える、その日までは。
131017