ウィズ・ラブ | ナノ

「うーん、眠れない…」

そろそろ日付が変わるかという頃。いつもより早めにベッドに入ったのが間違いだったのか、すっかり目が冴えてしまった私はもぞもぞと起き上がった。冷たい水でも飲もうかなと、そう思い部屋を出て食堂へと向かう。

静まり返った廊下を進み、食堂へと入ればそこには見知った顔がいた。

「あれ、ナマエ」
「ナナバだ。何してるの?」
「眠れなくてね。水でも飲もうかと思って」
「あはは、一緒だ」

グラスを取ってナナバの隣に立ち、水を注ぐ。冷たい水を口に含みつつちらりと横を見れば、ナナバも綺麗な喉元をこくりと鳴らして水を飲んでいた。
普段の隊服ではなくラフな格好のナナバを見るのは、おそらく初めてである。ゆるくウェーブした明るい色の髪が無造作にかき上げられていて、妙な色気を放っている。おまけに何やらふわりといい匂いまでも香ってくるような気さえする。うーん、やっぱりナナバは格好いい。

「何?」
「え?」
「ナマエ、さっきから私の方ばかりちらちら見てる」
「えっ…き、気付いてた…?」
「だってナマエの視線分かりやすいから」
「うう、ごめん…」

素直に謝るとナナバは声を上げて笑う。「謝らなくてもいいのに」と、どこまでも優しい。途端に居た堪れなくなった私はグラスに残っていた水をくいっと飲み干した。

「ごめんね、ついナナバに見惚れてた」
「はは、何いきなり」
「ナナバってば格好いいんだもん」
「ナマエはいつもそうやって言ってくれるよね」
「本当のことだよ?」
「……ん、ありがとう」

あれ、おかしいな。
いつもならばナマエも可愛いよ、って茶化されて、それでお互いに笑い合うのに。今日ばかりはどこか違って、ナナバは何か考え事をするように瞼を少し伏せた。急に訪れた沈黙がなんだかむず痒くて、私はシンクにもたれたまま空になったグラスを手で遊ぶ。

少しの沈黙の後ようやくナナバは口を開き、発せられたのはいつも通りの言葉だった。
――いや、途中までは。

「ナマエは、すごく可愛いよね」
「えっ、何急に!照れるってば。ナナバの格好よさには負け……」
「本当、可愛い」
「……へ、」

カチャリ、グラスが鳴る。
普段の穏やかな表情など見る影もない。真剣な眼差しを携えて、ナナバは私を見つめていた。急に心臓が変な音を立て始める。

何、一体何なんだ。ナナバってばどうしちゃったんだ。そんな見つめられると、どうしていいかわからないじゃないか。

ナナバの突然の行動に「へ、」とか「う、」とか言葉にならない声を情けなく発していると、そっと頬に手を添えられる。どちらかと言えば華奢な身体付きなのに、手は意外にも骨張っていた。
真っ直ぐに見つめられて思わず視線を反らせば、今度は頭上からくぐもった笑い声が降ってきた。

「ふふ、…ナマエってば、顔真っ赤…!」
「へ…?っ、も、もしやナナバ、私をからかって…!」
「本当に面白いね、ナマエは」
「っ、!もぉぉ!」

掌は離れ、距離ができる。
まんまとナナバにからかわれていたらしい私は、今度は恥ずかしさのあまり顔から火が出そうなほどだった。出会ってから久しいというのに今更そんな一面を見せるなんて。くそっ、ナナバってば意外に性格が悪い。

「びっくりさせないでよ!ナナバのバカっ」
「ごめんごめん。つい、ね」
「もう……てっきり本気で口説かれるのかと…」
「ちょっと本気だったけどね」
「はい!?」

もうナナバが分からない。いつものように軽口を叩けば、返ってくるのはその斜め上をいく言葉。調子が狂うというのはこのことだ。普段の仕事中のやり取りからは想像できない、ちょっぴり意地悪なナナバが見え隠れするのはこんな時間帯のせいだろうか。
未だくすくすと可笑しそうに笑うナナバは、いつもより上機嫌のように思えた。

「リヴァイを差し置いてナマエに手出そうなんて思ってないよ。安心して」
「え、……」
「付き合ってるんだってね?」
「え、と…誰に聞いて…」
「ハンジが教えてくれたんだ」
「もう、ハンジの奴め…」

相変わらず口の軽いクソメガネは明日一発殴るとして、また一人私とリヴァイの関係を知る人が増えてしまった。いや、悪いことではないのだけれど、とにかく何だか恥ずかしい。
思わず口ごもる私の頭をぽん、と撫でナナバは笑う。

「可愛いナマエを独り占めできるなんて、リヴァイはずるいなぁ」
「なっ、」
「でも今は私がナマエを独り占め。ね?」
「う、……っ、私だって今はナナバを独り占めだからねっ!」

冗談なのか本気なのかよくわからない。けれど今度はいつものように優しい眼差しをくれるものだから、私も何とかいつもの調子を取り繕ってみせた。
困ったな。これではますます眠れなくなりそうだ。

131031
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