リトル・バイ・リトル | ナノ

古い紙のにおいが仄かに香る、薄暗い部屋。
エルヴィンに頼まれた資料を取りに、私は資料室にやって来た。書庫も兼ねているこの部屋は私のお気に入りの部屋でもある。歴代の兵士たちが勝手に購入したものや誰の物か分からないようなものまで、様々な書物が保管されている。

目的の資料を揃え、一息つく。静かな部屋には今は私しかいない。窓から入り込む日光がデスクを照らしていた。エルヴィンは急がなくてもいいと言っていたし、少しだけここで本を読んでいこうかな。そう思って目についた本を手に取り、暖かそうな場所を選んで座った。
読書は好きだ。誰が書いたか分からない、例えいい加減な話だとしても初めて読む本にはいつもワクワクする。今手に取った本も内容からするに普通に所持していたらまずいものだろうけれど、イラスト付きで書かれた壁の外に広がる世界に、驚きと僅かな興奮を感じた。誰がこんなものを置いていったのか分からないが、その人に感謝しなければ。

それからしばらくの間時間を忘れて本を読み耽っていた私は、静かに開いた扉に気付くことができなかった。パタリと閉じられた音がした時、ようやく誰かが入ってきたことに気付く。
そこに立っていたのは見たことのない男の子だった。

「あ、…!」

私を見るなり驚いたような顔をしたと思ったらびしりと敬礼をされ、なんだかデジャブを感じる。サシャもエレンも、初めて会った時には物凄くいい敬礼をしてくれたからだ。それを思い出し目の前に立つこの小柄な少年は新兵の一人なのだと理解した。そういえば見たことがあるような気もする。なんて思いつつ男の子を見れば、敬礼のまま声を響かせる。

「お邪魔をしてしまい、申し訳ありません…!ナマエ分隊長!」
「え?私のこと知ってるの?」
「はい、勿論です!」
「えぇと、君は誰?」
「新兵の、アルミン・アルレルトです!」

ああ、思い出した。
確かこの子は審議所で参考人として立ち会っていたエレンの友人だ。だから私のことを知っているのかもしれない。丁寧なのはいいことだけれど、ただの趣味でここに居座っている私にこんな素晴らしい挨拶をしてくれるなんて、何だか申し訳ない気持ちになる。

「そう、アルミン。とりあえず敬礼下ろしてね?」
「は、はい!」
「君も本を読みにきたの?」
「え…?…はい…」
「本、好きなんだ」
「は、い…あの、先輩方にこの書庫のことを教えてもらって…是非来てみたいと思っていたんです」
「そっか、じゃあ一緒に読書しましょう」
「え…?い、いいんですか?」
「もちろん」

緊張しているのか少しおどおどしているようだけれど、とても賢そうな子だ。そして人当たりもいい。笑いかけると柔らかい笑顔を返してくれた。
そのさらさらの金色の髪が窓から入る微風でふわりと揺れている。本好きな人には悪い人はいないと思っている私は、彼ともきっと仲良くなれると思う。そんな彼は、数冊の本を手に取り遠慮がちに私の前の席に腰掛けた。そしてちらりと私の方を見たかと思えば、私が広げている本に釘付けになった。

「その、本…」
「あ、これ?適当に取ったんだけど、面白くてつい読み耽っちゃった。外の世界について書いてあるんだ」

半分ほど読んだその本を撫で、「アルミンも読む?」と付け足す。じっと本を見つめるアルミン。返ってきた答えは意外なものだった。

「その本、知っています…」
「え?」
「僕も昔よく読んでいました。祖父が持っていたんです。友達にも見せたらとても喜んでくれて、いつか外の世界を見に行こうって」
「そうなの?あなたもこれを…!」
「はい…でも、やっぱり外の世界の話をするとよく思われないことも多くて……」
「……そんなあなたをエレンが助けてくれたんでしょう?」
「……え?」

声のトーンが落ちた彼にかぶせるように、私はそう言った。彼は途端にバッと顔を上げ、私を見る。
先日エレンと会った時に交わした会話を思い出した。エレンの幼少期の話には必ずアルミンと、もう一人女の子が出てきたのだ。アルミンと本を読み、壁の外の世界に憧れていたということも話してくれた。そうか、この本がそうなのか。
確かにこれは、恐怖を知らない好奇心旺盛な子供ならば壁の外に憧れを抱いてしまうかもしれない。

「どうして、エレンのことを…」
「この前旧本部に行った時、エレンにも会ったの。仲良くなりたかったからちょっと強引にアプローチしてね、色々お話したんだよ」
「ははっ…強引に、ですか?」
「アルミンの話も沢山聞いちゃった」
「そう、だったんですか…」
「うん、だからアルミンに会えて嬉しい」
「…っ、ありがとうございます…」

にこりと笑かけると、頬をピンクに染めて視線を逸らされた。この子も例に漏れず可愛らしい子だ。そしてやはり親友のエレンのことが心配なのかすぐに視線を私へと戻し、今度は真剣な表情を浮かべる。

「あの、分隊長に聞くことじゃないと思うんですが…」
「ん?」
「エレンは…特別班で上手くやっているのでしょうか…」
「あぁ…うん、もちろんだよ。ただ、巨人の力についてはまだまだ不安があるみたい」
「そう、ですよね…」
「心配?…よね、ずっと一緒にいたんだもんね」
「は、い…」

一足先に調査兵団入りしたエレンと、それに続いたアルミン。旧本部と現本部で離れて訓練をする毎日に、不安を感じない訳がない。この子も不安なのだ。エレンがどんな状況で、どんな様子なのか。親友ならば当たり前の感情だ。

「エレンは兵士としてまだまだ未熟だし、巨人の力についてはまだ私達も把握できていない。でも特別班の皆はもちろん、私も彼のことを精一杯サポートするつもりだよ」
「分隊長…」
「それに未熟なのはあなたたち新兵にも言えることだから、来月の壁外調査を成功させられるように一緒に頑張ろう」
「っ、はい!」

上手くフォローできたか分からないが、安心したように笑ってくれたからきっと大丈夫だろう。エルヴィンが見せてくれた成績上位者の名簿にアルミンの名前はなかったけれど、頼もしい親友と共に歩んできた彼はきっと芯が強いのだろう。聡明で、友達想いで、優しい男の子だ。

「あ、もうこんな時間?」

アルミンとのお喋りに夢中になり、時間が経つのを忘れていた。太陽が沈みかけ、オレンジ色に染まった空が見える。
いくら急がなくてもいいと言われたとしてもいい加減戻らないとエルヴィンに怒られる。この本はまたの機会に読むことにしよう。

「私は戻るけど、アルミンは?」
「僕は…もう少しここにいます」
「ん、そっか。じゃあ私は戻るね。今日は話せてよかった、アルミン」
「…!はい!僕もです!」
「あーっ、敬礼いらないってば!」

エレンと同じで妙に気合が入って丁寧だ。そこまで畏まられると逆に困るよ、と笑って言えば「すみません」と少し照れたように笑い返してくれた。

「今度お勧めの本、教えてね」

そう言い残して部屋を出る。背後から元気に聞こえた返事に思わず頬が緩んでしまった。聡明な表情から一転した嬉しそうな表情は、こちらまで笑顔になってしまうほど素敵だった。

きみの光が当たっている
130824
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