リトル・バイ・リトル | ナノ


「あぁー、お腹すいたぁ…」

相変わらず忙しい毎日。といっても今日の忙しさはいつもと違う意味であった。と、いうのも早朝からハンジの巨人談義に散々付き合わされ、お昼を過ぎて数時間が経った今さっき、ようやく解放されたのだ。安易な気持ちで研究の進捗具合なんて聞かなければよかった。と、後悔しても遅い。空腹に苛まれながら、ハンジの勢いに圧されどっと疲れた身体を引きずり食堂を目指す。よく考えたら朝食も中途半端なままにハンジに部屋へと連れていかれたから、今日はまだほとんど何も口にしていないことになる。

「もう何もないかなぁ…」

こんな時間帯では、もう何も残っていないかもしれない。あまり期待せずに食堂へ赴けば、なけなしのパンが残っていた。ハンジのせいで今日は全く仕事をこなせていないから食べながらやろう。そう思って小さなパン二つを持って部屋へと向かった。


「ん?」

食堂を出て少し進んだ廊下の途中、不思議な光景を目にし立ち止まった。
数メートル先でこそこそと扉に耳を付けて中の様子を伺っている兵士がいたのだ。
確かあの部屋は食糧庫。怪しい、怪しすぎる。しばらく息を潜めて様子を伺っていたが、どうも挙動不審なので声を掛けてみることにした。

「ねぇ」
「ひ、ひぃぃぃっ!」
「……え!?」

一言声を掛けただけとは思えないような驚きように思わず私まで驚く。目の前の女の子は雄叫びを上げた後、すぐさま敬礼のポーズをとりビシッと此方を向いた。

「も、申し訳ありません…っ!!」
「え…?あー、えぇと…とりあえず、あなた名前は?」
「サシャ・ブラウスです!」
「そう。私は分隊長やってるナマエ…」
「ひぃっ!ぶ、分隊長…!」

私がファミリーネームを言う前に彼女は再び泣きそうな声を上げた。忙しない子だ。敬礼のままダラダラと汗をかき、かと思えば会話の途中にチラチラと食糧庫の扉を見る。
見たことのない顔だし私のことを知らない様子からするにおそらくこの子は先日入団した新兵の一人だろう。早く会いたいと思っていた記念すべき一人目がこんな変な子とは。いや、変な子というよりは、面白いの方がしっくりくるか。

「ねぇ、サシャ・ブラウス」
「はっ、はひっ!」
「あなた、お腹が空いているの?」
「へ、へ…?」
「あなたが様子を伺っていたのは食糧庫なの」
「はっ!やっぱり!道理でいい匂いがすると……っ!も、申し訳ありません!」
「……ふふ」

もうだめだ、笑ってしまいそう。一挙一動がいちいち面白くて、完全にこの子は私のツボだと分かった。
私自身もお腹が空いていたはずなのに、予期せぬ出会いに空腹はどこかへ行ってしまったようだ。私は数時間後の夕食の時に沢山食べることにしよう。そうなれば、先程食堂でもらったパンの行き先はもう決まっている。

「お腹が空いているなら、パン食べる?」
「……え!?」
「こっちおいで。お茶飲みながら食べなさい」
「はっ、はい…っ!」

忙しないけど、素直な子だ。私の言葉に目を輝かせ、とてつもなく嬉しそうな顔をした。そして私が踵を返し食堂へ向かうと、後ろから軽い足取りで着いてくる。
誰もいない食堂で紅茶を二人分入れ、そわそわと辺りを見渡す彼女の前に座る。そして食べるつもりだったパンを二つ差し出せば、また目を輝かせてごくりと喉を鳴らすのが見えた。

「どうぞ」
「えっ、でも、あの…二つもいいんでしょうか?ナマエ分隊長のは…」
「私は大丈夫。夕食の時に沢山食べるから。ほら、食べて」
「っ、はい!い、いただきます!」
「はぁい」

美味しそうに物を食べる子だ。残り物のパンなのに、彼女にかかれば美味しそうなご馳走に見えるという不思議。
まだ入団したばかりだというのに、今日の訓練は空腹のあまり食糧庫に侵入しそうになるほどハードだったのだろうか。他の子もお腹を空かせていないだろうか。さすがに全員分の差し入れはないけれど。

「美味しい?」
「はいっ!パンも紅茶も美味しいです!幸せです!!」
「それはよかった」
「ナマエ分隊長、このご恩は忘れません!分隊長は神様です!」
「あはは、大袈裟だなぁ」

彼女は口の端にパンの食べかすを付けて満面の笑みを向ける。その笑顔に私も頬が緩んだ。
忙しなくて素直で、物凄く美味しそうに食べる子。それが彼女、サシャ・ブラウスの印象である。

透明のままでいよう
130818
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