リトル・バイ・リトル | ナノ

澄み渡る晴天、壁外調査当日。
不思議と目覚めはよく、朝食も進んだ。いつものように髪を結い上げ、立体機動装置を装着する。愛馬を連れて、準備は万端である。



「エレン!」

本部を出る直前に、旧本部から一度現本部へと立ち寄ったエレンに会うことができた。名前を呼べば途端に表情が明るくなるあたり、やはり彼は可愛いところがある。彼にも遠征前にもう一度会えてよかった。

「おはようございます、ナマエさん!」
「おはよう。エレン、昨日はよく眠れた?」
「は……は、い」
「あ、もしかしてあんまり寝れなかった?」
「う、…色々、考えてしまって…その…すみません…」

無理もない、か。彼には様々な重圧がのし掛かっている。期待は勿論、プレッシャーも、何もかも。私に推し量れるはずもないほどの重圧がわずか15歳の少年にかけられているのだ。
ほんの少しでいい。口元を緩めて笑顔を見せてはくれないかと、眉根を下げる彼の頭をぽん、と撫でる。すると彼は俯いていた顔をパッと上げ、ようやく私と視線がぶつかった。

「ナマエさん…?」
「エレン、戻ったら対人格闘でもしましょう」
「…え?」
「エレンってば訓練兵時代の対人格闘の成績、一番よかったんだって?あれ、ミカサを除けばだっけ…?」
「え、いや、あの…何で、それを…?」
「この前君の同期の子達と対人格闘してさ、その時にエレンのことも聞いたの」
「えっ、あいつらとですか…!?」
「うん、ライナーも投げ飛ばしてやったよ」
「す、すげぇ…」

先程の情けない表情が一転、再び垣間見えた明るい表情にほっと胸を撫で下ろす。やっぱりこの子はこういう表情をしていた方がいい。年相応のあどけない笑顔が一番安心できる。
できることならば、再びこの場所へ帰還し笑いかけてくれる彼を見たいものだ。――いや、できることなら、ではなくそうしなければならない。そのために戦うことを私は決して厭わないし、きっと彼を守るべく配置された兵士達も同じ気持ちでいてくれていると思う。

「ナマエさん、俺、頑張ります」
「…うん」
「だから、帰ってきたら是非…お相手よろしくお願いします」
「……ん、こちらこそ、よろしく」

笑顔でそう言えば、彼もまた素敵な笑顔を見せてくれた。
向こうでペトラがエレンを呼んでいる。そろそろ私も出発しなければならない。最後にびしりと敬礼をしてくれたエレンの背中をそっと押し、私は彼に手を振った。



隊列を整え出発のために門へと向かえば、自ずと昂揚感と緊張が混ざったような気持ちが押し寄せてくる。次第に近付く大きな門。
ふと何気なく周りを見渡せば少し離れた所にリヴァイを見つけた。昨日の約束を思い出して何だか気恥ずかしいが、やはり彼の顔ももう一度見ることができてよかった。一瞬視線が合い、数秒後にはお互い前を向く。――そろそろ時間だ。

「いよいよ、か」

この一ヶ月で少しずつ、少しずつ築き上げた104期新兵達との関係は、今や私にとってかけがえのないものとなっている。命を繋げたい理由の一つに、既に彼らはしっかりと数えられるのだ。私にとってそうであるように、彼らにとってもそうであってほしい。

何かを伝えたいと思っていたはずが逆にたくさんの素敵な時間をもらった。彼らと再びこの門をくぐれるよう、精一杯生きようじゃないか。
そんな想いと、あっという間に過ぎ去った時間を胸に私は手綱をぎゅっと握り返した。

壁の向こうには空がある
130916
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