リトル・バイ・リトル | ナノ
未だ騒いでいるサシャとコニーを残し食堂を出て部屋へと戻ったあと、立体機動装置の手入れでもしようかと思い工具室へと向かった。まだ時間があるし、手入れをしてからゆっくりとお風呂に入ろう。きっと壁外調査から帰ったあとは報告書や何やらに追われて、ゆっくり休んでいる暇もないだろうから。
そんなことを考えていると、工具室に到着した。どうやら中に誰か人がいるのか、扉の隙間から明かりが漏れている。小さくノックをして、扉を開けた。
「ナマエ分隊長?」
「あれっ、アルミンにミカサ…お疲れ様」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
机いっぱいに工具を広げ、二人は立体機動装置の手入れをしているようだった。私が部屋に入ると二人ともバッと顔を上げ、驚いたような表情になる。けれどそれも一瞬で、すぐに笑顔で挨拶をしてくれた。
「二人も立体機動装置の手入れ?」
「はい、もう明後日なので…最後に点検をしておこうかと思って…」
「私も、いいかな?」
「あ、はい!ここどうぞ!」
すぐに机を空けてくれた二人に礼を言い、椅子に座り装置を磨くミカサの隣に腰掛ける。
二人とも真面目だなぁ。念入りに装置を手入れする様子を横目に、私も自分の立体機動装置を机に置く。訓練兵団から迷わず調査兵団に入団し、今まで共に戦ってきた相棒だ。どんなに綺麗に磨いてもすぐに傷付いてしまう装置は、私のこれまでの軌跡でもある。
そんな私の年季の入った装置を、アルミンとミカサは手を止めてじっと見ていた。
「ん、どーした?」
「あの…すごく、使い込まれているなぁ、って…」
「うん、汚いでしょこれ。ずっと使ってるからなぁ」
「ずっと、ですか…?」
「うん、ずっと。これまで私が生きてこられたのは、この相棒のおかげ」
アルミンの言葉にそう言って笑うと、彼は小さく息を呑んだ。視線は未だに私の立体機動装置へ注がれたままだ。無数についた小さな傷跡に、私がこれまで歩んできた険しい道を感じ取ったのかもしれない。いよいよ近付いてきた壁外へと初めて出る日に恐怖を感じているようにも取れた。何か彼の不安を取り除いてあげられるようなことを言った方がいいのかとも思ったが、ここでそんな曖昧な優しさを与えては逆に残酷なのかもしれない。そう思い私は、少しばかり青い顔をするアルミンをただ黙って見つめていた。
そして次の瞬間、口を開いたのはミカサだった。
「……ナマエ分隊長は、守りたいものはありますか」
ぽつり、と告げられたその問いの向こう側に、私はミカサの本質を見たような気がした。なぜこんな質問を私に投げかけたのか少しばかり不思議だったが、もしかしたら彼女も彼女なりにどこか不安を感じていたのかもしれない。
それでも彼女の守りたいものは、きっとただ一つだ。私に向けられた真っ直ぐな視線がそれを物語っている。
「あるよ。私にも、両手で抱えきれないほど守りたいものがある」
「…それは、ナマエ分隊長の力になっていますか」
「もちろん。守りたいものがあるから強くいられる。……あなたもそうでしょう、ミカサ」
「…はい」
一言そう呟き、ミカサはわずかに口元を緩めた。ようやく見ることのできた彼女の笑顔に、私はどうしようもなく嬉しくなる。と同時に揺らぐことのない決意がその瞳に見え、心強さと危うさを感じたのだ。
そしてミカサに続いてアルミンも先程とは一転し、力強い口調で言う。
「僕にも、あります…」
「………」
「僕は弱いけど、僕にも守りたいものがあります…」
「うん、」
「だから…っ、この立体機動装置がボロボロになるまで、戦い続けたいです」
この子は、本当に――
今はまだまだ未熟でも、きっとめまぐるしく成長を遂げるのだろうと想像できた。エレンと、ミカサ、そしてアルミン。この三人はそれぞれ危ういところも弱いところもあるけれど、それぞれがそれぞれを補い三人でこれまでやってきたのだろう。そしてこの先も、例えば立体機動装置がボロボロの傷まみれになるまで、三人揃って戦い続けるのだ。今夜初めて見た二人の真摯な瞳に、なぜだかそう思えてやまなかった。
同じひかりを見ていよう
130911