リトル・バイ・リトル | ナノ
壁外調査を数日後に控えたある日、私達調査兵団は実践訓練を行っていた。
本部から出て馬を走らせ当日の配置や連携などを確認していく。他の班も同様に訓練を行っているようで、中には緊張した面持ちの新兵達の姿も見えた。
「よしっ、じゃあ今日はここまで。少し休憩を取ったら帰還するよ!」
風も気持ちいいので、部下達に最終確認も含めた休憩を取らせる。私も馬から降り、ここまで走ってくれた愛馬を撫でた。気持ち良さそうに目を瞑る愛馬から視線を移せば、少し離れたところに見慣れた黒い馬が見えた。
「リヴァイ…」
思わず口に出したその名前。リヴァイ率いる特別班の姿がそこにはあった。
それに気付いたのは私だけでなかったらしく、周りで休む部下達が好奇の声を上げる。
「ナマエ分隊長ー、リヴァイ兵長がいらっしゃいますよ?」
「ここは自分に任せて、挨拶してらしたらどうですか!?」
「ほらっ、分隊長早く!」
こいつら、先日の私の失態――例のお姫様抱っこの件により私とリヴァイの関係を知ったものだから、それ以来とにかく私をからかいたくて仕方ないようだ。嫌な気はしないけれど、とにかくくすぐったくて恥ずかしい。できることなら放っておいてほしいのに。
けれどそっと背中を押してくれる彼らをどうしたって邪険に扱うことはできないのだ。
「リヴァイ!」
「あぁ、ナマエか。お前達も実践訓練か?」
「うん、もう帰還するんだけどね。そっちも?」
「あぁ」
結局部下達の楽しそうな笑みを背後に、私はリヴァイ班の元へやって来た。リヴァイから少し離れた所でエレンを含む班員が図面を囲んでいるのが見える。よかった、エレンは上手くやっているようだ。少し安心してそちらを見ていると、リヴァイがぽつりと言う。
「お前、足はいいのか?まだ安静にしていた方がいいんじゃねぇのか」
「大丈夫だってば、リヴァイは心配性だなぁ。まずいと思ったらちゃんと休むから、心配しないで」
「別に心配なんざしてねぇよ」
「またまたぁ」
ぷい、と視線を逸らしてしまうリヴァイ。こういう態度をするのは図星をつかれた時だ。隠し切れていない優しさに思わず頬を緩めれば、「笑ってんじゃねぇよ」と頭をはたかれた。
思わず声を上げて笑えば、図面から顔を上げたエレンがこちらを向いた。途端に明るくなるその表情。同時にリヴァイが少しばかり眉をひそめたが、それには気付かない振りだ。
「ナマエさん!」
「エレン、皆ー、お疲れ様ー!」
「お疲れ様です!」
リヴァイから離れエレン達に近付けば、皆それぞれ元気に返事をしてくれる。初めてエレンと話した時には彼はまだこの班に不安を感じていたようだけれど、今やその不安はほとんど解消されているように見えた。それはきっとリヴァイをはじめとした、班員のおかげなのだろう。
「エレン、上手くやってる?」
「はい、問題ありません!」
「ナマエ分隊長、エレンったら分隊長に会いたがっていたんですよ」
「ペトラさん…!?な、何言って…!」
「そうなの?それは嬉しいなぁ」
「おいクソガキ、お前調子に乗るなよ」
「何でお前がキレるんだよ、オルオ」
相変わらず賑やかしいリヴァイ班である。
エレンは本当に上手くやっているようで、心から安心した。この分なら来たる壁外調査でも何かしらの結果を期待できるかもしれない。あくまでも期待にすぎないが、ここでエレンが班員といい関係を築けていることは評価に値することだ。ペトラの手の甲に血の滲んだ真新しい噛み跡がついていたのは、きっと何か関係があるのだろう。
「そういえば、エレン」
「は、はい!」
「本部でね、あなたの同期の子達に会ったよ」
「え!?本当ですか!?」
これまで出会って話をした新兵の子達の話をすれば、エレンはその大きな目を輝かせる。自分だけが別行動を取っているため同期の様子はあまり分からないのだろう。サシャに餌付けをしたら懐かれたという話をすれば驚きつつも安心したように笑っていた。
「ミカサとアルミン…あの子達、エレンのことをすごく心配していた」
「え!?あいつら、やっぱり調査兵団に…!」
「特にミカサね、エレンは無事かってもう、凄まれちゃって。あなたのことがすごく大切みたい。アルミンも心配してたよ」
「あいつは…、ミカサのやつ……アルミンまで…」
困ったように笑うエレンの目元には、わずかに嬉しさが宿っていた。やはり幼馴染は特別なのだろう。その表情を見れば、ミカサやアルミンと同じようにエレン自身も二人を大切に思っているということが分かった。
そんなエレンの笑顔に安心し、ちらりと視線を移せば新兵の子達の集団が見えた。
「ねぇ、エレン。あそこにいるのあなたの同期の子達じゃない?」
「え?…あ!本当だ!」
「行ってきたら?」
「でも…」
迷ったようにちらちらと同期を見るエレンの背中を、私はそっと押してやる。するとエレンは一番近くにいたオルオに律儀に確認を取ったのち、同期の元へと駆けていった。
さて、私もそろそろ戻るとしようか。いい加減部下を野放しにしすぎた。
「ナマエ分隊長、戻られるんですか?」
「うん、部下を待たせているからね。ペトラ、私がこんなこと言うのは筋違いかもしれないけど、エレンのことちゃんと見てやってね」
「!はい、もちろんです!」
笑顔でそう答えてくれたペトラに私も微笑み返し、今度はリヴァイの元へ向かう。私は本部へ、リヴァイは旧本部へと帰還するため、またしばしの別れだ。このまま問題なくいけば次に会うのは壁外調査当日になるかもしれない。
「じゃあ、戻るね」
「あぁ。足、無理はするなよ」
「うん、分かってる。ありがとう、リヴァイ」
分かり辛い優しさに、にこりと微笑めばまたもやそっぽを向かれてしまう。これはきっと照れているのだ。
少し離れた所からは私を呼ぶ声が聞こえてくる。「ナマエ分隊長ー!」そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえている。「帰還しますよー!」まったく、どちらが隊長か分からない。
適当に返事をしていると、リヴァイは可笑しそうに口元を緩めた。あ、その顔久しぶりに見た。
「お前のところは誰が隊長なんだ?」
「うーん、誰だろう。一応私のはずなんだけどなぁ」
「…さっさと行け」
「はぁい」
少し強くなった風に押され、リヴァイの元を離れる。私の愛馬を連れた部下達のところへ戻れば、さっき以上に好奇の視線を向けられたものだから何も言わずに馬に飛び乗った。
まだ笑っていられる
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