4600hitリク(白狐様)



その男との出会いは衝撃であった。
今日、新しい部下が着任すると聞いた。
曹操が新しい人材を獲得したらしい。
まあ、それはいつもの事であるのは確かだ。
でも、決まった時間にその者は姿を現さない。
これはどういう事か?
夏侯淵はとりあえず様子を見ようと城塞の門の前で待とうとした。
相変わらずの良い天候が恨めしい。
なんでこんな良い天候の中をこんな処で人を待たなきゃならないんだ。
夏侯淵は溜め息をついた。
地平線の向こうから砂塵が舞うのが見えた。
「何だ、ありゃ?」
よく目を凝らして見れば馬が暴れてこちらに向かってくるではないか。
「誰か、と、止めて下さい〜!」
乗馬していた男は涙目で馬に必死に縋り付き落馬しないように手綱を掴み馬にしがみついていた。

【出会いは衝撃でした】

「おいおい、まじかよ…」
一頭の馬はこちらに走り込んでくる。
夏侯淵は得意の武器である弓を構えると馬の足元を狙いを定めると矢を放った。
矢は確実に馬の足元に刺さる。
馬は驚き、勢いを弱らせ走りが止まる。
急に馬が止まると乗馬をしていた男は勢いよく、振り落とされそうになる。
「うわあああ〜っ!」
地面に落ちると思った男は来るであろう衝撃に目を閉じた。
だが一向に痛みはない。
ボスンと何かが自分の身体を抱き留めていた。
男は恐る恐る目を見開く。
「よう、大丈夫か?」
「あっ、はいっ!」
男は自分を抱き留める夏侯淵を見ると直ぐさま返事を返す。
「そっか、何処か怪我でも負ってないか?」
「だ、大丈夫です…」
「それは何よりだ」
夏侯淵は抱き留めていた男をゆっくり地面に降ろす。
「助けてくれまして感謝します…」
「いやいや、流石に驚いたけどな。まあ無事で何よりだ」
男は夏侯淵に礼をいうと深々と頭を下げた。
「あの、名乗るのが遅れましたが私は郭淮と申します。字は拍済と申します…曹操様にお目に掛かり、今日からこちらに着任になります」
「なっ、お前が俺の部下になる奴か!?」
「えっ、それでは貴方が私の上司になるのですか?」
夏侯淵は驚いた。
助けた男は今日から自分の部下になる男であった事に。
「名乗るのが遅れたな。俺は夏侯淵だ。字は妙才と言う、よろしくな…」
「はい、こちらこそ今日からお世話になります…」
郭淮は改めて夏侯淵に挨拶をして頭を下げた。
まさか助けた男が部下とは信じられない様子で夏侯淵は郭淮を見つめた。こんな細っこい身体で俺の配下は務まるかが逆に心配になる。
だが、あの曹操が目に掛けたのだ。
それなりに役に立つのであろうか?
「郭淮は、軍師としての任務を果してもらうぞ…」
「はい…」
「さて、挨拶は済んだ処で郭淮は先に荷物を屋敷に運んでおけよ。馬は無事なようだし。俺の部下にも手伝わせてやるから」
「はい、ありがとうございます…」
夏侯淵は数人の部下を呼び郭淮の事を頼むと夏侯淵は自分の執務室へと向かった。
まさか、あの男が自分の配下で軍師として着任するとは思わなかった。
それにしても軽かったな。
郭淮の身体は細くいつ身体を壊してもおかしくない。
顔色も悪かったのも気になる。
夏侯淵は執務室に入ると椅子に腰掛けて机に肘をついて溜め息をついた。
「…これからどうなるやら」
夏侯淵は一抹の不安を拭い切れない。
だが、それが夏侯淵と郭淮が互いを信頼し進むべき道を歩む為の出会いとは思わないだろう。
そしてその出会いが運命の輪を動かすきっかけになるとも知らずに時は流れていく。



それから数日後――――。
郭淮は環境に馴れてきたのか職務は順調であった。
夏侯淵の補佐役として様々な執務を熟していく。
彼の能力は夏侯淵にとって必要不可欠になりつつあった。
「夏侯淵将軍、こちらは昨日頼まれた木簡です、必要事項は全て終わらせてます」
「もう終わったのか?あれは調べるのに数人掛かりでも一週間は掛かるものだぞ」
「私にはどうさもない事です」
流石、曹操がお目に掛かっただけの事はある。
だが顔色が冴えないのも気になる。
「郭淮…お前、ちゃんと寝ているのか?」
「えっ…?」
「睡眠を削ってでも仕事をしないでくれないか」
夏侯淵は郭淮の頬に触れて撫でた。
「それに目の下にクマも出来てるぞ…」
「これはとんだはしたない姿を見せてしまいましたね」
郭淮は作り笑いを浮かべた。
「郭淮、今日の職務はしなくていい。お前は屋敷に帰って身体を休めてくれ…」
夏侯淵は溜め息混じりに呟く。
「私は将軍のお役に立ちたいのです。だからお側に置いて欲しい…」
「ああ、お前は充分過ぎる程に役に立つ。だが肝心な時に倒れられても困るから休めと言っているんだ…」
夏侯淵は優しく呟くと郭淮の頭を撫でた。
「解りました…今日は屋敷に戻ってゆっくり休みます」
「ああ、そうしておけ…」
郭淮は夏侯淵に深々と頭を下げて執務室を出て行く。
ゆっくりと閉まる扉を見ながら夏侯淵は郭淮を見送った。
一人になった夏侯淵は自分の椅子に腰掛けて先程、郭淮から受けとった木簡を見る。
やはり抜けた箇所はなく完璧な内容。
誰もが解りやすく細かく記載されていた。
「流石と言うべきか…」
文句なしの出来栄えなのだが、夏侯淵はあまり嬉しいとは思えない。
郭淮があんな顔色で笑顔を見せたからであろう。
まるで自分を追い込ませて苦しませているようにしか見えない。
自分を認めて欲しくて必死な様子。
気持ちは分からなくはないが。
自分の体調も管理出来ない以上では何も望めない。
しかし、彼に触れた時に何故か胸の鼓動が高鳴ったのが不思議だ。
あまり接する事をしてなかったから余計に感じてしまった。
不可解な感情は夏侯淵の心の奥底で湧きあがり溢れていく。
その気持ちが何なのかを夏侯淵が気付くのはもっと後であった。

夏侯淵から突然の休暇を取れと言われた郭淮はゆっくりとした歩みで自分の屋敷へと帰る。
そんなに顔色が悪いのであろうか。
最近は周囲の声さえも耳に届かないぐらいに仕事に集中していた気がする。
夏侯淵から頼りにされたい、信頼出来るようになりたい。
夏侯淵のお役に立つ事が現在(いま)の郭淮をつき動かす。
屋敷に戻った郭淮は手鏡を持ち自分の顔を映す。
「なんて酷い顔でしょうか…将軍が休めと言う訳が解った」
郭淮はやっと自分の体調が優れないのに気づいた。
郭淮は夏侯淵の言う通りに身体を休める事にしたのであった。
それから数刻が過ぎる。
寝台の中で意識を回復した郭淮はゆっくりと起き上がる。
何時まで眠っていたのであろうか。
やはり寝てた為か身体の調子は幾分はよくなった。
この調子で休めておけば再び夏侯淵のお役に立てる。
その嬉しさに笑顔を浮かべた。
郭淮の中で日に日に増して夏侯淵の存在が大きくなる。
こんなにも誰かの為に尽くして過ごせるのが幸せだと感じたのは初めてで、郭淮は段々と夏侯淵に惹かれていくのであった。
それからと言うもの夏侯淵と郭淮の関係が主従関係だけでは無くなっていった。
夏侯淵はいつもと変わらぬ態度で接してはいるがやはり郭淮の存在が夏侯淵の心を占めていくのを日々感じていく。
そして郭淮は夏侯淵の側に常に存在していた。
夏侯淵の役に立つ事で彼の側に長くいられるだけではなく親密を更に増していくからだ。
夏侯淵に接する態度は明らかに最初の頃とは違っていたのを薄々気づいていた夏侯淵は郭淮の態度に疑問を持ち始めていた。
何故か郭淮が気になって仕方ないのだ。
ずっと彼の事を考えている気がしてならない。
「はぁ、俺はどうしちゃったんだよ…」
夏侯淵は溜め息をついた。
「何をそんなに溜め息をついている」
「惇兄…」
声を掛けたのは夏侯惇であった。
夏侯惇は夏侯淵の側に歩み寄る。
「最近、気になる奴がいてな。どうもそいつの事が気になって仕方ないんだ…」
「そいつは誰だ?」
「先月、俺の軍師として着任した郭淮って奴だ。頭はきれる奴で仕事の腕は申し分なしで優秀なんだよな…」
「ほう、淵が気になる奴がいるとはな。それで溜め息の原因はその男か?」
「まあな…」
夏侯惇は夏侯淵の話を聞いたが感情を表には出さないが夏侯惇はあまり良い印象を持たなかった。
「淵はどうしたいんだ。悩んでいてはまるで恋に悩む乙女みたいだな」
「惇兄、何を言っているんだ!」
流石に夏侯淵は焦ってしまう。
まさか、そんな事がある訳ないではないか。
相手は男で、部下であるんだ。
彼を恋愛対象としては見ては無かった。
だとしても夏侯惇がそんな事を言ってしまえば自覚するのは早かった。
「………っ」
夏侯淵は顔を真っ赤に染めた。
「まさか淵、本気でそいつが好きなのか?」
「解らない。好きかどうかなんてただ、彼の事を考えている時が増えたのは確かだ…」
自覚してないのかしているのか、夏侯淵は複雑な心境を抱えていた。
「気になるなら想いを相手に打ち明けたらどうだ?」
「でも迷惑だったらと思うとな中々告白できないだろうな…」
夏侯淵は溜め息をついた。
「とにかく、淵は相手に告白するかはお前が選べ。それで好きな奴がどうでるかは勝手だがな」
夏侯惇は夏侯淵の頭を撫でた。
「惇兄…ありがとな」
「礼を言われる理由はないぞ」
「それでも礼は言いたかったんだ」
「そうか…」
夏侯惇は夏侯淵に笑みを浮かべた後、その場を立ち去った。
何だかんだで片思いをしていると気づかされた夏侯淵は告白するかどうか迷っていた。
本当に告白をして上手くいくかどうかだ。
俺を好きになってくれる訳ないか。
あいつには妻がいるからだ。
どうしたらよいのか?
悩みに悩んでいた処に郭淮が夏侯淵の側に近づいた。
「将軍、貴方にどうしても伝えたい事があります」
「伝えたい事って何だ?」
郭淮の言葉に夏侯淵は問い掛けた。
「私は貴方の事が好きなんです…」
郭淮は夏侯淵に告白した。
「えっ…」
「貴方と初めて会ったあの日から私は貴方に恋をしたのです。どうか…私の想いを受けとって下さい」
信じられない様子で夏侯淵は郭淮を見た。
郭淮は自分の事を好きと言ってくれた。
こんな俺を想っていてくれていたなんて嬉しい。
「郭淮…お、俺もお前の事が気になってたんだ。もしかしたら俺も郭淮の事が好きになっちゃったかもしれない」
「将軍、それは本当ですか?」
「まだ解らないけど俺は上手く表現出来なくてなんて言ったら言いのか…」
「それでも私を好きになってくれたのは嬉しいです」
郭淮は夏侯淵を引き寄せ抱きしめる。
「郭淮…何を?」
「私は貴方を愛してます。少しでも貴方が私を想ってくれるのならそれ以上は望みません」
「郭淮…そんな顔をするなよな。俺はお前の気持ち凄く嬉しかったんだぞ」
夏侯淵は照れ臭いのか郭淮から目線を反らした。
「俺も郭淮が好きだぜ。それじゃ駄目か?」
「いいえ、嬉しいです将軍!」
郭淮は夏侯淵を抱きしめたまま嬉しそうであった。
「結局、俺達は両想いだったんだな…」
「そうなりますね」
「これからも俺の側にいてくれるか?」
「はい、私で良ければ喜んで貴方のお側にいます」
「そっか…」
「将軍、大好きです…」
郭淮はゆっくりと夏侯淵に口づけた。
夏侯淵も郭淮からの口づけを素直に受け取るとその背中に腕を回した。

出会いは衝撃だったけど、貴方に出会えた事は奇跡のようで。

巡り会えた事を神に感謝したい。

いつまでも貴方と共に生きられたら幸せです。

二人はいつまでもその温もりを確かめ合った。





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