雨



雨はいい。
全てを洗い流す。
思いも記憶も罪も全てを。
冷たくて心の汚れを流してくれる。
涙を流す代わりに雨が隠してくれる。
戦場にいた時も雨が全てを流してくれた。
血の臭いと汚れを。
自分が犯した罪を流してくれた。
だけどどんなに生き延びようと、自分の両手は血に染まっていて消して消える事がなかった。
偉大なる英雄と呼ばれていてもやっている事は殺戮と変わらない。
自分は決して幸せにはなれない。
自分の足元には多くの仲間の屍が埋もれている。
大切な仲間達の犠牲の上で今の自分がいるのだから。
あの戦の中で自分も死ねたらこんな思いはしなかっただろうな。
雨は昔の事を思い出す鍵となる。
そして罪に悩まされる。
それでも彼らは私に生きろと言った。
多くの仲間達がそう告げては敵に立ち向かい命を落とした。
私は無力だ。
また何も出来なかった。
誰も守れなかった。
目の前で仲間が傷つく姿はもう見たくはない。
心からの叫びは誰にも届かない。
泣いて、泣いて、泣いてもこの思いは神にも届かない。

「生きろ、曹仁殿…」
「…張遼」
「貴方はこの部隊の長です、死んだ者の為にも生きろ」

張遼は戦場で泣いている曹仁を抱き締めた。

「だけど、私はまた何も出来なかったのに」
「それでもだ、お前を生かすように庇った奴等の為に生き抜くんだ…それでなくては奴等の死が無駄になる」
「生き延びても私はまた誰かを死なせるだけだ…」

曹仁はこの辛い苦しみから逃れたかった。
そんな曹仁の姿に張遼は曹仁を殴り付けた。

「曹仁殿、弱音を吐くな!!」
「…っ」
「そんな自分勝手の道理が通ると思ってんなっ、お前がそんな事で泣いているなら戦は終わりだ、敵に滅ぼされるだけだ」

張遼はこんな事で曹仁を失いたくはなかった。
自分が唯一認めた希望に全てを託したかった。
自分が出来ない偉業をこの男にその器があると見込んでいた。
希望を失えば確実に、多くの命が敵によって消されるだろう。
「張遼…」
「貴方は何のために、戦っている?貴方の守りたいのは何だ。それを思い出せ…」

張遼の言葉に曹仁は思い出す。
私が守りたいのは人々の笑顔。
私が戦っているのは、敵から多くの人々を守りたいが為に。
そして曹操の覇道を守る為に戦っている。
自分はその事を忘れていた。

「すまなかった、私は大切な事を思い出したよ」

曹仁は自分が情けないと申し訳ないと思った。
仲間達と共に戦い、人々の笑顔と平和を取り戻す為に自分は戦う事を選んだ。
そして敵を倒したい為に武器を手にしたんだ。
そして神に誓った。
自分はこの命にかけても敵を倒し、目的をやり遂げると。
それを自分から破棄するなんてしたくはなかった。

「張遼…貴方がいなかったら私は壊れてしまっていたかもしれない」

罪の重さに悲鳴をあげていたのはたしかだ。
だけどそれが出来なくて弱さを晒して泣いて、張遼に縋った。
自分は強くならなくてはならないのに。

「曹仁殿…強くなる事と強がりは違う。泣きたければ泣け、笑いたければ笑え。感情を殺す必要も無え、ただ素直になればいい」

張遼は曹仁を抱き締めたまま囁いた。

「私は強くなれるであろうか?」

張遼に答えを求めた。

「ああ、強くなれますよ。自分から強くなろうとする者が生きる強さを得るのですから」

張遼の言葉は確かに真実を見抜いていた。
今の自分は未熟だから弱い。
自分自身が拒んでいたようで。
だから必死になっていた。
強くならないと守れるものも守れないと。

「張遼…私は貴方に感謝する。私は大切な事を忘れていた。これからはもう泣き言は言わない」

曹仁の言葉に張遼は笑った。

「それでこそ、曹仁殿だ。私が見込んだ男だ…」

いつの間にか雨は止んでいた。
まるで張遼の心が晴れた事を表すかのように青空が戻っていく。

「さあ、戻りましょうか…」
「ああ…」

曹仁に笑顔が戻っていた。
いつかは貴方が認める程に強くなる。
曹仁は願う。
願いはいつかは現実になる日を目指して強く生きよう。
大切な仲間達の願いと思いを無駄にしない為にも。
私は生きよう。

強く。

強く…。





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