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「あ、隊長…」




総隊長執務室の扉が開き、思ったよりも早く出てきた銀弥
そのまま我々のことなど一瞥もくれずに立ち去って行った彼女に眉をひそめる。



「機嫌、悪いですね…」



臣がつぶやいた。
機嫌の良し悪しで片づけるのは違った気がしたが、槍刃との不仲はもう今更の話であるし、気にしても仕方がない。我々にそれを知るすべもないのだから。

彼女が今しがた出てきたばかりの扉が閉まる前に、因はそのノブを掴んで再び開いた。


・・・





「衛班の因です――…失礼しても宜しいでしょうか」



半ば強引に押し入った因が目にしたのは、壁に向かってぽつんと佇んでいる槍刃の姿。どうやら面もつけていない。
因の声に反応するとゆっくりと面をつけた。そしてこちらへ向いた彼は狐面。



「…ここは衛班の執務室じゃねぇぞ」

「銀弥隊長にはお願いできぬことがありまして、吾ら衛班隊員三名、総隊長に折り入ってお話が…」



因のうしろには勝馬と臣が膝をついて控えている。
それを見て頭をぽりぽりと掻いた槍刃は怠そうに部屋の中心にある執務机へと腰かけた。
吐き捨てるようではあったが「話せ」と許可が下りるやいなや、入り口で控えていた臣と勝馬もさっと因のすぐ後ろまで寄り、さきほどと同じように膝をつく。



「銀弥隊長を、お救いする手立てを、教えていただけませんか」



因の言葉は簡潔だった。
力強く響いた。



「………、…何でオレだ」

「あなた以外にはいません」

「火影がいるだろ」

「あの方は純粋すぎる。…今回の問題は特に、隊長を“売る”か“売らない”かの国家間の歴史上最悪の闇取引である以上、五代目のやり方では詰めが甘いと思えてなりません」

「………。」



槍刃は何も答えない。
因の話を聞いているのかいないのか、机の上に山積みになっている書類を無造作に仕分け始めた様子を見て、因は唇をかんだ。
もうこの男しかいないのだ。
世界の流れをひっくり返すには、銀弥を救うには、この男しか…




「何でもいい、銀弥隊長を失う可能性が少しでも小さくなるなら、なんだってやります」

「オレからも、お願いします槍刃総隊長!オレたちは木の葉ではなくて、銀弥隊長に忠義を誓ったんです…!」

「何かできることがあるはずです…あなたなら、何か策が…」




槍刃は手を止めないまま彼らへ一瞥をくれた。




「あれは元々木の葉の人間じゃねぇ。なんで忠義を誓う」

「敵を裁く刃は強く、里を愛する心は深い。彼女以上に里へ尽くす忍はほかにいません」

「……」

「忠義を誓う理由が他にいりますか」

「…さあ、オレは忠義なんて誓ったことねぇから知らねぇ。そういうもんか」

「そういうものです。あの方のために忍として戦って死にたいのです」



はあ、と盛大な溜息が部屋に響いた。
書類をめくる手をとめ、椅子の背もたれに凭れかかって三人を見下ろした。



「死ねるのか」

「「「はい」」」



彼らの必死の訴えを聞いて、そしてしばらくの間をおいて、槍刃は黙ったまましゅるりと面紐を解いて狐面をはずした。
あらわになった碧い目が、三人の男を映し出す。



「まあいい、ちょうど人手が欲しいと思ってたとこだ」

「「「!」」」

「総隊長になっちまった所為で、碌に身動きできねぇからな」



煩わしそうに眉間を寄せるその顔は木ノ葉で知らぬ者はない、九尾の人柱力・うずまきナルト
知っていたとはいえ、まだ慣れない。
因、勝馬、臣も槍刃にならって面をとって臨んだ。
上司が素顔を晒したときは、部下もそれに倣うのが礼儀であるし、この件に関しては「総隊長」やら「衛班」やらの肩書は無用、という意味を槍刃が暗に示しているのだ。

槍刃は頬杖をついて三人を品定めするかのようにまじまじと眺めている。



「…言ってやってもいいけど、あいつにチクるなよ」

「言いません!たとえ銀弥隊長の命令であっても、黙秘します!」

「当たり前だ」



ふう、と再度槍刃は息を吐く。



「火影は近々起こる水の国のクーデターを支援する気だ。今ある火と水の関係をぶっ壊し新たな国交を築く」

「「「!」」」

「それは構わねぇ。ただ、火影の頭がクーデターの件でいっぱいなのをいいことに、必ず動く男がいる」

「誰です」

「志村ダンゾウだ。お前らに出来ることはあの爺を見張ることくらいだな」



臣と勝馬が疑問符を浮かべる中、因だけは目つきを鋭くした。



「総隊長、ダンゾウは銀弥隊長になにか怨みでもあるのですか」

「何故そう思う」

「先日の魂織暴走の件はダンゾウによる明らかに意図的な計らい、そして以前にも一度…」

「へぇ、木ノ葉崩しのことを知ってんのか、お前」

「総隊長はご存知でしたか!火影様もご存じなかったので…てっきり…」



蚊帳の外にいる臣と勝馬が一体何のことですか!と口を挟むが、内容が内容なだけに因は口ごもる。
何が何でも気になる二人が口喧しく聞いてくるのを、槍刃がちらりと視線を寄越して黙らせた。



「あいつの育ての親――苗字黒海はもともとダンゾウの一番弟子、根の暗部総隊長だった男だ。ダンゾウは銀弥というより、その男のほうに怨みがある。それが銀弥に飛び火したらしい」

「根の暗部総隊長…?今の九曜の前任、ということですか?」

「ダンゾウがその男を恨む理由は…?」



槍刃はあまりこの件に関してべらべらと喋りたくはないらしい。
鬱陶しそうに眉間を寄せたが、彼らとて怯まずに槍刃を強く見上げた。



「うちはイタチの一族抹殺の事件、…あの夜にそいつも苗字一族を抹殺し、ダンゾウの研究資料を盗み里を抜けた」

「そんな大きな事件が…!?なぜイタチの事件ばかりが表立って、その事件は秘匿されているのです」

「里の人間すべての記憶を消したらしい」



ダンゾウが銀弥を貶める理由が明らかになった。
苗字黒海がいまだに謎多き存在だとはいえ、とりあえずは、わかった。

そして自分たちがすべきこと…―――ダンゾウの見張り。それはつまり、根の暗部全体を警戒せよ、ということである。



「しかし総隊長、一概に見張りと言われましても…何を主に疑えばよろしいのか」

「それを見極めるのがお前らの仕事だ」



そう言って、もう話は終わりだといわんばかりに槍刃が狐面をつけた。
それとほぼ同時に執務室の扉が叩かれる。
「総隊長、亀です」
という声がして、因たちも慌てて面をつけて一礼し、踵をかえす。



「もし」



槍刃が言った。



「お前らが今後知り得る情報が、お前らの望むものと反対の方向へ働いたとしても文句はなしだ」

「…それは、どういう…?」

「オレはオレのやり方で、銀弥を“守る”ってことだ」





その言葉の裏には、その文字通りでは分からぬ深い意味が隠れているような気がした。
そんな含みのある言い方を、槍刃がしたからだ。

むしろ今日ここへ来て槍刃が語ったものの中で、最後のその一言がもっとも重要な気がしてならない。
因は返事をためらった。
その真意を理解しないまま頷いたが最後、この男の罠に嵌まったも同然…なんて結果になりはしないか。



「どうした因、分かったらさっさと出ていけ」



だがそんな細やかな抵抗も、槍刃の一言で一掃された。
有無をいわさぬ槍刃の威厳の前に、因は頷かざるを得なかった。


―――お前らの今後知り得る情報が、お前らの望むものと反対の方向へ働いたとしても…


どういう意味だ。
オレたちの望むものと反対の方向へ…それはつまり、銀弥隊長を失うことを意味するのではなかろうか。
だが彼はたしかに隊長を守ると言ったのだ。



「どうしたんです、因さん」

「いや…」



あの男、いったい何を企んでいるのか。



「思ったよりいい奴でしたね、あいつ。あんなにいろいろ教えてくれるとは思ってませんでしたよ」

「確かに、オレも面を取ったのはビックリしました」



オレたちに情報をくれたのも、わざわざ素顔を晒したのも
すべてあの男の計算だったとしたら…



「あの男に一切の気を許すな、臣、勝馬」

「え?」

「なぜ?」




「うずまきナルト…あの男は、思っているより厄介かもしれん」





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