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そんなこんなで紫鏡の誤解も解け、合同任務は無事終了した。

それから数日後
以前総隊長相模と交わした密約を果たす日がくる。

―――つまり、本日、相模の部下との共同任務を決行することになっている。

相模は自分の部下と俺を同じ任務に就かせることで、“銀弥”と“相模”は繋がっているんだと周囲に誇示したいらしい。
ぶっちゃけ名江任務を貰えれば後はどうでもよかった俺は、さっさと済ませてさっさと相模とのややこしい密約を払拭したかった。
こんな面倒くさい任務は今回限りである。


…それに対し、銀弥と任務に出るよう命じられた相模の部下たちは、幻の鳥面暗部と接触できるこの上ない機会に大いに喜んでいた。




「帰りてぇ…」

「とんだ貧乏くじだな…」





―――…いや、彼等もまた、さっさと済ませて帰りたかった。





「…どうする?逃げるか?」

「だが逃げれば相模から罰が下るぞ」

「どの道今夜銀弥に殺されっけどな」

「死ぬとは決まってないだろ?オレ達が何も問題を起こさなければ、銀弥もオレ達を殺したりやしないさ。…そう願う」

「どうせ銀弥なんて槍刃や相模と同類だ。部下の命なんて虫けらのように思ってるだろうよ」



総隊長相模の部下である二人。
…いや、正式には部下“だった”二人。
相模の命令に背いたため他の部隊に飛ばされたが、その後も幾度も問題を起こした末に相模に嫌われ組の彼等である。
今回相模から突然「銀弥と共に任務に就くように」と言い渡され、否応なしに此処へ来たのだ。



「銀弥、か…」

「実在したんだな。幻って言われてる暗部が」

「女だという噂を聞いたことがある」

「んな訳ねーだろ。相模よりも強ぇバケモノが女なら、そいつは最早女じゃねぇぜ」

「…それは差別じゃないか?…まあ、分らなくもないけど」



“銀弥”と“槍刃”
共に幻の暗部と恐れられ、総隊長である相模よりも実力は上だと聞く。
槍刃の方は最近部隊長に正式に就任し、人目に触れられるようになったため幻と言われることは無くなったが、代わりに“同胞殺し”という二つ名がついた。
あいつと共に任務に就いた忍は何かとよく死ぬ。
槍刃に同行した部隊長が今までに二人も死ぬなんて、槍刃が殺したのなんて火を見るよりも明らかな筈なのだが、証拠がないらしく何時もギリギリ監獄を免れている。
そんな腐った忍と名を連ねる“銀弥”だ。そいつもまた腐った忍なのだろう。



「こんな腐った忍社会のために死ぬなんて、オレは御免だぜ」

「でも忍を辞める気はないんだろ?」

「四代目の教えを木ノ葉の忍全員に植え付けてやるまではな!」

「ハイハイ」

「“掟よりも仲間を大切にする”その心こそが火の意志だ!心を殺して暗殺に服するなんてのはただの傭兵だってのが、相模や里の上層部は解ってねぇ」



四代目に憧れる威勢のいい小生意気な青年―――彼の名は臣(シン)
冷静沈着で大人しい青年―――彼の名は勝馬(カツマ)
共に性格は対照的だが、心の根底にある意志は同じ。
“心を殺し、仮面で表情を消す”という忍の在り方に疑問を抱く変わり者であった。



「唯一、因(チナ)副隊長くらいか、それを分かってそうなのは」

「ああ、暗部ん中でもあの人だけは好きだぜ」



そんな彼らの会話を陰に身を顰めて盗み聞いている人物がいた。



「てか銀弥遅くねぇ?」

「…案外、これは相模の嫌がらせだったりしてな」

「え?どういうこと?実はやっぱり鳥面銀弥なんて幻だったってことか…!?」

「相模なら、そんな嘘もあり得るだろう?」



くすっと笑う、銀色。
陰に隠れていた身を呈し、彼等の背後へと忍び寄る。




「大丈夫、“銀弥”は実在するよ」

「「!?」」



気配に気付けなかった二人は咄嗟に声のした背後を振り返る。
そこには銀色の美しい髪に鳥面をつけた暗部が阿吽門に凭れ掛かって立っていた。
澄んだ綺麗な声と、自分たちと比べるとずっと小柄で細い身体―――女だ。



「……お前が、―――銀弥?」



頭に思い描いていた人物像とは遥かに掛け離れた人物を目の当たりにして、臣が唖然と呟く。
一方、二人のくだらない雑談を影からずっと聞いていた銀弥は内心可笑しくて仕方が無い。
自分のことを相模と槍刃と一緒の類と思われている事も、本当は否定したいのだが面白いので敢えて泳がせておくことにする。



「生憎、女で悪かったな」

「「!!」」



今までの会話を全部聞かれていたと知った臣と勝馬は、青褪め冷や汗を掻く。
―――銀弥の機嫌を損ねてしまったのだ。

生きて帰れやしないだろう。










*****







道中に会話は一切無かった。
臣と勝馬は銀弥にいつ殺されるかという恐怖で口を開く余裕など無い。
銀弥の方も、彼等との任務は今回限りなんだし、…と特に情報を交わす必要性など感じていなかった。
ただ、相模が自分との契約のために寄越してきた部下がどれほどの実力なのかは把握しておきたい。
この俺に共同任務を頼んでくるとなれば、それなりの腕の立つ者であるのは当然の礼儀だ。
自分はあいつのために援護契約まで交わしてやったのだから、これでもしこいつ等が雑魚だったとしたら俺を嘗めているとしか思えない。



―――!


そんな矢先、銀弥一行は敵襲を掛けられる。
気を引き締め構えを取る臣、勝馬…そしてそんな彼等を冷静に観察する銀弥。



「お前等…相模が送り込んできたからには、それなりに腕は立つんだろ?」



敵を前にして、焦る様子など一切見せず呑気に銀弥がそんなことを聞いてくる。



「陰で見物させて貰う。お前等の腕がどれ程か」

「この軍政にオレ達二人で戦えと!?」

「俺なら一人で片付く数だ。何か問題でも?」



言い返そうとした勝馬を臣が止める。



「見てればいいさ」

「…」

「どうせ最初から相模と手を組んでオレたちを始末するつもりだったんだろ」

「……」

「どいつもこいつも部下を戦闘兵器にしか思ってねぇ!邪魔になれば駒のように棄てやがる、人間のクズだ!!こんなクズが蔓延る忍世界の為に命を賭けるなんて馬鹿馬鹿しいんだよ!言っとくがテメェみたいなクズの為に死んでやるつもりはねぇからなッ!!」



銀弥は大きなため息を吐いた。
どうやら全く信用されていないらしい。
そもそも暗部とは仮面で表情を隠し、名も性別も人格も伏せ、戦闘兵器として忠実に任務を遂行する暗殺集団のことである。
部下を兵器としか思っていないのは寧ろ暗部のあるべき正しい形であって、こいつの主張は随分的を外れている。
そして俺をクズ呼ばわりしやがった。



「そんなに言うなら戦わなくていいよ」

「…え?」

「お前等の実力はもうどうでもいい。俺一人でやる」



そう言って、純白の刀を口寄せして敵に突っ込んでいった銀弥。
まさか「戦わなくていい」と言われるなんて予想だにしていなかった二人は度肝を抜かれ、暫く茫然と銀弥が刀を振るう様子を眺めていたが
流石に何もしない訳にはいかないだろうと、おどおど戦闘に付いていく。
銀弥はどんどん斬り進んでいき、此処からでは姿を捉えることもできなくなった。
彼女に斬られずに残った残党が臣と勝馬へ襲い掛かる。



「臣…!後ろだ!」

「わかってる…っ、だけど数が多くて対応しきれねぇ!」



抜群の相性で共に助け合いながら何とか敵と渡り合う。
銀弥が一掃した後でさえ、残った敵の数は二人を追い詰めていく。
遂には敵に囲われ、敵の暗器が二人へと振り翳される―――が、それを弾き飛ばしたのは純白の刀。



「俺をクズ呼ばわりしておいて、俺を援護するどころか後を付いて来れさえしない雑魚だったとは…とんだ笑いモンだな」

「っ!」



銀弥から吐かれる皮肉。
…だが、二人はそんな事よりも銀弥が自分たちを護る為に太刀を振るってくれたことに衝撃を受けていた。
自分たちを殺すことがこの任務の狙いではないのか。



「なんで…!なんで助ける!?オレ等を始末するのがてめぇらの目的じゃねぇのか!?」

「違うけど」

「そもそもオレ等…お前のこと散々バカにしたじゃねぇか!ホントは殺してやりてぇと思ってる癖に…!!」

「…クズって言われたくらいで人を殺すバカがどこにいるんだよ」



敵が攻撃を仕掛けてくるのに対し、銀弥が純白の刀でゆっくりと空に円を描く。
舞踊のように手首を撓らせ掌を相手に向けるようにして独特の構えをとる。
―――それからは一瞬だった。
銀色が闇に線を引くように、敵と敵を縫うように、華麗に流れていく。
そして次の瞬間には、敵は全て地に伏しており、純白の刀は真っ赤に染まっていた。



「……すげぇ……」



円転滑脱、まるで舞う様に血を降らす銀弥は恐ろしく、そして―――美しかった。
死骸の焼却を終え、新たな情報を掴み、あっという間に帰還に至る。
帰還の最中にも会話はない。
臣と勝馬は自分たちの言動を恥じ、そして銀弥という忍について改めて深く考えさせられていた。
銀弥の方はというと

(相模の奴…雑魚を送りやがって…)

相模暗殺計画を企てていた。
敵の始末は土流分身に任せ、自らは二人の実力を傍観していたのだが、はっきり言って大したことは無かった。
暗部であればザラにいる程度の、弱くもなければ大して強くもない普通の忍。
無口な黒髪の方が頭脳戦に強いらしく、動きもいい。シカマル型だ。
対して煩い紺色の髪の男はまるでキバ。厳密に言えば土遁を交えた体術戦法型…俺の“男装名”としての闘い方とよく似ていた。



「同胞殺しと言われて、どうして黙ってたんだ…?」



不意に問われた。
紺色の男…臣だ。



「…お前等が俺のことを何と思おうが興味ない。どうせこの小隊は今回限りだ」

「オレ達だけじゃない、暗部にはお前を槍刃と同じ同胞殺しだと思ってる奴は山ほどいる!」



めんどくさい、と銀弥は面の下で顔を顰める。



「周囲がどう思おうが興味ない」

「…っ、」

「…―――でも、お前等の言い分はわかる」

「!」

「俺も相模は嫌いだ。槍刃のやり方も。俺の考え方や徳はあいつ等とは違う」



臣と勝馬の心は銀弥にも理解できた。
彼等と同様…任務という大義を翳して涙もなく人の命を奪う殺戮人形…そんな忍の在り方に疑問を抱き、それを悲観していた。
しかし、俺はあいつ等と出会った。
「ルールや掟を守らない奴はクズ呼ばわりされる。けどな…仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ」
あの時カカシが言った、忍としての在り方が俺は好きだった。
そしてそれが自分の望む忍の在り方でもあった。いわば、こいつ等と志向は同じなのだ。



「だとしても、お前等みたいに大した力もねぇバカが吠えたところで誰も聞きやしない」

「っ…」

「信念を通したいなら、自分の身くらい自分で守れるようになってから言え」



社会の中での不満は人間であれば誰でも抱く。
間違いに気付くことも、誰もができること。
ただそれを口に出して主張するには覚悟を決めなければならない。
縦社会で上に逆らえば弾かれるのも当然の摂理だ。
不満を抱きながらも、それを心の隅に上手に隠して器用に生きることが出来れば、茨の無い道を進んでいける。
しかし俺のようにそれが出来ない不器用な人間は、茨に耐える分厚い肌を持たねばならない。
ましてやその間違いを正してやりたいのならば、他人よりも優位でなければならない。…バカじゃ駄目だ。



「任務は終了。解散」

「ちょ…!待ってくれ!!」



臣の呼び止める声も虚しく、銀弥はその場から消えた。
彼女の言葉は忍世界に絶望していた二人の胸に小さく燻る炎に新しい風を吹かせた。
胸の中を渦巻く、名状しがたい大きな興奮を感じながら、二人は茫然と立ち尽くす。



「臣…」

「…ああ。オレ、―――あいつの下で戦いたい」



勝馬がふっと笑う。
「オレもだ」と



忍の世界もまだまだ捨てたもんじゃない。
オレが信じる火の意志を持つ忍が、まだこの里にいるのなら。




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