「珍しいですね」

「あ、こんばんわ」



せっかくミアレに来たのに、買い物といえば今手にしている珈琲ぐらいだった。
外のテラス席で一人その香りを楽しんでいたら、暫く見かけていなかった四天王さんが珍しそうにこちらを見て足を止めた。
夕陽に照らされた彼の髪は金色に輝いていて、そこに立つだけでまるで絵画のような品が漂う。



「買い物ですか」

「まあ、はい」



私が買ったんじゃないけど。
空いた席に置かれた袋にはこれでもかというほどの衣服と、それから香りの強い花束。
異様な存在感を放つそれはやや気恥ずかしくもあるが、せっかくの祝い物だからと好奇の目を向けられても気にしないようにした。

そしてやはり彼も気になったのか真っ赤なソレを見るなり、怪訝そうに眉を顰める。



「もしや、誕生日ですか」

「はい」



もうおめでとうとか騒がれる歳でもないけど。
一人暮らしだから余計にそうだが、家族なんて20を越えたあたりからもう何歳かも把握できていないし。
今日だって「お祝いしてあげるよ」と言われるまで、自分でも気がついていなかった。
物憂げに溜息を吐くと 彼が腕時計を確認しながら 「なら」と空いた席に手を掛ける。



「この後の予定は?」

「んー、今日はもう遅いのでミアレのホテルに宿泊しようかなって」



こんな時間から予約できるか少々不安だけども。うんと腕を伸ばして立ち上がると、何故か突然差し伸ばされる手。
疑問の眼差しで彼を見上げると、まるでエスコートでもしてくれるような仕草で私を待っている。



「では、食事でもいかがですか」



いつもと変わらない様子で訊ねてくる彼に、思わず二つ返事で頷きそうになってしまった。
きっとこの人ならこの街の美味しい店を知り尽くしているに違いないが、何故また急に私となのか。
久々に合ったといっても、まだ2回ほどしか面識がない。どちらも挑戦者として、ほんの僅かな時間を。



「あ、」



そうこうしている間に、彼は私の荷物を持ってテラスから離れる。
「この薔薇、香りが少々きついですね」と不満そうに呟きながらも、手ぶらになってしまった私が歩き出すのを何も言わずに待っていた。
長身で容姿端麗、おまけに私服まで文句のつけよう無く着こなしているから、余計にその光景が似合ってしまう男性だ。

すっかり冷めてしまった珈琲を一口飲んで、ゆっくりと誘われるように前に足を踏み出した。






********






結局彼のされるがまま流されて、なんかとんでもない店に来てしまった。
外観が立派とかそういう問題じゃない。薄々感ずいてはいたが、店名の下に書かれた星の数は見なかったことにした。
幸い格好はたまたまそういう服を着ていたからよかったものの、さすがに手荷物は多かった為受付の人に預かってもらった。



「まさか四天王さんと食事をするとは思ってもみませんでした・・・」



思ったことをそのまま口にしてみれば、彼の眉が器用に片側だけピクリと動いた。
不服そうに腕組みをし黙り込む相手に、しまった と今更ながら内心慌てる。
せっかく向こうが誘ってくれた滅多に無い機会を、これではまるで無碍にしてしまう発言ではないか。



「ズミです・・・」



ボソリと呟かれた言葉に、おもわずグラスを揺らしていた手元が固まる。
え、と言葉を漏らせば、あの鋭い三白眼がじっと私を見つめた。
普段見慣れない服装だけに、何故だかその威圧感をより一層感じる。



「あ、えっと、ズミさん」

「まさか、今の今まで忘れていたと」

「そ、そんなこと」



図星をつかれた。
いや、私だってドラセナさんとかパキラさんとか。ちゃんと覚えてる人もいる。
けどズミさんにいたってはまともな会話をしたことがない。芸術性を問われた時は適当に「あー、はい」と流し流しで答えていたし。



「もうあれからだいぶ経ちますが、まだ来られないのですか」

「あー、まあ・・・」



カロスリーグに挑戦して2回。四天王は倒せてもチャンピオンまではいけない私は、その闘争心をすっかり消滅させてしまった。
今は気ままに、毎日何をして過ごそうかとその辺を歩いたり、バトルに誘われればふらっと行ったり。
何の為にここまで来たのか、その理由をすっかり忘れてしまった今の私は、本当に駄目な女だ。



「もういい歳してますし、そろそろ潮時かなーって」

「それを言うなら、私はどうなるのでしょうか」

「や、ズミさんは四天王ですから!立派な勤めですよ、どうぞ長く続けて下さいね」

「それは再戦の申し出と受け取って宜しいのでしょうか」



挑戦的な笑みでワイングラスを呷る彼に、不覚にも胸が高鳴る。
どうも私はこの人に流される傾向にあるようだ。持ち前の能天気さも、この人の前ではまるで意味が無い。
適当に笑って誤魔化してみるも彼の視線が私から離れる事ななく、まるで観察でもされている気分で落ち着かない。

前菜を少しずつ口に運びながら視線を逸らしていると、そういえば とズミさんが何か思い出したように呟いた。



「あの荷物は、全て贈り物ですか?」

「あ、はい。あんなに貰うのも申し訳ないから断ったんですけど・・・彼も頑固で」

「彼?」

「半年前ぐらいに知り合ったんですけどね、すっごく優しくてよく薬やきのみを分けてくれるんですよ」



おまけにバトルも強くて顔も良い。完璧なステータスを持ち合わせているが、彼のドロドロに甘やかす優しさに若干自分が引き気味でいるのも自覚している。
今日も会ってそうそうあの真っ赤な薔薇の花束で出迎え。律儀に誕生日を覚えていた彼は、私を今日一日お姫様のように扱ってくれた。
普段買わない服や時計。鞄や帽子、私の制止の声も聞かずに会計を済ますその異様な光景に返って恐ろしさを感じた。
さすがに誘われた夕飯まで一緒に居る気力がなく、用事があると嘘をついてなんとか免れたが内心もうクタクタだ。



「良い友達としてなら付き合ってけるんですけど、さすがに今日は申し訳なさで倒れそうでしたよ」



お酒の力もあってか、つい要らない事までぺらぺらと口から出てしまう。
それをズミさんは何も言わずに聞いてくれた。彼も飲んでいるのだから日頃の鬱憤を私にぶつければいいのに、ずっと黙っている。
こうして椅子に座っているだけなのに、その品の良さが伝わってくるのは何故だろうか。優雅ってこういう事を言うのかな。ぽやっとした頭でそんなことを考えた。

グラスに注がれるワインを眺めながら、がらにも無く感傷的になりそっと溜息を吐く。
自分はいつまで子供のままで居るつもりなのか。このままではいけないと分かっているのに、それを打破する為の努力もせずに毎日毎日ふらふらと。

情けない。
窓越しに見える夜のミアレは凄く芸術的で、何故だかより一層胸が切なくなった。


そもそもこんな店に来るような人間でもないのに、


そう思ってまた溜息を吐きそうになった時、テーブルに置かれていた自分の左手が何故か暖かくなった。
気になってゆっくりと視線を前に戻すと、なんだか熱のこもったような視線でこちらを見ていたズミさんが、そこに手を重ねていた。








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