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文久3年(1863年)
京都、初夏
「壬生浪士組の宿所はこちらか!?」
この壬生浪士組でこの人数。約100人近くは居るだろう。
大抵は何事かと驚くものだ。
そして驚いている張本人がここに。
「何事ですかあの人達!?
まさか借金を取り立てに来た商家の用心棒達では…。」
「――入隊志願者が――――!?
100名近くも来ていると言ったか総司!?」
実はこの大人数、全て壬生浪士組に入隊志願する人達なのだ。
「ええ近藤先生v
庭にぎっしりと並んでいますよv」
総司がニコニコと返事を返す。
そこに不安そうな顔をした晃が局長室に入ってきた。
「信じられん…っ!!
今までどんなに勧誘に回っても、15、6人しか応じて来てくれなかったものが……。
トシッ聞いたか!?
市民に壬生狼・・・と蔑まれながらも、市中警護に命を懸けてきた我々の努力が漸く通じたのだ!!」
近藤は不安そうな顔の晃に気付かずに喜びを露(あらわ) にしている。
その近藤に対しては土方も微笑ましいようで、「良かったな」と言うのだが、それも嬉しさのあまりに聞かず、歓喜の声を上げながら外に飛び出して行ってしまった。
晃もその近藤を見ていると、先ほどまでの不安の表情もいつの間にか消え、微笑みの表情になっていた。
「ほんっとに、優しいんだからなぁ。
――土方歳三という人は。」
この言葉を爽やかに言ったのは沖田である。
土方が褒めの言葉が弱いのを知っているからこそ、言うのだ。
そして案の定、顔を真っ赤にして総司の方を振り向き、持っていた茶碗を溢しそうになる。
中身は熱いお茶だ。少し熱がっていたが問題はなさそうだ。
晃が手拭いを渡すと、零れた茶を拭いてからまた茶を飲んだのがその証拠だ。
「だって、今志願してくる人達なんてどうせ9割は3両・・が目当てでしょう?
守護職様からの俸禄が漸く決まったって話はここ何日かで京中に広まってますしね。」
「余計な事を喋るなよ総司!
近藤さんは純粋に同士・・が集まってきたと喜んでるんだ!
汚ねぇ連中の事なんざ、俺だけが承知してりゃいい。」
「まぁ、この機に乗じて、良からぬ事を企んだ輩が……っていう可能性も否定できませんしね。」
「ああ。一応見張っとけよ、晃。」
「……なんで晃が見張るんです?確かに観察力とかはあると思いますけど。」
総司がその言葉を言ったことで、土方と晃は揃って首を傾げた。
「「…あ?」」
「俺総司に言わなかったか?」
「晃が?何をです?」
「まぁ、俺も言わなかったからな。 晃は今密偵の仕事もしている。」
「土方さんと近藤先生が推薦してくれたんだ!!」
晃が嬉々として語っていると、途端に総司の表情はみるみるうちに悲しげなものに。
え?!と思って晃達がそれを見ていると、今度総司は息をスゥッと吸った。
「どーして私には教えてくれないんですか?!
私だけ仲間外れって事ですよね?!」
大声を出したと思ったらみるみるうちにシナシナと崩れ落ちていって、総司は完全にへこみ始めてしまった。
「お、おい総司…。
そんなに悲しまなくても…。」
「だって、土方さんと近藤先生が晃を推薦したって事は、私にだけ知らされなかったって事じゃないですか…。
それに、どうせ斉藤さんだって晃の密偵入りの話は知っているんでしょう?あの人も密偵だし。」
「あー……まぁそうだけどさ。今知った訳だし、別にそこまで―――――あ、神谷さん。
どうしたんです?」
「す、すみません、声も掛けないで…。
あの、沖田先生はどうなさったのでしょうか?」
じっと、そこで崩れ落ちている総司を見て神谷が言った。
確かに、これを事情を知らぬ者が見れば何が起こったのかと不思議にも思うはずだ。
全く、ヘタりと座り込んで畳の解れを弄っているこの副長助勤の威厳はどこへやら、だ。
「あー……。まぁ、気にしないで下さい。これはしばらく治りそうにないですから。何かお菓子でも貰えば、ほっといても治ります。 それより、向こうで何かありました?」
「近藤局長が、お2人に立合い試験を始めるからと…。」
「…分かりました、すぐ行きます。 では鬼副長……―――っお先に失礼致します!!」
「あ?!おい待て晃!」
言うなり部屋を飛び出して行った晃。
無論土方は止めようとしたが、晃の縮地(・・) の前には、どれほどの男でも敵いはしない。
彼が言葉を言い切った瞬間には、すでにその場には土方と神谷と、グレた総司の姿しか無かった。
それに驚いたのは神谷である。
当然入隊から間も無く、しかも実践にさえ陥った事はない。
沖田あたりの実力者との試合ともなれば縮地は使うが、それも少し加減をしたものである。
「―――ったく晃のヤツ、本当(マジ) の縮地で逃げやがって…。
めったに本物は出さねぇ癖してこういう時ばっかり。
…こいつをどうしろってんだ。」
「あ、あの副長…?!月村先生はどこへ……?!」
「あ?
ああ、そうか。お前は見たの初めてか。あれはあいつの得意技だ。
詳しい事は直接本人に聞きゃあいい。もう外に出てるだろう。お前もさっさと行け。」
シッシと手で掃われた事にほんの少しムッとする神谷だが、今はそんなことをいちいち気にしていられる状況でもない。
最初は飛天御剣流という正に伝説と謳われる流儀の使い手で、次は浪士隊の中でも副長助勤という幹部の役職に就いている者が実は女子であった事が明らかになり、そして今回はあの縮地という技。
一瞬月村が消えた事にも気づかなかったのだ。
彼は一体、何者なのだろうか―――という疑問を、神谷は嫌でも持ってしまった。
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