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結局甘味床で好物の菓子をたらふく食べてから道場に帰ると既に荒れていて、誰かが入った形跡があった。
人の家だというのにずかずかと踏み込み、全く教育がなっていない事が容易に想像できる。
小さく溜息を吐くと、少しだけ眉をしかめた。


「とうとう乗り込んだか。」




バンッ!!
思いっきり道場の襖を、大きな音を立てて開けてみた。

「な、なんだお前は?!」

たった一人の少女に対して、そうも大人数で押しかける必要など皆無だ。
何を恐れるのか、皆目見当がつかない上に、この外道共の意気地の無さには少々腹が立つ。
終いにはこれだけ大勢で一人を取り囲んで勝ち誇った様子でいるのだから、余計腹も立つものである。

そんな勝ち誇った顔をした奴等は、戸を開けた事で一斉に戸を振り返った。
思った通りの反応だったが、やはりこいつらは気に食わない。この臆病者どもの彼らを内心嘲った。




「晃!!」


危ないところで助けに来たのだろう晃を見、嬉しそうな顔と声をあげた薫。
しかし、 晃はそれをただ、何も映していないかのような冷たい目で静かに見つめるだけ。
正直言えば、彼は優しいだけの人間ではない。

ふと部屋の脇を見て、壁を背にして胡坐をかいてしまった。



訳が分からないというように、男達は目で晃を追った。
そして喋らなかった彼が、小さく口を開いた。


「――――薫。ここで今、本当に殺さずの剣術がこの雑魚共に通用するか見せてみて。」


ゆっくりと発された晃の口調に合わせるかのように、大柄の男が続いて口を開く。

「てめぇ、殺されたくなかったらその口を閉じておくんだな。 何もしなければ、命くらいは見逃してくれるわ。」
「――殺す?俺を?
 馬鹿者。
 俺は35歳だ。そしてこの廃刀令の布かれた時代に帯刀をしている。これが昔どういう生活をしていたか、分かるだろう?
 お前等よりも実践を積んでいるはずだが。」
「――――チッ。
 さっさと帰ったほうが身の為だと思うがな。」

相手側はムカつきはしたようだが、敵わないと悟ったのか、それとも他の理由からか、敵も薫へ身体を向けた。









あっという間だった。
薫が襟首を捕まれて、喜兵衛の持っていた土地売買の書類に血が付いて、無理矢理契約成立となるまで。

そこでやっと、 晃は口を開いた。


「お前等な…。
 多勢に無勢で、しかもこんな弱そうな娘一人に何十人も一斉に刀を向けて、みっともないとは思わないのか?
 刀を持ちながらも、己の武士道さえないと言うのか?」
「武士道?この御時世に武士道などあっても意味が無い。 必要なものは強さだ。」

相手が鼻で笑うが、それでも晃の心は揺らぎもしない。


「刀を持ちながら武士道を持ってないとはな…。 日本もここ十年で随分と腐ったものだ。これだからこの国は塵(ごみ)が増える。」
「ごみ、だと?
 俺たちをごみ呼ばわりするとはな。余程腕に自信があるらしい。」

どうやら戦闘意欲が芽生えたらしい大男は、刀を鞘から三寸ばかり引き抜く。
目の前の敵を斬りたくてうずうずしているかのように、目が殺気立っていた。

「見たところ、見てくれだけが立派で頭は空のようだな。
 敵の力量を外見のみで判断するとは。これだから馬鹿は困る。
 この世にごみなど必要ない。――――斬り捨てるまでだ。」


冷たく、静かな声だった。
まるで、晃はまるで、瞳の冷たい狼のように―――――――。


そして 晃はゆっくりと立ち上がる。


不敵な笑みを浮かべる彼は、ただただ敵を見つめるのみ。
そこに余計な動作など一切無い。

相手は対照に、少々気が立っているらしい。微笑を浮かべてはいるが。





「――――殺れ!」


大男が叫んぶと、手下達が威勢いよく斬りかかってきた。



「このまま退けば良いものを。」

「うらぁぁぁああ!!」

真上から振り下ろされた刀を己の刀で右へと薙ぎ払い、そのまま流れるように左へと斬りつけた。


―――はずだった。

刀は別の刀で遮られ、敵の首を斬りつける寸前でピタリと止まった。







「―――遅くなってすまない、薫殿。」
「―――お前は余程、俺の邪魔をするのが好きらしいな。
 何度俺の邪魔をすれば気が済むんだ。――――剣心。」
「こいつらを斬ったところで、何の意味もないでござろう。」

晃は短くため息をつくと、面倒臭いとばかりに剣心と交えていた剣を払い、鞘に収め、道場の壁に背を預けた。
「むやみに怪我人を増やしたくはない。
 医者通いが嫌な者は早々と退くでござるよ。」


殺さずを貫いているらしいこの流浪人の忠告も聞かず、敵は威勢良くかかって来た。

――それからは一瞬だった。
素人ならば紅い髪の男の残像が残る程の速さで敵がやられていく。
男は一太刀で複数の人間を薙ぎ倒していく。
敵はその速さに困惑し、戸惑うばかり。










―――飛天御剣流は、身体のこなしの速さ、相手の動きの先を読む速さ等、全ての速さを最大に活かして最小の動きで複数の相手を同時に仕留める流儀―――

薫も比留間伍兵衛も、多少は剣が立つ為にこれは見て分かった。


「――ひとつ、言い忘れていた。
 人斬り抜刀さいの振るう剣は”神谷活心流”ではなく、戦国時代に端を発す、一対多数の斬り合いを得意とする古流剣術。
 流儀名、"飛天御剣流”。
 逆刃刀で無い限り確実に人を斬殺する、神速の殺人剣でござるよ。」

















――空気が一瞬冷えた――






この紅い髪の男自らが自分は抜刀斎だと述べたのだ。
しかし、この自惚れの塊のようなこの比留間伍兵衛は、やはり己の力量を理解しないらしい。
不敵な笑みを浮かべて薫を突き落とし、紅い髪の男へ身体を向けた。

「いつぞやの晩は小者と見て相手にせなんだが、これ程強いとは。
 貴様力を隠していたな!」

晃はふっと笑った。鼻で笑った、相手を見下した笑い方だった。

「お前と違って暴れるのはさほど好きじゃないんだ。
 けど今はあの時叩いておくべきだったと思うよ。反省してる。」
「大した自身だ!
 だが、それは自惚れというもの!
 この世に抜刀斎は二人も要らん!この俺様こそ抜刀斎を名乗るに相応しい!!」


明らかに自分の自惚れを見せ付け、伍兵衛は刀を振り上げた。
しかしその時には既に抜刀斎の姿は消えていて――――


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