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辻斬りが去って直ぐ後。






「――逃がしちゃったじゃない!どうするのよ流浪人!!」

娘が紅い髪の男に向かって声を上げた。その娘の形相と言ったら、おしとやかさなんてものはまるで無く、鬼のような恐ろしい形相だった。

「相手は流儀を名乗っているのだから、焦らずとも――」
「神谷活心流はウチの流儀よ!!奴はウチの流儀を騙って辻斬りを仕出かしているのよ!」


――娘が声を荒げている中、晃が呑気な声を出した。

「まぁまぁ。こいつが取り逃がしちゃった事は、俺が尻拭いとしてさっきの人捕まえてきてあげるから、そう怒らないでよ。」


晃は1人でニコニコしている。


「何を暢気なこと言ってるのよ!」
「でも、どうしてあんな無差別に人を斬るようなやつを逃がすような事すんだよ、剣心。」

”剣心”という名は、どうやら紅い髪の男の名のようだ。
お互いの名を知っている事と、自然に名を呼んだ事からして、きっと以前から知り合いだろうという事が伺える。


―――それはさて置き、晃が未だにフワフワしたように落ち着いて話すが故に、娘の怒りもピークに達しているのだろうか。
顔が本当に赤鬼(・・) のように恐ろしくなりつつある。

しかし晃はそれを大して気にするでもなかった。が、突然不適な笑みを剣心に向ける。

「お前、何も知らずに手ぇ出して、その上あいつを斬ろうとしたらお前がいつでも俺に刀向けてこれる範囲に入ってきやがって。
 お前の嫌いな死体が余計に増えるぞ。」

紅い髪の男を見て一瞬不敵な笑みで腕組みをしながら見ると、彼は溜息を着いた。

「ったく。面倒な事しやがって。これからどうなるか分かんねぇぞ。」





娘は正直驚いていた。
最初、彼は敵と対峙した時、まるで以前にもこうして戦ったことが幾度もあるかのような、侍のような、何とも言えない空気を纏っていた。
その時薫は、自分は割って入ってはいけないような、彼と抜刀斎と名乗る男の間に張り詰めた空気が流れたように感じたのだ。
だが紅い髪の人がやってきて、敵が去ってからは妙にヘラヘラして。
しかも帯刀をした紅い髪の人と面識があるらしい。
この人、一体何者なのだ。―と。

「ねぇ、そっちの黒い髪の人。貴方、一体何者なの?」

そう言われた後、晃は少し意味が分からないらしかった。
少し眉間に皺を寄せて、ほんの少し首を傾げる。


「うーん…?
 見ての通り、流浪人だろ?」

一体何が言いたいんだとばかりに悩む表情を見せる彼に娘は、まあいいか、と話を自己完結してしまった。





そして益々首を傾げる晃であった。
















そして、場所は移り神谷道場――――









「神谷活心流 師範代神谷薫、以上―――おろ?」
「少ねー…。っていうか、抜刀斎って歴史の裏舞台にしか出てないし、伝説になってて本当に居たかっていうのも定かじゃないんじゃ…。
 そもそも維新志士なんだからどっちかっていうと味方みたいな感じだし…。
 だったら新選組使った方が効率がいいような?
 この作戦考えた奴、馬鹿か。」



晃が「馬鹿か」と言って鼻で笑った後、薫の手当てをしている一人の老人に睨まれたような気もしたが…。何故睨む。



「そもそも小さな流儀なんだけどね、それでも私達、門下十余人、力を合わせて頑張っていたのよ。」

薫が事の事情を語る。

「人斬り抜刀斎は、明治になった今でも人々に畏怖されているのよ。」


薫の父は、「人を活かす剣」を志に「神谷活心流」を開いたが、西南戦争に借り出されて亡くなったという。

「父の残した流儀が、活人剣を理想とする神谷活心流が殺人剣に汚されて、――たかが流浪人風情にこの悔しさは分からないわよ!」

薫は涙ながらに訴えた。
実はこの話に大きく関わっている剣心は、気鬱の表情を見せた。



「ま、どの道その腕じゃ夜回りは無理でござるな。」

そう、薫は大男と戦った時に、右腕に相手の剣がかすってしまったのだ。

「今は大事をとるに越したことはない。
 それに、亡き父上殿も娘の命を代償にしてまで、流儀を守る事を望んだりはしないでござろう?」

そう言い残すと、紅い髪の男は「失敬」と言って外に出て行ってしまった。



晃はそれを壁を背にして胡坐をかいて見ていた。

「あんた――薫だっけ?
 面倒臭いから呼び捨てにするけど、あんたも人をすんなり家に入れない方がいい。
 辻斬りだってここの道場を名乗ってるんだから、ここをどうにかしようとしてる事は間違いないし。どこに敵が居るかも分からない。
 俺達だって、こうやって帯刀してるんだから何仕出かすか分からないだろ?」
「…そうね、そうかも知れない。けど、貴方は悪い人じゃないわよ。」

晃、本日二度目の苦慮。

「どうしてそう言える?」

何故、まだ会って時間も経っていない人物のことを、そうも簡単に信じることができるのだろうか。
普通帯刀している人を見たら、今の時代は皆が近づかない方が良いとでも言うように避けて行くというのに。
ここ10年、他人から信用された事など無いというのに。
変に信用してほしくは無いのだ。また、裏切りに会う。自分も裏切る事になるから。

だがそんな晃の思いとは裏腹に、薫は柔らかく笑いかけた。

「何となくなんだけどね。
 何も理由はないけど、貴方は悪い人じゃないって、そう思ったのよ。」

少し、驚いた。
「俺の勘に根拠は無い。」―――――そう言っていた懐かしい人物を思い出したからだった。
何故だろうか。言っている事がたまたま重なったからだろうか。
もしかしたら少しだけなら、彼女に心を許してもいいかもしれない。
そう、根拠も無い思いが彼の中に起きた。


「今日はここに泊まっていって頂戴。」

気付けば晃も笑い返していた。

「どうもありがとう。」




何年ぶりの平穏だろうか。
もしかしたら気のせいかもしれないが、ここにいると落ち着く気がした。
実に平穏な空間だった。和やかで安心する空間だった。




――ただ一人、薫の手当てをしていた喜兵衛だけを除いては。





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