06
誰も視界に入れずに紡いだ言葉に俺の腕を掴む転入生の手が少し緩んだ。
「ひろ…」
「なぁんてね!」
緩んだのを良いことに転入生の手からスルリと腕を抜け出し、いつものようにニヘラと笑う。
突然な事に転入生は驚いたように目を見開き、一部始終を見ていた学生や生徒会は俺の演技に再び鋭い目付きで睨んだ。
「広樹、お前さ」
「実は皆にとって嬉しいニュースがあるんだよねぇ」
転入生が何かを言いかけたけど、遮ってしまった。何か言われるかと思ったけど何も言わないからニコっと笑って言えば、皆からは怪訝そうな表情をされる。
中にはお前の話しなんて聞いてられるか、とでも言いたそうに睨み付ける転入生信者の不良もいて苦笑がもれる。
「俺、今日でここの学校から去る事になったから、もう平和だね!!」
笑顔に戻してそう言えば、周りの学生は嬉しそうな表情をしてズキッと胸が痛む。中には俺の親衛隊に入っていた子もいて更に辛く感じる。
裏切られた気分なのはこっちなのにね。
痛みを無視して早く出ようと考えていれば、何か違和感を感じた。
本来こういう時、転入生なら生徒会の仕事をしない【俺】がいなくなることに「良かったな!」なんて言葉が聞こえるはずなのに聞こえない。
転入生を見れば苦痛に堪えてるような表情でこちらを見ている。
それを見て、ああ、そっか…良かったって少しポカポカした気持ちになった。
固まってこちらを見る転入生に微笑みかけて、出る前に、最後にと思って丁度玄関側にいる会長の下へ向かった。
「会長」
「…あ?」
身長の高い彼を見上げて呼べば、早くどこにでも行けと目が訴えていた。
それが少し悲しくて、でもそんな事をもう思ってはいけなくて笑顔を作った。
「俺ね、本当に会長が好きだった。大好きだったの、愛してたんだよ」
愛の告白のような言葉で別れの言葉。
「会長と一緒にいれた時間は本当に、」
さよならの、挨拶。
「幸せでした」
せめて彼の前での最後は笑顔でいたい。そう思って心の底から笑みを浮かべた。
はて、彼にこんな笑顔を見せた事があるだろうか。
疑問は言葉と共に消えた。
ゆっくりと会長から離れて、でも学園を出るまでは笑顔を崩さないように学園から出た。
閉鎖的な学園から久々に出た瞬間、冷たい物が頬を伝ったのは俺だけの秘密。
さよなら、愛した人
モドル