2021/05/05 Wed
※本誌バレあります注意!!
※コミックス未収録本誌(No.301「火の不始末 前編」、No.302「火の不始末 後編」)ネタです
※大丈夫な方のみスクロールしてください
・主人公:轟家の次男(冬美と夏雄の間)。“個性”は母親譲りの氷冷系だが、体質はどちらかと言うと父親似で、寒さに耐性があるわけではない。燈矢と父の影響でヒーローに憧れるが、自分がその器でないことも分かっている。
毎日火傷をつくってくる燈矢が心配なので、よく勝手に瀬古杜岳について行っては共に訓練をし、燈矢の身体を冷やしている。
・燈矢:炎の“個性”を持ちながら熱に弱い自分とは真逆の主人公にシンパシーを感じているが、年が近い分なんとなくライバル意識もあり、主人公には弱音を吐けないでいる。(そのため夏雄に泣きついている。)
勝手に瀬古杜岳についてきて共に訓練をしては、凍傷になりかける主人公の身体をよくあたためてやっている。
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※名前変換不可のため主人公=●としています
「――燈矢兄、また火力上がったね! すごいよ!」
「うん! お父さんに見せたら……あ、●くん、それ以上やったら凍傷になっちゃう。あたためるよ」
「ありがとう。じゃあ次は燈矢兄の身体、冷やしてあげる」
「いいよ、このくらい平気」
「えー、俺ばっかりやってもらってるの、やだもん。おかえし」
燈矢の灯した赤い炎が、●の冷えた身体をじんわりとあたためた。冷え切って萎縮していた指先の血管が開いて、血が通いだすのと同時にちりちりとした痒みが生まれる。
身体をあたためるというよりは、炙られるのに近い形で炎を浴びた●は、今度は燈矢の身体を冷やしはじめた。もともと寒さに強い燈矢だから、それほど繊細に出力を調節しなくとも良い。燈矢の灼けた手首を冷やしながら、●は口を開く。
「俺ね、思ったんだけど」
「何?」
「燈矢兄と俺でチームを組んだら、すごく強いヒーローになれるんじゃないか、って。俺は自分の氷で動きが鈍くなっちゃうけど、燈矢兄がいればあたためてくれるし、逆に燈矢兄の火傷だって……」
「それって、二人で一人前ってことだろ。半人前のヒーローってことじゃん。そんなの……」
――オールマイトを超えられないだろ。
燈矢はそこまでは言葉にせずに、ぎゅっと眉を寄せた。●は冷却する箇所を燈矢の脇腹に移しながら、唇を尖らせる。
「えー! 良いと思ったんだけどなぁ。だってチームアップしたら、ずっと一緒にいられるよ」
「解散しない限りはね」
「燈矢兄のサイドキックには、俺が一番向いてると思うし」
「……オールマイトにはサイドキックいないだろ。一人でなんでも出来なきゃ、ヒーローじゃない」
「でも楽しいよ、絶対!」
火傷の冷却を終えた●は、パッと笑って燈矢の両手を掴んだ。ひんやりとした手の温度が燈矢には心地よかった。
●がこれほどまでに自分と一緒であることにこだわるのは、兄である自分を慕っているのと同時に、“諦めている”せいだと燈矢はなんとなく分かっていた。
●は自分ほど、父に目をかけられていない。
お父さんが俺に期待しているのは、同じ炎の“個性”で、火力が強いから。お母さん似の●は氷の出力こそ強いけれど、体質がついていかなかった。寒さに弱い身体はすぐに機能を低下させてしまい、動けなくなってしまう。これでは到底オールマイトを超えることなんてできない。
だからお父さんは俺に期待している。
だから●に俺の気持ちはわからない。だけど――
「――そうだね。俺たち二人なら楽しいかも」
燈矢が頷くと、●は氷の結晶がきらめくみたいに笑った。燈矢の体温が移った●の手はぽかぽかと温もっている。
●に俺の気持ちはわからない。そう思いつつも、「燈矢兄、燈矢兄」と自分の後をついて回るこの弟のことが、やはり可愛いのだった。
***
それから程なくして、エンデヴァーの悲願――半冷半燃を宿した弟が生まれた。焦凍と名付けられた赤子は、燈矢と●が二人でないと成せないことを、一人で悠々とできるだろう子どもだった。
つまり、俺たちはもう要らないのだ。俺は諦められる。けれど――と●は思う。
(燈矢兄は、辛いだろうな)
もともと、自分が兄ほど父親に目をかけられていないことなど分かっていた。燈矢には父をも凌ぐ火力がある。けれど自分は、己の氷で低体温症に陥るような身体なのだ。
それでも父の背中は大きく偉大で、そんな父に文字通り命を燃やして喰らい付く兄の炎は、とてつもなく煌めいて見えて――いつの間にか、兄の炎が燃え移ったかのように、ヒーローになりたいなどと思ってしまった。いや、ヒーローになる兄の隣にいたいと思った。
燈矢兄は、“一人で”あのオールマイトを超えなくてはと思っているだろう。超えたいと思っているのだろう。だから俺の存在は邪魔かもしれない。けれど彼がその身を焼き尽くしてしまう前に、冷やしてやることくらいなら――。
それくらいなら許されるだろうと、●は変わらず燈矢の背中を追った。焦凍が生まれてからというもの、燈矢の訓練は苛烈さを増していた。
「来るなよ、●くん」
「やだよ、俺も訓練するんだ」
「どうして……! おまえの“個性”じゃ、お父さんは見てくれない! オールマイトは超えられないんだぞ!」
「それでも、二人ならきっと――」
「――二人だって無理だ! 焦凍がいるんだから!」
燈矢が叫んだ瞬間、ごうと音を立てて灼熱の炎が二人を包んだ。
燈矢はハッとしたが、しかし●は動揺することなく、炎の中で静かに口を開いた。
「――じゃあどうして、燈矢兄はまだ訓練をするの?」
「……!」
●の火炎にゆらめく瞳が燈矢を見つめた。どきりとした燈矢は、その視線に絡め取られたように動けなくなる。
次第に勢いの弱まった炎は、●を焼くことなく立ち消えた。俺が火傷するくらいの温度でも●は火傷しないんだなと、燈矢はそんなことを思った。
●は顔をくしゃりと歪める。
「……大丈夫だよ、燈矢兄。俺たちは失敗作じゃない。頑張れば、お父さんは見てくれる」
「●くん……」
「俺たちが協力して強くなれば、俺たちをつくって良かったって、きっと思うはずだよ」
だから燈矢兄、一緒に頑張ろう……?
そう続けた●はの声は震えていた。泣いているのだった。感情が昂っているために“個性”の制御ができていないのか、涙は落としたそばから頬の上で凍っていった。
「……そのままじゃ、眼まで凍っちゃうよ」
「大丈夫、燈矢兄がいるから……」
燈矢は灯した炎をそっと●の貌に近づけた。溶けた涙が頬を伝いかけ、炎に燃やされてすぐに蒸発した。
●の瞳は赤い火炎を映して、凄絶に耀うていた。燈矢の蒼い瞳にも、燃え盛る炎の輝きが満ちていた。
ふたりに燃える炎は膨れ上がって、もう誰にも消せなくなっていた。
***
「――蒼い炎だ」
●が感嘆の声を上げるのを、燈矢は涙を拭いながら聞いた。感情が昂ると強い炎が出せるが、そうするとどうしてだか涙が溢れてしまうのだった。
「すごいよ燈矢兄! こんなの見たことない、炎は千度を超えないと蒼くならないんだ……!」
「……これなら、お父さんも」
「きっと見てくれる、こんな炎、焦凍にだって無理だよ」
燈矢の細い身体に、●が飛び付くように抱きついた。燈矢は慌てて炎を消す。火傷の跡に●の服が擦れて、少しだけ痛かった。
それからすぐ後の、エンデヴァーの休日だった。
一方的に「瀬古杜岳に来てくれ」と言ったのだが、果たして父は来てくれるだろうか。燈矢はどきどきしながら膝を抱えていた。冬の山は寒くて、空気が乾燥していた。
(お父さん、来てくれるかな……)
今日燈矢は、●には何も言わずにここへ来ていた。それは一人で父に認めらたいという思いがあったのかもしれないし、あるいはこの後に起こる事故を心のどこかで予感していたのかもしれない。いずれにしろ、わざと連れてこなかった。
だがすぐに、●にも声をかけてくればよかったなと思い直した。一人ではとても、寒かったのだ。
父はまだ、来ない。
「出るな……! 涙なんか……」
父は姿はまだ見えない。焦燥が胸を焼く。
「ちくしょう……」
待てど暮らせど、父は現れない。絶望と怒りが、ひたひたと燈矢を満たしていた。
「お父さ」
父は――エンデヴァーは、来なかった。
その後のことはよく覚えていない。ただ、己を包む蒼い炎の向こうから――
「……にい! 燈矢兄!!」
――●の声が聞こえた気がした。
「――あなた! 燈矢だけじゃないの……●もいないの! どこを探しても、いないの!!」
「な……っ!!」
***
(……燈矢兄、お山に行くなら俺にも声をかけてくれればよかったのに)
●は思いながら、ソワソワと父の様子をうかがった。
今日は父の休日だった。燈矢が蒼い炎を宿してから、「次の休日に瀬古杜岳に来て」と言った、その“次の休日”である。
しかしあれほど燈矢が言っていたのに、父が家を出て行く気配はない。
兄のもとへ行くように促そうと、●は勇気をかき集めて父に話しかけた。緊張は、あまり父とは口をきいたことがない故のことだ。
「お父さん」
「何だ、●」
「……お山に、燈矢兄のところに……」
行ってあげて、という言葉は音にならなかった。あまりにも父が恐ろしい顔をしたからだった。
父は何も言わず、席を離れた。お父さんは、燈矢兄のところに行かないんだ――。
それなら、と●は怒りに心を燃やしながら家を出た。自分が行ったところで兄は喜ばないだろうが、山に一人ぼっちでいるよりはマシだろう。
「ん……?」
●が山を歩いていると、ふと鼻先に嗅ぎ慣れたにおいが纏わった。……物が燃えるにおいだ。
(焦げるにおい……燈矢兄はこっちに……?)
そうして顔を上げたとき、●は目を見開いた。
――数メートル先に、明るい炎の片鱗が見えたのだ。木々の間からドレスの裾を翻すように蒼い炎がちらちらと見えたかと思うと、それはすぐに周囲の草木に燃え移った。
「――燈矢兄っ!!!?」
蒼い炎は猛る波のように裾を広げながら、轟々と音を立てて、あっという間にこちらへ迫ってくる。
(このままじゃ燈矢兄が……!)
●は考えるより先に炎に飛び込んでいた。燈矢の炎が暴走しているのだとすぐにわかった。
これだけの炎だ、燈矢兄自身も火傷を負っているに違いない。とにかく燈矢兄を探して、冷やしてあげないと――。それだけを思った。
「燈矢兄、どこ!? どこに……!」
鮮麗な蒼い炎に包まれて、●は目が眩むようだった。まわりを明るい青が取り囲む世界は現実離れしていて、海の中や、オーロラや、あるいは一面の青い花畑を●に思い起こさせたが、兄の炎はそれらよりも遥かにきれいだった。地獄のようにきれいだった。
「燈矢兄……!!」
――無我夢中だった。それから自分がどうやって燈矢を見つけたのか、どうやって燈矢を連れて下山したのか、●はよく覚えていない。
ただ気がつくと、ひたすら燃える兄の身体を冷やしていて――それこそ己の涙も汗も凍るくらいに――なんとか燈矢が一命を取り留めたとわかったときには、身体中から力が抜けてもう二度と立てないかと思ったほどだった。
「燈矢兄……燈矢兄……!」
「●……くん……」
呼びかけにうっすらと目を開いた燈矢の声は潰れていた。気管支も灼けているようだ。
「……あつい……」
「冷やすよ、俺が冷やす、すぐ熱くなくするから……!」
「それじゃあ、●、くんが……こごえ、ちまう……」
「……大丈夫。俺も、熱くて堪らないんだ」
燈矢は弟の瞳の中に、かつてないほど烈しい炎が燃えるのを見た。怒りと絶望を原料として燃える、つめたい炎だった。
「……ヒーローに、なりたかっただけなのに……どうして……どうして燈矢兄がこんな……!」
――●くん、それはヒーローを目指す奴の目じゃねェよ。
燈矢は思ったが、そこで体力が尽きてふっと瞼を下ろした。雨が降っていると思ったのは、きっと●の涙だろう。皮膚の感覚がある。大丈夫だ、俺はまだ死なない。●のおかげだ。
「燈矢兄、ダメだ、寝ないで……!」
「だい、じょうぶ……また、起きる……」
燈矢はなんとかそれだけ告げて、●の瞳に燃える炎を眼裏に描いた。あぁ、地獄の業火は、弟のかたちをしている。
昔は雪の結晶みたいに、きらきら笑っていたのに。
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あの蒼い炎に飛び込んだときのことを●は昨日のように覚えているが、それは夢の中の出来事だったかのように、どこか現実感がない記憶でもあった。
とにかくあの日は寒くて、乾燥していた。そして山は蒼く燃えた。燈矢兄はその中にいて――
「――燈矢兄っ!」
浅い眠りから跳ね起きた●は、そばに兄の姿――昔とはずいぶん変わったけれど――があることを確認して、安堵の息を吐いた。未だに見るのだ。蒼の中で、ひどく苦しみながら燃える兄の夢を。
「昔の夢でも見たか」
「……多分。あんまり覚えてない」
「そうか」
燈矢は――荼毘は●の目尻に残る涙を軽く拭ってやりながら、「敵連合に行こうと思ってる」と言った。
「――敵連合?」
「あぁ。そこならあるいは……俺たちの夢が叶えられるかもしれねェ」
「俺は荼毘と一緒なら、どこへでも」
微笑む●に、荼毘は頷く。
立ち上がった荼毘の隣に並んだ●は、入念に仮面で顔を隠した。顔が割れて自分が生きていることがバレたらまずいからだ。
だから何度も俺の顔を焼いてくれと荼毘に頼んでいるのだが、とうとうそれが叶えられたことはない。
「ステイン……ヒーロー殺しに続く。敵連合に、与するだけの大義があれば良いんだが」
「そうだね」
●は荼毘の中に、地獄の業火すら生ぬるいほどの炎を見る。美しく凄烈な、蒼い炎を。
『燈矢兄と俺でチームになったら、すごく強いヒーローになれるんじゃないか、って』――。
かつて描いた夢の軌跡を葬るように、●はぎゅうと瞼を閉じ、荼毘の炎を思い描いた。
葬送の炎は消えない。すべてを燃やし尽くすまで。
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ヒロアカはずっと箱推し、という感じで読んでいたのですが、燈矢の過去編を読んだら堪らなくなってしまいました。
燈矢が焦凍以外の兄弟をくん、ちゃん付けで呼んでいるのが好きです。
本誌ネタの上、まだ自分の中で上手く固まっていない部分が今後の自分と解釈違いを起こしそうな気もしたので、一旦ネタメモに投げます。
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