ネタメモ | ナノ

2021/04/14 Wed

※流血表現有
※七海の呪詛師ルート仄めかしがあります



・主人公:七海と同期入社した。呪いが見える。無自覚で術式を行使して、人に呪霊をけしかけているナチュラルボーン呪詛師なので、自分が人を呪っていることに気づいていない。

・七海:呪術師はクソなので証券会社に就職した。しかし労働自体がクソであることに気づいている。



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※名前変換不可のため主人公=●としています



「――俺、やっぱり呪われてんのかもしれない」

 呪われている――高専を出てから久しく縁のなかったそんな言葉に七海はビールジョッキを傾けかけた手を止め、怪訝な顔を●へ向けた。
 七海の向かいに座って先ほどからグラスを掲げては飲まずに下ろしている●は、目元に隠しきれない疲れを滲ませているが、口調は割にさっぱりと軽い。だが心身共に疲れが溜まっているのは事実なのだろう、今日はまだそれほど飲んでいないはずなのに、アルコールがその瞳をどんよりと濁らせている。

「……呪われている? なんでまた」 

 七海の声に訝る響きがあったためか、●は少々言いにくそうに視線を落とした。

「元カノが死んだ」
「あの、浮気していたとかいう……」
「そう、その子」
「……それで?」
「それでっつーか……実はこれで、三回目なんだよね」

 言いにくそうに吐き出した●に、七海は「さんかい」と目を瞬かせた。三回目というか、三人目と言うべきなのかもしれない。

「これ、もし俺が探偵だったら俺が殺してんじゃないかって疑うレベルだと思う」
「奇遇ですね、私もそう思いました」
「七海まで俺を人殺しだと!?」

 ●はひどいと大袈裟に詰め寄って、「まぁでも、流石に怖いよなぁ」とグラスの縁をなぞりながら項垂れた。

「……実はさぁ、死んだ元カノたち、みんな浮気してて」
「……」
「いや浮気されすぎだろ、みたいな顔やめろよ。俺もそう思ってるよ。つまり、俺の……怨念みたいなのが向かっちゃったのかと、少し不安で……」
「そんなことはないでしょう」
「そう、だよな? 何か俺も寝覚めが悪いと言うか、俺のせいじゃない、っていう自信がなくなってきちゃってさ……」
「……それで、私に相談って何ですか」

 七海はジョッキを置いて訊ねた。今日は●に折り入って相談したいことがあると言われて、店に誘われたのだった。

「あぁ、七海ってさ、宗教系の学校出てるって言わなかったけ」
「言いましたね」
「なんかこう、良いお寺とか神社とか、知らない? お祓い……もしくは恋愛成就に強いところ」
「知りません」
「冷たい!」

 そんな風に二人で笑っていたのが、二ヶ月ほど前の話だ。
 ――『呪われている』。●のその言葉を、このときはさほど深刻に捉えていなかった。


***


 それから一週間後のことだった。
 ●の祖父母が亡くなった。それも二人同時に。原因は不明。なんでもいきなり喀血して、その血で窒息して亡くなったのだそうだ。
 七海らの勤務する会社では、祖父母の葬儀では慶弔休暇としての特別休暇を取得できない。●はこの忙しい時にと上司に散々嫌味をちくちくやられながら何とか有給を使い、葬儀に参列したらしい。
 それに続いて父親が亡くなった。今度は特別休暇を使うことができたが、上司に嫌味は言われていた。そしてやっと仕事に復帰できたと思ったら、今度は母親が亡くなったそうだ。死因は二人とも、祖父母と同じだった。病気を疑われたが、検査の結果は何ともなかったらしい。要は不審死だ。
 一昨日ようやく出社した●を見たときは、あまりの憔悴ぶりに心底気の毒になった。時代が時代なら祟りと言われてもおかしくないほどの、相次ぐ身内の不審死である。上司には「お祓いに行った方がいいんじゃないの、お祓いじゃ特別休暇は出ないけどね」などと揶揄するように言われていたが、それを見た七海は、仕事を休みたいが故のでっち上げなのではないか、なんてよくこの●の姿を見て言えるものだと静かに憤っていた。

「俺が休んでる間、七海にもだいぶ迷惑かけたよな。本当ごめん、ありがとう」
「いえ、別に。●のせいじゃないですから」

 心底申し訳なさそうにと言う●に七海がきっぱりと返すと、その表情が少し安心したように弛んだ。
 今日はいつもより少し早めに上がれたので、食事がてら以前と同じ店に来ていた。美味いアヒージョを出すスペイン風の居酒屋で、七海の気に入りである。

「七海って、良い奴だな」
「そうですか」
「あぁ、本当に良い奴だよ。まず人のこと馬鹿にしたりしないし、いつもフラットっていうか……■■さんと違って嫌味とか言わないし。あと絶対浮気とかしないタイプだろ。もちろん仕事もできる。それに背も高いし、脚長いし……あと背が高いな」
「無理して褒めなくていいです」
「いやでも七海に感謝してるのは本当だよ。今日飲みに付き合ってくれてんのだって、俺の気分転換になればと思ってくれたんだろ? 優しいよなぁ、七海は」
「……酔ってますね。少し水を飲んだ方が良いでしょう。そのグラスは私が引き受けます、酒はもうやめて……」

 七海が●のグラスに手を伸ばしかけとき、●が急に「なぁ」と覗き込むようにして言った。

「――七海って、“見えてる”人だろ」
「……!」

 突然放たれた言葉に、七海はピタリと動きを止めた。ふっと店内の喧騒が遠ざかる。一瞬だけ目を見開いた七海は、しかしすぐにその動揺をしまい込むと、「すみません、お冷いただけますか」と誤魔化すように近くの店員に声を掛けた。

「見えてるって、何が」
「何って、コレしかいないだろ、コレ」

 ●は言って、胸の前にそろえた両手をだらりと地面に向けた。どうやら霊の類を表すジェスチャーらしい。
 ぴくりと眉根を寄せた七海に、●は「今日さぁ」と平素よりもふわふわとした口調で続ける。

「■■さんが血吐いてぶっ倒れたとき、七海だけ違う方向見てた」

 言われて七海はその場面を思い起こした。そう、あれは今朝のことだった。例のちくちくと●に嫌味を吐いていた上司が、いきなりオフィスで血を吐いて倒れたのだ。緊急搬送されたのだが、そのまま入院ということになったらしい。
 七海は店員から受け取った●の分の冷水を渡しながら言った。

「たまたまでしょう」
「そうかなぁ。みんな■■さんのこと見てたのに、七海だけオフィスの入り口の方を見てたんだ」
「……」
「七海と、俺だけ」

 七海は黙り込んだ。今朝七海は確かに、いきなり喀血して倒れた上司ではなく、オフィスの入り口を見ていた。――正確には、そこに佇む二体の呪霊を見ていた。その呪霊らは上司の喀血に社員たちが慌て出すのを見ると、満足したようにすぐに消えた。
 正直に言って、七海が仕事中に呪霊を見ることはそう少なくない。会社など負のエネルギーの受け皿としてはこの上ない条件が揃っているからだ。だから今朝もさして驚きはしなかったし、二体とは言えさほど等級も高くないと見て深追いしなかった。そもそも自分はもう呪術師ではないのだという思いが、七海の意識を呪霊から遠ざけた。
 アレを●も見ていた、と言うのだろうか。●は返す言葉を探し続けている七海を見て、こういう話すると大抵からかわれるから嫌なんだけど、と前置きをしてから言った。

「俺は昔から、ちょっと人には見えないようなものが見えてて……あのとき俺たちだけ見てる方向が違ったから、七海もそうなのかと思ったんだ」
「……はい、と言ったらどうしますか」
「え? そしたら嬉しいなぁ」
「……嬉しい?」
「うん、今までそういう人に会わなかったから、仲間? ができたみたいで嬉しい」

 平和にへらりと笑ってみせる●に、七海は眉を寄せた。呪霊など見えても良いことはない。なるべく関わらないで生きられるのなら、その方が良いに決まっているのだ。
 険しい顔をする七海に、●は「それで本題なんだけど」と七海を見据えた。

「――あれ、俺のせいかもしれないんだよね」
「……はい?」
「今■■さんが入院してんの、俺のせいかもしれない」
「いや、あれは誰のせいとかでは……」
「ていうか家族が死んだのも、全部俺のせいかも」
「……!」
「俺、呪われてるのかもしれないって前七海に言ったけど、むしろ逆で、俺が呪ってるのかもしれな……」
「●、落ち着いて」

 蒼くなっていくその顔を見て七海は遮った。●はテーブルの一点を見つめながら、ぽつりと口を開く。

「……俺の周りって、昔から妙なことが多くて。思えば子供の頃からそんなことばっかりあったんだ。俺が嫌いな先生は何故かみんな病気で辞めていくし、通学路で吠えてくる他人んちの犬が怖いなぁと思ってたら、次の日死んでたなんてこともあった。俺に隠れて浮気してた元カノたちも、前に言った通り」
「それが何で●のせいになるんです」
「……決まってみんな血を吐く。俺が関わって、俺が嫌だと思った人は、血を吐いて死ぬか倒れるかする。それが起こる前は、決まって“奴ら”が見える」
「奴らって……今朝の?」

 オフィスの入り口に佇んでいた二体の呪霊を差して訊ねると、●は神妙に頷いた。

「……ちょっと待ってください。●が嫌だと思った人間がそうなるなら、何でご家族にまで害が及ぶんですか」
「それなんだけど、ここ一ヶ月くらい本当に忙しかったろ」
「そうですね」
「……俺、“どうにかして”仕事を休めないかなぁと思ってたんだ」
「まさか……」
「断じて、家族が死ねば、なんて思ってない。だけどこれもきっと俺のせいなんだ。だって血を吐いて死んだ。みんな、病気でもないのに……。俺がそんなこと思ったから……だから奴らが家族を……」

 七海は何も言えずに、ただ黙って●の震える声を聞いていた。
 そんなことがあるのだろうか。偶然の一致、あるいは●の思い込みではないだろうか。しかし偶然や思い込みとするにはいささか行き過ぎているのも事実だ。何せ、元恋人だけでも三人の死者が出ている。明らかにおかしい。
 七海は眉間を揉み込みながら、片手で頭を抱えた。本当にそんなことがあり得るのか? ――呪霊が人の気持ちを汲んで手助けするように動くなんて!

(まさか、術式……?)

 は、と思い至って七海は顔を上げた。いつも決まった呪霊が対象への害を遂行するのであれば、どちらかというと式神に近い存在なのかもしれない。それか術式でなければ、そういう類の呪いを●がかけられてるということも考えられる。しかし●から被呪の気配は感じないから、やはり術式なのだろうか。
 五条あたりに見せればすぐに原因を特定できるのかも知れないが、生憎七海はそこまでよく見える眼を持っていない。
 考え込むように黙っている七海に、●は心配そうに声をかけた。

「……ってごめんな、いきなりこんな話して。普通に引くよな」
「いや……引きはしませんけど」
「良かった。七海って、本当に良い奴だ」

 ●はあからさまにほっとした顔をした。七海はふぅー、と溜息を吐いてネクタイを緩める。ひどい疲労感を覚えた。

「……詳しい説明は省きますし、インチキだと思われても構いませんが敢えて言います。私はアナタより“奴ら”に詳しいです。だから言うことを聞いてください」
「あ……えっと、七海……?」
「とにかくアナタはこれから、なるべく奴らと関わらないようにしてください。見かけても目を合わせないようにして、何か異変があったら私に教えてください。これは難しいかもしれませんが、なるべく人に負の感情を持たないように……それで今後も妙なことが続くようだったら、頼るアテがあります」

 七海がそこまで言い切ると、●の蒼かった顔に少し血色が戻った。●は七海の手を両手でぎゅうと握りしめる。

「ありがとう、七海に相談して良かったよ。本当に、七海が同期で良かった」
「いえ……。手、離してもらえますか」
「嫌だ。感謝の握手だから」
「……」
「というか話は変わるけど、今日この後泊めてくれない? うちより七海んちの方がこっから近いし」
「嫌です」
「七海ぃ〜!」

 まだ●のそれが術式だと決まったわけではない。とりあえず●にはなるべく呪霊と関わらないようにさせつつ経過を見て、確信が持てたら高専に報告しよう。
 七海はそう決めて、●から取り上げたすっかり薄まったカクテルを飲み干した。連日の疲労が問題を後回しにしているという自覚は、少しあった。


***


 ●と居酒屋でそんな会話をしてから数週間。●からは何の報告もなく、どうやら不思議な現象は収まっているようだ。……というよりも、仕事が忙しすぎてそれ以外のことに頭を割く余裕がないと言った方が正しそうだが。未だ入院中の上司の穴を埋めるための皺寄せが、●や七海にも及んでいた。
 七海も昨日は久しぶりに日付が変わる前に眠りに就けたというような有様で、こんな働き方をしていたらいつか本当に仕事に殺されてしまうと思う。帰宅できただけでも御の字なんて、そんな労働の仕方があってたまるか。呪術師もクソだが、サラリーマンも等しくクソだ。早く金を貯めて仕事を辞めて、物価の安い国で悠々自適に暮らしたい。
 そう思いながら鬱々と出社し、ビルに足を踏み入れた瞬間――よく知った感覚が、七海を総毛立たせた。全身の毛穴から冷水を注ぎ込まれるような、ぞっとする気配が建物に満ちている。……呪いの、気配である。

「まさか……!」

 考えるよりも先に七海は駆け出していた。社員証を受付機に叩きつけるようにして読み込ませ、エレベーターに飛び乗る。まだ出社には早い時間の、人もまばらなビル内には暗澹たる瘴気が満ちている。
 七海が自らのオフィスがある階で飛び出すように降りると、濃くなった呪いの気配が全身を包んだ。足を踏み出すごとに、呪いの気配と共に血の匂いも濃くなっていく。嫌な予感が胸中を占める。

「……!」

 果たして、予感は当たってしまった。七海は瞬間、呼吸を忘れた。
 ――オフィスは血の海だった。
 朝陽の射し込む勤務時間前の静かなオフィスに、ペンキを無造作にぶちまけたような赤が視界を暴力的に刺す。朝陽を受けてぬらぬらと照る赤の上には人が折り重なるように倒れていて、その中にぽつりと佇む●の明るいグレーだったはずのスーツは、どす黒く変色してしまっていた。

「●……」

 こちらに背を向けて立っている●を呼ぶと、彼は能面のような顔で振り返った。しかし七海の姿を見とめて、目を細めて口をぱっと開いた。笑顔を浮かべているらしかった。

「七海か、おはよう。早いな」
「……一体何を……いやこれは、●が……?」

 辺りの異様な状況を見回しながら言うと、●は死体を跨いで、適当な椅子を引いて座った。血の海の上をキャスターがずるずると滑った。

「うん」

 ●は軽く頷く。七海は絶句した。

「何故……こんなこと……」
「……ごめん七海、限界だ。限界だった。俺らって、何でこんなに働いてんだろう。おかしくなっちまうよな、いやもうおかしくなってんのか」
「●……?」

 ペラペラと喋っていた●は七海の呼びかけに急に黙ったかと思うと、ぽつりと溢した。

「――“学級閉鎖”って、あるだろ」
「は……?」
「クラスの何パーセントか以上が病欠したら、残りの生徒も登校不可にするっていう制度」

 そんなことを聞いているんじゃない、と七海は思った。椅子の背をこちらに向けて跨っている●の背中に、例の呪霊が二体まとわりついている。まるで●を守っている様な体勢である。

「あれと同じことが会社でも出来たら良いな、と思ってさ。会社の場合は、どんくらいの人がいなくなれば休みになると思う? 七海は知ってる?」
「さぁ……」
「だよな、俺も知らないんだ。どこまでやれば良いか分かんないから、とりあえず出社してきた人を一人ずつ殺してる」
「……殺したら、学級閉鎖にはならないと思いますけど。あれは病気の蔓延を防ぐのが目的なので」

 こんなことを言いたいんじゃないのに、言葉が思考を上滑りして放たれた。●は「あ、そうか。参ったな、どうしよう」とキャスター付きの椅子を前後に揺らしている。

「……私を、どうするんです。殺しますか」

 ●は自分を殺そうとするのだろうか。それならこちらも迎え撃たなくてはならないが、武器は今持っていない。●くらいなら素手でもすぐに伸せるはずだが、しかし自分にやれるだろうか……。そんなことを考えている七海に向かって、

「七海を殺したりするわけないだろ!」

 とんでもないという風に●が叫んだ。

「俺、七海のことが本当に大好きなんだ。オマエみたいな良い奴を殺すわけない」

 ●がいきり立つのと合わせて呪いの気配も濃くなる。やはり、呪霊を従えているのは彼の術式なのだろう。こんな才能を高専は見逃したというのか、と恨むような気持ちが強くなる。やっぱりクソだ。呪術界も労働も、クソだ。
 呆然とした七海に●は少し冷静さを取り戻すと、穏やかに語りかけた。
 
「……会社が休みになったら、七海は何したい? まず、いっぱい寝たいよな」
「……そう、ですね」

 カラカラに乾いた喉に声が張り付いて、上手く発声できなかった。

「それで十分に休んだら、二人で旅行にでも行かないか? 俺はヨーロッパの方がいいな……まとまった休みがないとしっかり見て回れないからさ、ちょうど良い機会だと思う。七海はどこが良い?」
「……」

 七海は目頭を押さえて、天を仰いだ。ひどい疲れが、全身をどっと襲った。もう何も考えたくなかった。

「私は……」

 呟いて、一歩●の方へ足を差し出した。磨き上げられた革靴が血の海へと踏み入ってゆく。
 脈拍に合わせてズキズキと痛む頭の隅で、東南アジアの辺りが良いな……と七海はゆるやかに思った。


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このあと七海が主人公を高専に連れて行くでも良しですが、二人で呪詛師ルートを辿って欲しい話でした(先生が「七海は呪詛師ルートもあった」と仰っていたので……)。


短編として上げようかと思っていたのですが、ifルートの仄めかしがあるのでネタメモに投げます。

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