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柳さん:社会人
ヒロイン:大学生



3連休の最終日…夕食も入浴も済ませ、後は明日の仕事に向けて就寝するのみだった俺は、まだ寝るには少し早いと思い、読みかけの本を読む事にした。1時間程読んでいればその内程良い眠気が来るだろう…俺は、そう思っていた。

しかし、そんな俺の計画は予想外の来客によっていとも簡単に崩れてしまう事になる。



【ピンポーン】



夜10時頃、部屋のインターフォンが鳴った。来客の予定も無いし、そもそも社会人である俺に、この時間に来るような知り合いは特に思い当たらない。…赤也を除いては、の話だが。



「………?」



ドアを開けると、そこには見知らぬ女が立っていた。結婚式の2次会や謝恩会に着ていくような余所行きの服装を身に纏い、大きな袋を持っている。今の俺に恋人は居ない。連絡もせずにいきなり家に来るような女の友人も居ない。一体…誰だ?



「久しぶり、蓮二兄ちゃん!」

「!」

「私の事、誰か分かる?」

「お前……名前か?」

「ピンポーン!よく分かったね」



"蓮二兄ちゃん"という呼び名ですぐにピンときた。というよりも、ピンと来なければおかしい。何故ならば、



「その呼び方をするのはお前だけだからな」



彼女…苗字名前は、幼い頃に知り合った、近所に住む年下の女の子だ。同じテニススクールにも通っていたので、よく「蓮二兄ちゃん」「貞治兄ちゃん」と言いながら、俺達と一緒にテニスをしていた。



「…とにかく、寒いから中に入れ。話はそれからだ」



何故その名前が今日…しかもこの時間に来たのかは分からないが、寒そうな格好が見ていられなかったので、俺はとりあえず彼女を家に入れる事にした。










「久方振りだな、名前。何故俺の家に?」

「今日成人式だったの!それでね、この近くで同窓会もやってて…」

「成人式…?そうか…お前ももう二十歳か」

「あ、蓮二兄ちゃんの家の場所はね、」

「貞治に教えてもらった…違うか?」

「そう!よく分かったね〜!」



小学生の時に東京から神奈川へ引っ越した俺は、就職先の関係で再び東京に住む事になった。そしてこのマンションは、昔住んでいた地域に近い場所にある。駅で言うと3駅分くらいだろうか。だから、名前の学校の同窓会が行われた場所が此処の近くである事や、名前が此処に来てくれた事にも納得がいく。



「成人式はどうだった?今年は寒かっただろう」

「超寒かったよ〜!写真撮ってるのに雪は降り始めるし…まぁ、途中で止んだから良かったけどね。あ、写メ見る?」

「ああ……ありがとう。振袖、よく似合っているな」

「ホント!?ありがとう!お母さんと一緒に選びに行ったんだけど、最後までどの振袖をレンタルするかすごく迷ったんだよね」



名前から渡された携帯の画面を見た。そこには、俺の知らない名前が写っていた。派手な化粧と髪型に、大きすぎるのではと思うくらいの白いファーと、振袖。振袖はお世辞抜きに、本当によく似合っていた。名前の母親が、彼女に似合うものを選んでくれたのだろう。それにしても…、



「…綺麗になったな、名前」



俺は本心から言った。でなければ、この俺に一瞬でも「誰だ?」と思わせるはずがない。



「………本当?」

「ああ。来た時は、誰が来たのかと思ったくらいだ」

「…嬉しい…!」



最後に会ったのは俺が高校生の時だったから…成長とは恐ろしいものだ。道理で、俺も歳を取るはずだ。



「今日、同窓会で会ったクラスメイトの男子にも可愛くなったね、とか、綺麗になったねって言われたの」

「…そうか。それは良かったな」

「だけど」

「?」

「私にとっては、蓮二兄ちゃんに綺麗って言われるのが、一番嬉しい事なの」

「…っ!」



俺が言葉を詰まらせた瞬間、隣に座っていた名前が更に俺の傍に寄ってきて、俺の手を握った。



「…気安く、男の手に触らない方がいい」

「…!」

「相手が俺だから良いものの、男とは基本的に単純で、簡単な生き物だ。女に触られたらすぐに勘違いをする」

「じゃあ…蓮二兄ちゃんも勘違いしていいよ」

「…それは、」

「今日は、蓮二兄ちゃんに告白をしにきたの。成人式を済ませたらすぐに会いに行こうって、あの時からずっと決めてた。だから、それまで会うのをずっとガマンしていたの」



「蓮二兄ちゃん」とはまた違う、名前の口癖である「私、大人になったら蓮二兄ちゃんと結婚する!」を思い出した。あの時は俺も名前は幼かったから、俺は本気にしておらず、可愛らしいものだとしか考えていなかった。

しかし、俺が高校生の時、神奈川に住んでいた俺の元にわざわざやってきた名前に…告白をされた。ただの口癖ではなかったのだと、当時の俺はとても驚いた事を覚えている。だが、俺は名前の事を妹のようにしか思えなかった。

だが、俺よりも幼かった名前を傷つけるわけにはいかなかった。ましてや、俺が断る事で名前のトラウマとなり、恋愛に対して臆病になってしまったら…そう思った俺は、名前が傷つかないような言い方で告白を断ったつもりだった。



「私は蓮二兄ちゃんや貞治兄ちゃんみたいに頭がいい訳じゃないけど、あの時蓮二兄ちゃんが私に"大人になったら考えてやる"って言ったの、ちゃんと覚えてるよ」



俺は確信した。あの時の俺の判断は間違っていたのだと。時間が経てば俺の事など忘れ、名前を大事にしてくれる男が現れると思っていた。名前の気持ちを完全に理解する事が出来ていなかった。あの言葉で諦める事が出来るほど、名前の気持ちは生半可なものではなかったのだ。



「私、大人になったよ。お酒も飲めるようになった。まだ蓮二兄ちゃんみたいに働いてないけど、毎日大学に行って勉強してるし、将来の事だってちゃんと考えてる」



甘かった。名前が諦めてくれるように、もっと強く、きつい言葉で断るべきだった。



「蓮二兄ちゃん…私の事、一人の女として見てくれる?」



名前が、俺を見つめている。その目は黒く縁取られ、ラメのような粒子が乗った瞼は輝いており、長い睫毛は上を向いている。僅かに震えるその手が俺の手を一層強く握ると、更に上へと上り、二の腕を抱きしめる形となった。自分には無い柔らかい感触に、頭を抱えたくなる。だが、相手は名前だ。



「………」

「…蓮二兄ちゃん?…っ…きゃっ…!」

「…女として見てほしいという事は、」



名前の手を振りほどき、今度は俺がその手を掴んで引っ張り、名前の身体を押し倒した。名前のお腹の上に乗り上げて、両手を床に押し付け、彼女の動きを完全に封じてやる。



「俺にこういう事をされてもいいという事になるが、お前はそれでいいのか?」



名前から微かに匂った香水の香りに鼻腔をくすぐられて、一瞬だけ、判断が鈍る。子供から大人に、女の子から女性になった名前の変化…興味が一切無いと言ってしまえば、それは嘘になる。



「蓮二兄ちゃん…私の気持ち、全然分かってない」

「…名前」

「蓮二兄ちゃんは優しいから、こうすれば私が怖がるって思ったんでしょ?」



名前の言う通りだった。俺は自分の事を優しい人間だとは思っていないが、名前の前では優しい、良いお兄ちゃんでいたいと思っている。それは昔から変わらない。だからこそ、二度とこんな格好でこの家に上がらないでほしいとさえ思うのだ。



「本当はすっごく怖い…だけど…私、蓮二兄ちゃんの事が好きだからこういう事されてもいいって、思ってる…」



仕方無い…俺は名前の頬に、自分の唇を寄せた。先程よりも接近した事で、香水の香りを強く感じる。香水はあまり好きではないが、この匂いは嫌いではなかった。



「っ!?」

「これくらいで顔を赤くするくせに…。もう一度言うが、相手が俺だから良かったようなものの、今日会った同級生の男だったらこれでは済まなかったぞ」

「それは…蓮二兄ちゃんだからだって…」



名前の両手を解放し上からどいてやると、名前は起き上がって少しだけ俺と距離を取った。そうだ、それでいい。



「名前」

「な、何?」

「俺が名前の事を女扱いしていないとお前は言ったが、お前こそ、俺を男扱いしていないんじゃないのか」

「何、それ…」

「俺はいつまでも"近所に住む優しい蓮二兄ちゃん"ではないという事だ」

「……」

「俺に女扱いをして欲しいのならば、まずはその呼び方から変える事だ。それと…子供扱いされないように、頑張る事だな。頬にキスしたくらいでそんなに顔を赤くしてもらっては困る」



まぁ、女にそんな反応をされたのは久しぶりだから、悪くは無いし、可愛いとさえ思ったが。



「れ…蓮二くん!」

「フッ…何だ?」

「………絶対に、惚れさせてみせるから!覚悟しといて、蓮二兄ちゃ…いや、蓮二くん!」



名前が、覚悟を決めたような口調で宣言した。その顔はまだ林檎のように赤い。正直、まだ妹のようにしか見えないが、今後名前が俺にどのようなアプローチをしかけてくるのか…興味はある。女の名前にここまで言わせたのだから、俺もそれ相応の覚悟を決めよう。名前と今まで通りの「良き兄と可愛い妹」という関係を続ける事は、もう不可能な事なのだから。




「いいだろう…楽しみにしている。それと名前…明日、大学は?」

「4限からだけど」

「車で家まで送ってもいいが…それか、」

「泊まる。そのつもりで来たもん…お母さんにも連絡してあるから大丈夫」

「………」



からかうように「泊まるか?」と聞くつもりだったが、まさか聞く前に即答されるとは。今日は予想外な事ばかり起こる。



「…成程」



ふと、床に置いてあった荷物が目に留まる。名前が持ってきた荷物は、デパートの初売りで売っている福袋を想像させた。名前は最初から俺の家に泊まるつもりだったようだ。この用意周到さ…一体、誰に似たのだろうな。

目の前にいる未だに顔の赤い名前のその行動力や、不意にこちらの視線を捕まえるような仕草、そして柔らかい身体つき…大人になったとはいえあどけなさの残る彼女が俺にとって女としての興味対象に加わった瞬間だった。



(成人式だった方おめでとうございます!)

Title by Travel

20150112