幼馴染の若とルームシェアをするようになってから半年と少しが経った。若のおかげで、面倒くさがりでいつもコンビニ弁当を買って食べていたこの私が、一日一回は必ず台所に立って料理を作るようになった。
元々友達とこの部屋でルームシェアをしていた私は、その友達が彼氏と同棲を始めるという事で、この部屋を引っ越すか家賃を半分ずつ払ってルームシェアをしてくれる人を探していた。
そこにタイミング良く、通っている大学が3年次から自宅よりも遠い場所にあるキャンパスに変わってしまうので、若がそのキャンパスの近くにあるアパートでの一人暮らしを検討しているらしい、という話をお母さんから聞いた。
偶然にも、私が住んでいる1人で暮らすには少し広いマンションが、若が3年次から通い始めるキャンパスから徒歩10分の場所だった。そこで私は、若にルームシェアを持ちかけたのだ。すると若は私の提案を受け入れてくれた。男の子だったら好きでもない限りルームシェアをするなんて勘弁だけど、若となら気が楽だし、こちらとしては万々歳だった。
久々に見た若からは昔の面影が消えていて、すっかり男の子から男の人に変わってしまっていた。確か、最後に会ったのは若が中学生の時だったかと思う。家が隣同士だったから毎日のように会っていたけど、私が大学生になってから家を出てしまったので、それ以来会う機会が無くなってしまったのだ。若の成長が少し寂しいと思いつつ、私はその事からずっと目を背け続けていた。
だけど、一緒に暮らし始めると本質…つまり中身があまり変わっていないことに気付いて安心した。
「お、おい…勝手に開けるな!汚いだろ!」 「汗いっぱいかいたでしょ?早く洗った方がいいよ」 「自分でやるからいい!触るな!やめろ!!」 「大丈夫全然気にしないから!綺麗にしてあげるからね!」 「………」 「…若?」 「………………………ありがとう」
前にサークル(確かテニスサークルだった気がする)から帰ってきた若のスポーツバッグの中身を勝手に漁って怒られた事があった。全然気にしないのに、と言った後に微妙な顔をされた事はずっと忘れないだろう。子供扱いしないでほしい、というのが物凄く伝わってきて、可愛いと思った。でも、素直じゃないけど本当は優しい所とか、良い所はそのまま残して成長してくれたようで嬉しかった。
そして、昨日12月5日は若の21回目のお誕生日だった。絶対に忘れないはずだったのに、週末までの仕事で頭がいっぱいだった私は、プレゼントは用意したのにも関わらず、ケーキやお酒を買ってくるのをすっかり忘れてしまったのだ。若の先輩やバイト先の人が若にケーキをプレゼントしてくれて本当に助かったと思ったのと同時に、自分は酷く残念な女だと落ち込んだ。
良くない事は続いた。頂いた美味しそうなケーキを口に入れようとした瞬間、携帯の着信音が鳴り響いたのだ。自分のプライベート用携帯だったら無視していたところだったけれど、鳴っていたのは会社から支給されている携帯だったので、そうはいかなかった。
電話の内容は会社を出る前に部長に提出したプレゼン資料の修正と追加の依頼だった。6日の夜までの締め切りだったため、余裕を持って終わらせる事が出来たと安心しきっていたのに…これではギリギリどころか間に合うかも分からない。若の誕生日なのに最悪だ…私はすぐにノートパソコンを開き、作業を始めた。
「若、ごめんね」
お風呂に入っていた若が、コーヒーを持ってきてくれた。徹夜覚悟でコーヒーでも飲もうと思っていたところだったので、丁度良かった。若はいつも私が家で仕事をしていると、そっとコーヒーを持ってきて、置いてくれる。「俺の事は気にしなくて良いが、無理だけはするな」ぼそりと呟かれたその言葉が若なりの「頑張れ」だと受け取れば、不思議と、徹夜も頑張る事が出来ると思った。
若が部屋に行った後作業を再開し、やっと資料が完成した頃には後1時間程で日が昇る時間になっていた。急いでシャワーを浴び、朝ごはんを作り、化粧をした。若がまだ起きてこなかったので彼の分の朝ごはんも作って簡単にメモを書いてから、家を出た。
「あ、若。おかえりなさい」 「…この時間はまだ仕事だろ。どうしているんだよ」 「えーっと…部長に顔色悪いから帰れって言われちゃった」 「おい……それなら寝ろよ」 「大丈夫だよ!昨日はせっかくの若のお誕生日だったのに途中から仕事しちゃったから、今日は気合いを入れて料理したいの!ほら、若はソファーに座ってて!」
言ってからしまった、と思ったけど帰ってきた若のジャケットを強引に奪うことが出来た。顔色が悪いだなんて言ったら心配してしまうに決まっている。だけど、折角部長が私を定時に帰らせてくれた。今日作らなくちゃいつ作るんだ、という話になるわけで。
「!? ちょっ、若…?」
若の部屋から戻って料理を再開すると、突然、後ろから自分の身体を誰かに抱きしめられた。この部屋には私と若しかいない。だから抱きしめてきた人は当然若だという事になるのだけれど、あまりにも突然で予想しえない事に、私はおたまを持つ手を止めてしまう。
「…悪い、何でもない…続けてくれ。何か手伝う事があればやるから言え」 「あっ……うん」
至近距離で囁かれた声に顔が熱くなっていくのがわかる。若はすぐに私から離れてくれたのに私の手は暫く止まっていた。どうしてこんな事するの。お願いだから、期待させるようなことはしないでほしい。でなければ…子供の頃から隠し続け、実家を出る時に封印し、同棲し始めてから復活してしまったこの気持ちが溢れ出てきてしまいそうで、とても苦しいのだから。
・ ・ ・ ☆
「あ!今夜はアイソン彗星が綺麗に見えるらしいよ!だからベランダ行こ!」 「お、おい…」
見えるらしいよ、と若には言ったけれど、ベランダに行くのは先週の朝にやっていたニュース番組のとある特集を見た時から決まっていた。先月の中旬から、条件がよければ都会の夜空でもアイソンとかいう名前の彗星が見えるらしい。私はずっと若と一緒に見たいと考えていたのだ。
夕飯を食べた後、上着を着てベランダに出て、ベランダの床に敷いてあるスノコの上に2人して座る。私はこっそりと用意していた紙袋から若へのプレゼントを取り出し、それを若の首に巻いた。
「ごめんね、本当は昨日渡したかったんだけどどうしても星を一緒に見てる時に渡したくて」 「!」 「お誕生日おめでとう、若」 「…ありがとう」 「若の事こうやってお祝いできて、嬉しい」
私がそう言えば、若は驚いたような目で私のことを見つめてきた。眉間に若干皺が寄っているように見えるのは気のせいだろうか。
「お前…自分は寒くないのか」 「え?大丈夫だよ、ちょっとの間だけだし…っ、あ…!」 「こんなに冷たい手をしているやつが言える台詞か?」 「っ、…ありがと」
若からぎゅうっと手を握られて、さっき背中から抱きしめられた時と同じように、顔がどんどん熱くなる。人の事を言えないくらい若の手も冷たくて、お互いの吐く息が白くて、外が寒いのは変わらないのだけれど、私を暖めようとしてくれているその気持ちが嬉しかった。
昔もこうやって一緒に手を繋ぎながら星を見ていた事を、若は覚えてくれているだろうか。
「来年もこうやって、星を見ながら若のお誕生日が祝えたらいいなぁ」 「それなら…これから毎年、祝えよ。名前なら、祝わせてやる」 「…え?」
聞き間違いかと思った。だけど次の瞬間に視界に入ってきたのは私が若にあげたグレーのマフラーで、若に抱きしめられた事に気付く。
さっき繋がれた手も、今私の背中に回っている腕も、全部、私より一回り以上大きくなっていた若の身体で。それはただ見ているだけだった今までよりも、実際に触った今の方が、彼が男の子から男になった事をより強く感じさせる。
「好きなんだ、名前の事が」
もう彼は子供じゃない。男の人なんだ。その男の人になった若が、私に想いを伝えてくれている。それなら私だって、もう我慢しなくてもいいよね?
「私も若の事が好きだよ。ずっと、ずっと、昔から」
初めて触れた若の唇は、手とは反対に、とても暖かかった。
HAPPY BIRTHDAY! WAKASHI!!!
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