ohanashi | ナノ

「ありがと。これ飲んで頑張るね…本当に、ごめんね」

昨晩名前の声を聞いたのはこの一言が最後だった。


昨晩は俺と名前が一緒に住んでいるマンションのエントランスで仕事帰りの名前とばったり会って、一緒に部屋に入り、いつものように一緒に料理を作って食べた。

食後、つけっぱなしのテレビをなんとなく見ていた時に、向日さん達やバイト先の人から受け取ったプレゼントの存在を思い出した。一緒に食べようとテーブルに並べれば、やはり名前はまるで自分の誕生日かのように目を輝かせた。


いざ食べようとすれば、名前のケータイの着信音が静かな室内に鳴り響いた。溜息を吐いてから仕方なく電話を取ったその様子からすると、会社の人からだったようだ。10分ほど経っても終わる気配が無かったから、俺は先に風呂に入る事にした。

風呂から上がると、名前はリビングにあるこたつの上にノートパソコンを乗せながらカタカタと忙しそうにキーボードを叩いていた。「若、ごめん」俺がいる事に気付いたあの人はとても申し訳なさそうに謝ってきた。バイト先の店長にもらった豆で淹れたコーヒーをそっとテーブルの上に置き、俺は自分の部屋に戻った。

それ以降、リビングには行っていないから、名前がいつ寝たのか知らない。いつ起きて、今俺の目の前にある朝食を用意して、家を出たのかもだ。いつもそうだ。名前は俺よりも遅く寝て俺よりも早く起きる。

【散らかっていてごめんなさい。説明会、気をつけて行ってきてね】

朝起きてリビングに行くと、こたつの上にはコーヒーが少しだけ残ったマグカップと、ショートケーキと、ラップのかかったサンドウィッチとメモが置いてあった。いつもの名前ならきちんと片付けをしてから家を出て行くから、余程急いでいたのだろう。急いでいたのにも関わらず、俺の分の朝食まで用意している所が、さすがと言える。


名前は会社では随分と頼られているようだった。本人はやり甲斐のある仕事だとは言っているが、俺からすれば無理をしているようにしか見えない。社会人として忙しく働く名前の姿を見るようになってから、早く社会人になって名前よりも沢山稼げるようになりたいと思うばかりだ。


今年の秋から、俺は就職活動を始めた。今日は朝から会社説明会に行く予定だ。就活は、社会人になるための大切なステップの一つ。しかしどんな会社でどうやって働きたいのかがまだ漠然としている俺は、世間に名の知れている大手だからという理由だけで、今日行く会社の説明会にエントリーした。

こんなぼんやりとした気持ちではいつまで経っても名前の隣に立てる気がしないが、行かなければ始まらないのも事実だ。そう思いつつ名前が作ってくれたサンドウィッチを口にし、テレビの電源を入れる。



【今、日本では12月上旬までの期間限定で―――彗星を見る事が出来るようです。つまりこの数日間がラストチャンスです!】



「ほら若見て!綺麗だね、あの星」彗星と聞いて、昔名前と一緒によく星を見ていたことを思い出した。今となっては彗星どころか星を見る機会もないが。

肝心の彗星の名前がよく聞き取れず、少しもやっとしたが、すぐに忘れてしまうだろうと思い、気にしない事にした。



【それでは、天気予報です】



アナウンサーの映像が切れて天気予報が始まったので、ニュースをやっている番組に切り替えた。